最終章
33話
KADOMATU本社に到着すると、山田さんが外で待ってくれていた。右手は骨折もしているのか、ギブスで固定されていた。
「お久しぶりです。美希先生はお元気ですか?」
山田さんは、俺の視線に気付いたのか、気を使わせないよう、まるで何事もなかったかのように話しかけてくれた。
「お久しぶりです。ええ、皐月の家でみんなで住むことになりまして。あんな大豪邸に住んでるなんて知らなかったです」
よく俺の家に文句一つ言わずに遊びに来てたものだ。
「ははっ、大ベストセラーですからね。そうだ、新作の編集結局頼まれちゃって。断るわけにもいかないので、必要ないとは思いますが、担当させて頂くことにしました」
なんだかむしろ、昔から感じていた張り詰めた空気がなくなっている。山田さんも、俺達をダンジョンに向かわせることに罪悪感を抱えていたのかもしれない。過去3作が暁最前戦を越えていれば、皐月への条件も改めていたのだろう。
「皐月から聞きました。快諾の連絡が来た時、大喜びでしたよ。なんでも山田さんの大ファンみたいでして」
「あー、なるほど。たしかに、皐月先生なら噂が耳に入っていてもおかしくないですね」
「なんの噂です?」
「いえ、野暮な話です。立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
表情が明らかに柔らかい。気のせいじゃないようだ。流石に以前のように軽口を叩き合うようにはすぐに成れはしないけど、2人の仲は時間が解決してくれそうだと思った。
本社に入ると、何故か裏に周り最上階直結のエレベーターに乗った。こんなのあったんだ。
「え、いきなり社長に見せるつもりですか?」
「いえいえ。お恥ずかしながら、俺の部屋が最上階にありまして」
「ええ? なんで?」
「景色がいいところって気分が良いですよねと会長に一言漏らしたら、次の日に最上階の部屋を与えられまして」
なんだって?!
元々あった部屋の所有者をどけてるのでは? とんでもない待遇の良さだ。
「はー、会長のお気に入りなんですね。処世術とかうまそうだとは思ってましたが、ここまでとは」
「いやはやお恥ずかしい。こちらへどうぞ。おっと」
最上階につくと、なんと社長が背筋を伸ばして待ち構えていた。直結のエレベーターだからか、ランプの点灯と音で山田さんが来るとわかって、わざわざ出迎えているってコト?!
俺はかしこまって挨拶しようとすると
「おはようございます」
と社長から深々と山田さんに挨拶をした。
「おはようございます。隣の部屋なんですから、気楽にしてて下さい」
隣の部屋??
社長と?
「いやいや、そういうわけには。そちらは?」
「葛城凌先生です」
「葛城先生、KADOMATUをよろしくお願いしますよ」
手を差し出された。俺はビビりながら握手を返した。社長はもう一度丁寧に山田さんに挨拶して、社長室に戻って行った。
「どういうこと?!」
「社長と入れ替わりで出社したようです」
「俺がミステリーの探偵に見えてます? なんで同じ階層にいたはずの社長が、おはようございますと挨拶をしてきた理由を聞いてるわけじゃありませんって」
「ああ、そうですよね、変ですよね。何故かみんなに持ち上げられてまして。恐縮です。ささ、こちらへ」
促された部屋に入ると、巨大な書斎と机、PC、コンビニにあるようなコピー機、そして俺の年収くらいの値段がしそうなソファーと、無駄に性能の良さそうなウォーターサーバーがあった。窓からは東京の景色が一望できる。
「はー、こんなところから指示だしてたんですね。腹たって来たなー」
まあ居酒屋対面が半分くらいだったけど。冗談っぽく俺は茶化した。
「お煎餅ありますから、機嫌なおして下さい」
「煎餅があるなら許しましょう。はい、こちら、原稿です」
「謹んで拝読します。おかけになってお待ち下さい」
俺は初めてデータでなく紙の原稿を渡した。しかし、少し2人の間にいつもの調子が帰ってきたぞ。
フッカフカのソファーに座り、出された煎餅をバリバリ食べた。うんま!
なんだこれ、うますぎる。今まで食べた煎餅の中で1番うまい。あっという間にたいらげ、トイレに向かい手を洗った。部屋に戻り、山田さんに声をかける。
「煎餅おかわりあります?」
「……」
一心不乱に読み続けているようだ。やけに姿勢がいい。総文字数は75000文字になった。完結としても読めるし、続きに対する奥行きも残ってはいる。山田さんならとっくに2周は読み終わってるはずだ。速読後に、読み直しているのかもしれない。だとしたら時間がかかるだろう。暇だな。
「書斎見てていいですか?」
「……」
返事がない。まあいっか、勝手に見ても。手洗ったし。
俺は山田さんの席の後ろにある巨大な棚を物色した。有名作品ばかりが並んでいる。そこには、クリエイターズダンジョンもあった。
……待てよ。もしかしてここにある本、全部山田さんが担当していた作品だったりして?
だとしたら、この部屋の待遇は会長のお気に入りだからではなく、当然といえる。
1人でKADOMATUのヒット作の3分の2は担当していることになる。
いや、流石にそれはないか。自社のヒット作並べて勉強してるのかも。
物色を続けていると、棚の1番左上に俺のバイブル、尼崎先生の蒼い閃光があった。勝手に手に取り、読み耽る。
いい。
何度読んでもいい。
全部記憶するほど既に読んでいるが、やはり紙は最高だ。
最後のページをみると「第一版」と書かれていた。
まじかよ、お宝じゃないか!!
これくれないかな……。
俺はダメ元でお願いしてみようと、本を手に取ったまま山田さんの元へ戻った。流石にもう読み終えただろう。
「山田さ〜ん、これいただけ……ませ」
山田さんは原稿を持ったまま、静かに泣いていた。
山田さんが泣いているところを初めてみた。鬼の目にも涙というやつだ。
目頭を抑え、震える声で俺にいった。
「すみません。すみませんでした」
「ど、どうしたんですか急に」
「辛い経験をさせてしまった。死んでお詫びしたい思いです。俺が間違ってました」
立ち上がり頭を下げたいのか、椅子に手をかけているが、足に力が入らず立ち上がれない様子だ。
「ああ、そのことならもう自分の中では消化できてますから、気にしないでください」
俺は慌てて近づき、座り直すように体を支えた。右手はまだ誰かさんが開けた穴が塞がってない。左腕を掴み、椅子に促す。
「あの流れで俺がどうしたら書きだすのかが謎でしたが」
正直気になっていたので、ぶり返すなら今だと思い冗談っぽく聞いてみた。
山田さんは一呼吸おくと、語り始めた。
「作家としてのプライドが、そうさせるかと。昇華せずにはいられなくなる。あの場で俺は本当に殺される覚悟で立っていました。そして、暁最前戦が完成すれば、俺が編集をし続けた理由になると。俺は非情で、葛城先生は愛のあるお方だった」
山田さんは左手で涙を拭っている。鬼の目にも涙だ。
「辞めてくださいよ、なんですか急に」
「作品を読めばわかります。その人となりが。表面的な部分ではなく、根底の深い部分が。どうしたらあの経験から産まれるんですか、こんな赦しの作品が。アイテムを使った以上、深層心理が嫌でも描かれてしまうというのに」
「褒めすぎですよ〜。それに、編集をし続けていた理由ってなんですか?」
あまりにも深刻に捉えられてしまった。たしかにあの時感じたことが作品に生きているのは間違いない。でも、俺自身を完全に投影させたつもりは無かった。
場の空気を変えたくて、俺は少し、おちゃらけて返事をした。
「俺も昔、作家だったんです」
「え、初耳! なんで言ってくれないんですか?」
「最初に書いた話が、大ヒットしまして。皐月先生と同じです、次が書けなくなりました。なので、編集の仕事についたんです。次を書くキッカケになる作品か、俺を越える作品に携わりたいなと。暁最前戦は、後者になりました」
なんとか泣き止むと、今度は昔を思い出しながら、ポツポツと語ってくれた。まったく教えてもらえなかった山田さんの過去が聞けて、なんだか嬉しかった。
「いやいや、これは俺の力ではなくアイテムのおかげなので。なんて作品ですか、俺にも読ませてくださいよ」
「いえ、それはトップシークレットです。特に葛城先生には」
「なんでですか、酷い」
「すみません。俺の……俺のエゴの犠牲にして傷つけてしまった……クリエイター達の心を利用して……どうして気づかなかったんだ俺は」
また涙を流し始めた。なんだなんだ、忙しい人だな。
「俺は、暁最前戦を完成させられて良かったと思っています。山田さんのおかげです」
「こんなにも辛い思いをしたのに?」
原稿を大切そうに振り上げて、山田さんは言った。
「いや、作品のキャラが受けている痛みや赦しは、俺のものじゃありませんよ。落ち着いて下さい」
物語はあくまでもフィクションなのだ。
「はい……すみません。取り乱しました」
ティッシュを取り、手渡すと、それで山田さんは鼻をかんだ。
「でも、俺はこの作品を世に出していいのか、迷っています」
「ま、またですか?!」
鼻と目を赤くした顔で山田さんは驚いた。あまり動じない山田さんが珍しく見せてくれた面白い顔だったので、笑ってしまいそうになる。
「ええ、またです。それも、深刻に」
「訳を……聞きかせてくれますか」
さすが説得のプロだ。真っ先に俺の話を聞いてきた。数々の先生方を支えてきただけある。並の編集なら、ベラベラと出版してほしい理由を語るだろう。
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