28話
朝のトラブルはあったが、皐月が作ってくれた朝ごはんを食べて、美希の入れてくれたコーヒーを飲んだら、気持ちが日常に戻った。
今日は3階層に向かう日だ。体調もいい。
皐月のためにも、なんとしてもこの戦いを終わらせる。
美希は元々才能があるし、何よりまだ若い。皐月がそばにいれば自然と成功していくだろう。脳内プロジェクターもあることだし、きっともう辞めようといえば賛同してくれるはずだ。
皐月がタクシーを呼び、ホビージャポンへ向かった。あらかじめ連絡しておいた山田さんが出迎えてくれた。
「山田さん、俺には理解できないこだわりがあなたにはあるんでしょう。でも、約束守ってくださいね」
「何か約束しましたっけ?」
「3階層をクリアしたら、皐月の編集として組むってやつです」
「ああ、それは勿論」
忘れていた当然のことのように、山田さんは言った。
「ありがとうございます。俺も出来れば今回のアイテムで暁最前戦を完成させたい」
「ダメならまた次の階に行けば良いじゃないですか」
簡単に言ってくれるな。過去に何人も送り出しているから、感覚が麻痺しているのかもしれないが、癪に触った。
「いえ、もう行きません。今回は皐月のために行きます。戦闘にも参加させません」
「そうですか。わかりました」
そういうと山田さんは皐月の方を見た。皐月は神妙な面持ちで、一つ頷いた。
なんだ? 約束守るよアピールか?
「では、お気をつけて」
山田さんに見送られて、門を潜った。
最初のアイテムフロアが広がる。中央に、片手剣と片手盾、マグナムガンと大盾が2つ落ちていた。
「おあつらえ向きだな」
「何装備していく?」
「俺が片手剣と片手盾、それとマグナムガンを持っていく。2人は念のため大盾を持っていてくれ」
「オッケー」
「凌くん、本当に1人で大丈夫?」
「大丈夫。みてて」
俺は装備を装着すると、その場で剣を振り、盾を構え、走り、飛び跳ね身体能力の向上を見せつけた。
「すごーい! 魔法で肉体強化してるみたい」
美希はぴょんぴょん飛び跳ねながら手を叩いた。
「こうきたら、こう! がここまで進化するとは……」
皐月は安心というより、感心して、頷いている。2人の反応が俺の自信につながった。
「な、大丈夫だろ。そうだな、念のため長く見積もって、20分経ったら入ってきて。万が一扉が消えそうになるとかトラブルが起きたら、盾を構えた状態で入ってきて大丈夫」
「りょーかい」
「気をつけてね!」
俺は2人に手を振り、扉を開けた。
同じ流れであれば、おそらく炎タイプの大トカゲが2体。そしてルール違反のペナルティとして倍で、おそらく4体。入場とともに攻撃モーションが始まり、炎が吐かれるだろう。なら目標を一体にしぼり、盾を構えながら直進し、まず一体を撃破する。直線上以外の攻撃は避けられるはずだ。
扉の向こう側、真っ白な視界が開かれていき、俺は次のフロアに入った。すると、炎トカゲが8体いた。
「8体?! なんで」
すでに攻撃モーションは始まっている。俺は思考を放棄し、とにかく作戦通りに一体に目標を絞り、走り出した。
盾を構え、落ち着け、落ち着けとつぶやいた。そうか、俺はダンジョンのルールを破った場合どうなるか確認して、聞いてしまった。これも初耳というわけだ。よって倍の倍か。
大トカゲから炎が吐き出される。正面以外の攻撃は、やはり斜めになってる分、俺の軌道の後ろを追う形になった。正面の炎は片手盾でいなしながら直進する。
一瞬で間合いを詰め、盾の取手部分が熱くなる前に飛び跳ねた。炎トカゲの真上で翻りながら剣を回転させる。首が跳ね上がり、チリに変わっていく。
よし!
あとは何体いても同じだ。炎を吐くまでにはインターバルがあり、手足が短く移動も遅い炎トカゲは、ただの的だ。
素早く移動し、念のため背後から、一体一体全て切り裂いた。
「っしゃあ!!」
最後の一体を倒し終わり、俺は雄叫びをあげた。
いける、いけるぞ。想定よりさらに強くなっている。問答無用先生にはどれだけ感謝してもしきれない。
奥義は勿論のこと、マグナムも温存出来た。修行は続けなくとも、呼吸法を反復していれば維持できると聞いたので愚直に続けていたが、むしろ成長しているようだった。
一度盾と剣を置き、宝箱をあけた。中には虫眼鏡が入っていた。これで原稿を見ると、何かが起きるんだろう。
暫くすると、美希と皐月が盾を構えながら恐る恐るフロアに入ってきた。俺に気付くと、盾を捨て置いて走って抱きついてきた。
「お疲れ様ー! 心配してたよ」
「怪我とかしてない?」
「大丈夫、無傷だよ。炎トカゲが8体いてびびったけど」
「8体も?!」
「ミスってもう一回ルール破ってたみたい。でも全然だ、思ってたより俺は強かった。次は一緒に入って、とどめを美希に譲ろうか。マグナム渡しとく」
次の階ではいつもと同じ流れだと新しい強いモンスターがいる。おそらくペナルティで増えて4体。けど、余裕があれば美希にアイテムゲットのチャンスを与えたいと思っていた。
大盾もあるし、おそらく問題ないだろう。
「いいのー?」
子猫のように美希が俺を覗き込む。
「うん。ラスボスはやばいだろうから俺1人で行く。一緒に行けるとしたら次のフロアだけだし」
頭を撫でると、自ら首をふり喜んだ。
「じゃあ、お願いしちゃおうかな。凌王子、守ってね」
「言われなくても、そのつもり」
皐月の方を見ると、何やら上の空だ。ぼけっとしているわけでないだろうけど。考え事でもしてるんだろうか。
「皐月? 大丈夫か」
「あ、うん。ちょっと次の話のことこと考えてた。今日でクリアだし」
「おお! 構想はもうあるんだ。楽しみだなあ。暁最前戦の作画もあるし、忙しくなるな」
「そう……だね! すっごい楽しみ」
皐月は俺の作画も担当してくれる約束だ。負担になるというより、やりたくて仕方がないといった風でいてくれていた。俺はその気持ちに応えたい。
「決めた。アイテムが良くなくて完成しなくても、今の小説のままで発表するよ」
「いいの? あんなにこだわってたのに」
「最初から漫画で出すよ。原作俺、作画皐月で。きっと皐月なら、俺の足りない部分を絵で埋めてくれるはず」
我ながら名案だ。むしろ、その方がいい作品に仕上がるまである。
「んー、でも私は凌くんの完成が読みたいよ。だから、完成するまで待ちたい」
皐月はニヘッと笑った。
「そっか。うん、わかったよ。向き合ってみる」
「ワガママばっかで、ごめんね」
「何言ってんだよ、俺のためだろ」
「……うん」
どうしたんだろうか。朝はあんなに笑っていたのに、ダンジョンに入ってから調子が悪そうだ。どこか常に孤独を感じているような、遠くからこちらを見ている目をしている。
「皐月姉、大丈夫?」
「ごめんごめん、大丈夫!」
美希が声をかけると、すぐにいつも皐月に戻った。これ以上気遣うと、逆に強がらせるかもしれない。
俺はもう一度作戦を練り直して、2人に伝えた。
扉の前で予め盾を構えさせる。状況が読めないので、念のため全員同時に入ることにした。俺が先頭、2人は盾を構えながら入場。2人は壁際待機で、俺が弱らせたモンスターを美希がマグナムを打ち込む。
うん、我ながら良い作戦だ。
「よし、じゃあいくぞ!」
「はい!」
「いこー!」
扉をくぐり、視界が開ける。
すると、空中に浮遊する1メートル半程度の長方形をした鉱物のモンスターが4体いた。角ばった体から、触手のようなものがウネウネと揺れている。その先端で電気がバチバチと音を立てていた。
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