31話

「想定外? どういう意味ですか?」


 理解が追いつかなかった。ただ、2人が死んだと告げているのに、ひどく冷静な山田さんが不気味に見えた。


「皐月先生には、葛城先生の前で死んでくださいと頼んでいたんです。その代わり、作品を完成させますと」


 淡々とそう言ってのけた。意味がわからなかった。


「何を……いっているんですか?」


「預かってるんです、新作のネーム。でも続きがどうしても書けないみたいでして。なので、三階以上の階層で、死んでもらうようにしたんです」


 心臓がバクバクと騒ぎ、胸の辺りが酷く痛む。気が遠くなっていく。


「仲良くなってからがいいかなと。葛城先生のためでもあるんですからね。皐月先生の作品は、約束通り俺が完成させます。あ、心配なさらず、こう見えて俺、模写は得意なんですよ。漫画を描いてたこともありまして」


 まるで山田さんが、山田さんじゃないみたいだ。不気味な愛想の良さを向けてくる。それに酷く腹がたった。


「何を言ってるのか、全然わかりません。やめてくださいこんな時に。笑えないです」


 目を見開き、拳を握りしめた。山田さんの発言が時間をかけて理解に変わっていく。息が荒くなり、眩暈と耳鳴りがひどい。


「葛城先生、まだわからないですか? みんなあなたのために死んだんですよ」


「……何を言って__」


「ロクに恋愛もせず! 社会にも出ず! 挫折もしらないまま小説を書き続ける! そんな人間に、人の人生を左右する名作が作れるわけないじゃないですか。作家の能力は人生経験からにじみ出るもの。勿論、創作物から疑似体験し、吸収できる人もいます。ですけど、葛城先生はまったくそれが出来ない。なのに、恐ろしいほどの才能を秘めている。だから、経験してもらったんです」


 手を広げ、演説のようにそういってのけた。だだっ広い地下に、耳障りでサイコな声が反響する。


「……嘘なら今すぐに嘘だと言ってください」


 目頭が熱くなる。この感情はなんだ、悲しみなのか。怒りなのか。絶望なのか。


「本当です。友人くらいまで進めれば充分かなと思いましたが、あの2人、思ったより役に立ってくれました。どうですか、愛する人の死。日常の喪失。信用していた人の裏切り。あ、信用していた人っていうのは、俺のことです。してましたよね? 信用」


 問答無用流の呼吸もしていないのに血が沸騰していく。感情のストッパーが効かない。


「黙れよ……じゃないと、今すぐお前を殺してしまいそうだ」


「どうぞ。殺人の経験になるでしょう。そうしたら書けますか? 暁最前戦のベストを」


「そんなもののために、2人を殺したのか!」


「いえ、美希先生は別に死ぬ必要なかったですよ。でも、死んでよかったかもしれませんね、1人じゃ足りなかったかも。まだまだ元気そうじゃないですか、葛城大先生」


 俺は駆け出し、胸ぐらを掴み、拳を振りかぶった。なのに、顔色ひとつ山田は変えない。呼吸が苦しい。息がどんどん荒くなる。


「なんだ、なんなんだよ!!」


「書いてください、100%、いや120%の暁最前戦を。きっと今なら書けます。彼女達との経験は、葛城先生の糧となりました。皐月先生は望んで、全てを承知の上で作品のために選択したんです。その死を無駄にするんですか? まだ、足りないと言うのなら、どうぞ俺を殺してください。それで憎しみが晴れるかどうか、復讐とはなんなのか、知りたくないですか? 作品のテーマのひとつですよね?」


「知りたいわけないだろ!! イカれてるよあんた!!」


「浅いんですよ! 葛城先生の才能が触れているものは、全ての執筆者が、どんなアイテムを使っても辿り着けない境地なんです。書かないとあの2人が浮かばれませんよ」


「黙れ!!」


 俺は怒りに任せて顔面を殴り飛ばしてしまった。やってしまった! 問答無用先生の所で鍛えた体で怒りのまま人を殴れば、首が吹き飛んでもおかしくない。


 それなのに、山田はピンピンしていた。


「優しいんですね。顔に書いてありますよ。すぐに後悔している。だからあなたはダメなんです」


「どうして立っていられるんだ、だって今俺は本気で__」


「問答無用先生の担当編集は俺です。共にダンジョンに入りました。当然、修行を受けています」


「ふざけんなよ!! なんでこんなことをさせるんだ!!」


「作品のためです」


 淡々と、当たり前のように、山田は言った。


 悪夢を見ているようだ。

 もう何も聞きたくない。知りたくない。書きたくもない。震える拳を見つめた。こんなものがあるからいけないなら、潰してやる。


「ならお望み通り殺してやるよ!!」


 俺は万年筆を左手に取り、振りかぶった。

 そして、それを自分の右手に突き刺した。


「ぐあああ!!」


「な……! やめなさい!!」


 ペン部分が刺さったが、持ち手の部分はまだまだだ。こんな傷じゃすぐ治ってしまうだろう。


「俺が書けなくなればいいんだろう?! ざまあみろ!」


 もう一度振りかぶり、より強くペンを突きさした。今度は全て貫通するように力を込めて。


 しかし、それは俺の手には刺さらず、山田が咄嗟に出したであろう右手を貫通していた。


「ぐぅうう」


「なにしてんだよ!! どけよ!!」


「どきません!!」


 俺は万年筆を引き抜き、もう一度振り翳した。すると、バタン!!と扉を開ける音がした。


「お願いですもうやめて下さい!! 何もいりません、何もしなくて結構ですから!!」

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