35話 その後

 暁最前戦はKADOMATU大賞で3年ぶりの大賞を受賞した。さらに、失踪から20年ぶりに突然現れた尼崎先生の帯コメントにより、ほぼ全てのクリエイター達がSNSで何かしらの言及をし、皐月が作画として同時にコミカライズしたことで、空前絶後の超絶怒涛の大ヒットとなった。皐月は山田さんを尼崎先生の担当編集だと噂に聞いていたようだが、まさか本人だとは思わなかったようで、紹介しなおした時は恐れ慄いていた。


 皐月に作画担当のため販売前に暁最前戦を読んでもらうと、彼女はあまりの罪悪感からか、動けなくなってしまった。

 尼崎先生に伝えるとすぐに駆けつけて「わかります、わかります」と皐月を慰めてくれた。

 本当に一晩中泣き続けて、俺は尼崎先生が帰った後も背中をささり続けると「生涯をかけて償わせて下さい」と枯れた声で言われた。「毎日笑顔で俺のそばに居てくれたらそれでいい」と伝えるとまた泣き出し抱きついて来た。

「笑顔は?」

 と俺がいうと、はっとした顔になり、ニパッと笑ってくれた。

 同じベッドに居た美希は、それを寝たふりで聞いていたようで、朝置き手紙をして出ていってしまった。

 皐月が金に糸目をつけず全国の探偵を雇い、即居場所を特定、漫画喫茶にいた所を俺と一緒にほぼ拉致のような形で連れ帰った。

「私はここにいちゃいけないんだ、2人の邪魔なんだぁ」と騒ぐ騒ぐ。しかたがないので皐月と尼崎先生に止められていたが、美希にも暁最前戦を読ませた。

 すると皐月と同じように水分を垂れ流して俺に謝り始める。

 なんだ、一体みんな作品から何を感じ取っているんだ。

「何も知らなかったのに、背負わせてごめんね」

 と皐月が美希に抱きしめた。

「私には美希が居ないとダメなの。悪いけど最後まで一緒に背負って、私を助けて」

 と言うと「出ていってごめんなさい」と叫び散らかし、最後には泣き疲れたのか2人は抱き合って眠りについていた。

 なんか知らんが解決した。


 尼崎先生と俺の同一人物説が広まってしまったので、お互いにXアカウントを作成。KADOMATU公式アカウントから正式に別人だと声明を出してもらう。

 暁最前戦は瞬く間に重版が重なり、歴代最速で100万部を売り上げた。

 さらにその売り上げが話題を呼び、テレビに取り上げられ、尼崎先生が山田として営業に動き、アニメ化、映画化も発表され、300万部を突破した。

 映画脚本に美希を指名すると「私には出来ません」と言われてしまったので「美希じゃないなら映画化しない」と大人たちを突っぱねた。


 映画化には美希が必要だとわかると、美希の元に製作のお偉方が毎日訪れるようになった。説得に説得が続く日々に皐月が痺れを切らし「もーいいから引き受けてよ! 美希ならできる! 私が責任とるから!」の言葉で決定した。流石姉御だ。


 大ヒットし、騒がれ、インタビューをうけ、絶賛されるたびに俺は苦しんだ。その度に尼崎先生が支えてくれた。諸々の裏方仕事が終わると、尼崎先生は本当に執筆を始めてくれた。

 それはそれは辛そうだった。アイテムを使うと、強制的に自分の心と精神を覗き見て、痛みに触れてしまう。

 リミッターがないのだ。深層心理を抉られる。そして、その上でクリエイターとしては否定される。まさに地獄だ。

 その苦しみがわかるのは、俺だけだと思い、今度は俺が献身的に家に通い支えた。

 あまりにも辛そうな時、俺が震える左手を支えて「今日はもうやめましょう」と伝えると「あと1文だけ」と冷や汗をかきながら言った。カッコ良すぎてうんこが漏れるかと思った。

 家に帰り、美希に超事細かく伝えて、こっそり脳内プロジェクターで再現してもらった。


 そして、1ヶ月かかって、1万文字のショートストーリーが完成した。

 俺はそれを穴が開くほど読み、泣き、震え、絶賛し、音読し、その音読を録音して自分で聴き、書き写し、寝ながら聞いた。


 10000文字だが異例の出版が決定し、今度は俺が帯の推薦文を任された。まさか尼崎先生の新作の帯に自分の名前が載るとは思ってもいなかったので、文言に3ヶ月悩んだ。

 その間出版できずにいた。すみません。

 出版業界の大人達は文句一つ言わず、代わりに気を遣いに手土産を持ってくるだけだった。

 そんなよいしょの嵐に支えられ、なんとか思いついた。無事販売され、初版をサイン付きで頂き、神なき神棚(青い閃光だけが置いてある棚)に一日納め、断食をしてから正座をして読んだ。

 最後のページに「この物語を、葛城凌に捧ぐ」と書いてあるのを発見した時、俺は嬉しすぎて気絶した。

 目覚めたあと、夢だったらどうしようかと思いまた開き、それを確認して気絶する流れを3回繰り返した。

 問答無用先生にそれを話にいくと「葛城坊は気絶が上手いからのぉ」と笑ってくれた。


 皐月は作画の仕事が終わると、尼崎先生と新作を練り始めた。尼崎先生は、俺と皐月以外の編集担当を全員辞めて、自身の作家活動と俺たちのバックアップに集中した。


 美希の映画の公開日が迫っていたが、作品の質はいいのに話題性にかけていた。

 すると尼崎先生が、映画版、暁最前戦の脚本家が手がけているという情報をXで誤爆のフリをしてリークした。

 作ったばかりのアカウントなのに、フォロワーは40万人いたため、アクティブユーザーに強力に拡散され、トレンドにのった。

 情報系YourTuberがこぞって取り上げ、考察まで始まった。


 その効果は抜群で、12会場の都内映画館でのみ公開予定だったものがレイトショー含め満席。転売チケットは20万円を越えた。

 大人達はあわてて映画館をおさえ、全国公開となり、無事大ヒット。


 皐月の新連載も始まり、当然大ヒット。

 美希はリークがなければ無理だったとか、皐月は暁最前戦の作画の話題がなければ無理だったとかゴチャゴチャ言って来たので「それはダンジョンアイテムがなければ書けなかったという、俺と尼崎先生への嫌味か?」というと黙った。というか、また随分としおらしくなってしまった。

 自信をもっていいんだよ、というつもりだった。2人は俺達とは違い、本物のクリエイターだからだ。が、刺さりすぎてしまったようだ。

 もうこれは禁句にしようと心に決めた。


 美希と皐月のメディア露出が増えていくと、作品だけではなく2人の美貌にも注目され始めた。男性人気に火が付き、美希の辞めていたグラビアが掲載された雑誌にはプレミアがついた。

 皐月は俺の嫁だとか、美希は俺の嫁だとか、世間では騒がれているようだ。しかし、残念だったな。「お前の嫁は俺の嫁だ。俺の嫁は俺の嫁だ。ガハハ!」とジャイアニズム全開で豪語すると、2人は言質を取ったぞと騒ぎ出した。え、なに?

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