29話
「ひぃー! キモ!」
美希はその歪さに身慄いし、華奢な肩を上げ青い顔をした。
「壁際まで下がって!」
「うん! 美希、いくよ」
俺が指示すると皐月が美希の肩をだき、壁際まで後退した。
2人が盾を構え直したのを確認してから、俺は敵に突っ込んだ。毒タイプならよかったな、電撃をくらう修行もしておくべきだった。
俺に一斉に触手が襲いかかる。距離を取りながらそれを片手剣で切り裂いた。電撃が剣をつたい、体に伝播していく。
「ぐあ!」
「大丈夫?!」
「も、問題ない!」
大有りだった。これを食らい続けるとまずい。体が言うことをきかなくなるのは時間の問題だ。
俺は、問答無用先生の元に肉を持ってお礼をしに行った時の会話を思い返した。
⚪︎
「先生は、俺のバラバラ殺人拳を無傷で受けてましたが、やはりその筋肉が秘訣でしょうか?」
「そうだな、若さの秘訣は、いつまでも性欲を保つことだな」
先生は、俺が持ってきた国産牛のステーキを頬張りながら、豪快に言った。
「若さの秘訣はそうですね。耐久力の秘訣も伺いたいです」
問答無用会話は、一度受け入れることでよりスムーズになることを学んでいた。先生の中では若さの秘訣を聞かれたと思っているのだ。わざわざそれを否定する必要はない。
「がはは、いいじゃろう。ワシの筋肉はパワーのためじゃ、防御のためではない」
ほらね、スムーズ。突っ込んだら負けなんだ。
「では、俺の一撃バラバラ殺人拳がそもそも弱かったのでしょうか?」
「いや、ワシの10%は出せている。たった半年足らずで素晴らしい成果じゃ。防御は、しないことがコツじゃ」
先生は人差し指を顔の横に近づけて、ウインクをした。顔可愛いな、おい。
「防御を、しない?」
防御の秘訣が防御をしないこととは、やはり達人の言うことは違うな。
「いえす。体に受け止めず、自然に任せて外側に流すのじゃ。どれ、ワシに今一撃バラバラ拳を放ってみよ」
「いいんですか?」
「うむ。言いつけを守り呼吸のとれいにんぐは続けているようじゃしな、愛やつめ。気の流れをみればわかる」
流石問答無用先生だ。この人はやったらやっただけ気付いて、褒めてくれる。指導者としても一流だった。
「ありがとうございます、では__」
⚪︎
あの時、問答無用先生が俺のバラバラ殺人拳を受け流していた時と同じイメージだ。
蓄積させずに、抵抗せずに、自然に任せ、体の外側に受け流す。
電撃が当たった瞬間は一瞬痛みが走ったが、すぐにそれを体の節々から放電することに成功した。
「よぉし!」
成功だ。問答無用先生には足を向けて眠れないぞこれは! 今度抱かれに行こう!
俺は剣を握り直し、もう一度1番近かった浮遊する鉱物モンスターに接近し、切り掛かった。
切り裂くことはできなかったが、バッドに打たれた野球ボールのように吹っ飛び、向こう側の岩場の壁に激突して、床に落ちた。
「美希! 床に落ちたモンスターに向かってマグナムを打ってくれ」
「うん!!」
両手でしっかりと握り、狙いを定めて撃ち抜いた。的も大きいしそこまで距離はない。鉱物モンスターにマグナムは直撃し、チリとなった。
「やったぁ!!」
「よし、同じ要領でい、ぐぁあああああ!!」
俺は振り返り、喜ぶ美希に向けて指示を出した。しかし、この油断が間違いだった。
背中に残り3体の鉱物モンスターの触手が直撃し、電撃を流された。
体の外に流すが、直撃しているため放電しきれない。
「やめて!!」
美希がマグナムを打ったが、フワフワと浮遊する鉱物モンスターには当たらなかった。
残り4発。無駄撃ちはさせたくない。
俺は触手を、電撃をくらったまま切り裂いた。隙ができたので、すぐに体の外に受け流す。
「はっ……はぁ……美希、無駄撃ちするな、大丈夫だから」
「でも!」
こちらに駆け寄ろうとする美希を手を伸ばし静止する。俺は鉱物モンスターから目を離さないまま、背中越しに声をかける。
「当たらないと意味がない、落ち着いてくれ」
剣を構え、向き直る。ラスボス前にバラバラ拳は使いたくない。もう一度触手を切り裂きながら接近する。さっきのダメージが残っているのか、受け流しのコントロールが完全にはできていない。ジワジワと体が痺れていく。
「おらぁ!!!」
もう一体の鉱物モンスターに大ぶりの剣撃が直撃し、同じように壁にぶつかった。
美希がそれをマグナムで撃ち、とどめをさす。
よし、残り二体だ。
しかし、二体が同時に美希に向かい飛んでいってしまった。
「まて! こっちだ!!」
俺は慌てて鉱物モンスターを追ったが、これが罠だった。鉱物モンスターは空中で静止した。俺は突っ込むように二体に接近してしまう。
勢いのままなんとか一体に切り掛かり、美希達の右側に吹き飛ばした。
「美希、うて!!」
「は、はい!」
美希はそれをマグナムで撃ち抜きチリに変えた。
しかし、吹き飛ばすために大振りしてしまった俺は、隙まみれだった。剣を構え直す前に、ラスト一体の鉱物モンスターの触手が直撃する。
「ぐああああ!!」
ついに受け流すことが出来なくなり、身体中がビリビリと痺れる。嘲笑うように浮遊するモンスターは、鉱物の部分で体当たりしてきた。俺は美希と皐月がいる方に吹き飛ばされてしまう。
「葛城くん!」
皐月が俺に近づき、抱き寄せた。
美希は俺達の前にたちはだかり、盾を構えた。
俺の体は蓄積されたダメージでガクガクと震え、起き上がることも声を出すことも出来ない。意識を保つだけで精一杯だ。
「今ってことか……」
皐月が俺を膝に抱きながら、枯れそうな声で呟いた。なんだ、どういうことだ?
「出会ってから今日まで、ずっと幸せだったよ」
皐月は強がった笑顔で涙を堪えてそう言うと、俺にキスをした。俺はその意味を理解してしまった。
ラスト一体なんだ、時間を稼いでくれれば、回復した俺が倒せる。それは皐月もわかっているはず。なのに何故。
皐月が盾を捨てて、俺の指をほどき、剣を取り立ち上がった。やめろ、やめてくれ。
「ま……て。俺が…たっ、たたか……うから、時間を……かせ、で」
「最後のワガママ。許してね」
皐月が振り向き、これ以上ない悲しい笑顔を見せた。すぐに奥歯を噛み締めると、モンスターを見据えた。
「あああああ!!」
皐月は、まるで死にいくようにモンスターに突進していった。
大ぶりの剣撃が、美希を襲おうとする触手を切り裂く。皐月の全身に電撃が流れて、剣を手放してしまう。
「ぐあっ……! 美希、私ごと撃って!」
叫ぶと、皐月はそのまま鉱物モンスターに飛び乗り、後ろから羽交締めにした。電撃が流れ、皐月が痛みで声を上げる。
「ああああ!! はや……く!」
しかし、美希は撃ち抜くことができない。俺が最初に美希を見捨てた時とは逆に、美希は皐月を見捨てられずに銃を構えたまま首を横に振り唇を噛んだ。
すぐに皐月は痺れて動けなくなり、ずり落ちた。鉱物モンスターは美希にも同じように電撃を与えた。
美希は痛みに叫んだ。
皐月は美希のもとに這った。俺は何も出来ず、ただそれを見ている。
「美希、美希ぃ、ごめんね……こんなはずじゃ……」
2人とも呼吸が荒い。電撃で体が痙攣している。顔を近づけると、美希は天井をみたまま言った。
「皐月姉……死ぬの、怖い、怖いよぉ」
美希はガタガタと震え、涙を流した。
「大丈夫、すぐ終わる……あとで、ね」
言い聞かせるように美希に頬を寄せた。
「手、繋いで、手」
美希も体をずらし、頬を当て、震える手を伸ばした。
「うん、一緒に行こ」
「い、一緒に__」
グシャ。鉱物モンスターは、手を繋いだ2人の元に落ちた。腹部に直撃し、血が溢れ、臓器が潰れて破裂している。
「ああああ!!」
痛みに叫び声をあげながら、美希は震える片手で、俺のためにマグナムを撃ち抜いた。鉱物モンスターはチリになって消えた。
「凌くん、ごめ、ごめ、……ご」
2人は血を吐きながら、手を繋いだまま灰色に変わり、チリになって消えた。
俺は、その5分後に体の自由を地を這える程度に取り戻し、2人が居た場所に残った血痕に向かった。
「ああ……あああ……ああああ!!!!」
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