25話
「どう思った?」
「インパクトが足りない。冒頭で死体を転がすとかさ」
「いや恋愛映画だから」
初恋(うぶこい)の鑑賞を終え、俺たちは喫茶店で映画について語り合っていた。
普通の男女であれば、面白かったねー、とか、その映画の余韻でいい雰囲気になるのかもしれない。
が、我々はクリエイターだ。どうしても物語そのものについて語り合ってしまう。
「だからこそ、新しい風をだな。ミッドポイントでヒロインが実はサキュバスだったって自白するとか」
「それはちょっと面白い。でも不採用、この作品のテーマにはノイズです」
うぶこいのテーマが何かはわかってないことは伏せておこう。
「だめかぁ。美希ならどうする?」
「とりあえず、朝起きて、パン食べて、コーヒー飲んで、着替えて、小鳥に挨拶して、走るをカット。特に隕石が落ちてくるとかないし、出会のシーンから始めるかなあ。まあでも映画は頭からお尻まで見てもらえる前提なところもあるからね」
「最近はそんなことないぞ。サブスクで見るから、つまらなければすぐ見るの辞めちゃうし」
「確かにそうだね。かー、どの業界も大変だ」
「それに比べて週刊連載の漫画って凄いよな、毎週ちゃんと気になるところで終わるんだもん」
「そうそう、コミカライズされた時の最後の話数でも、もう一段階盛り上げないといけないし」
「小説は一回引き込んじゃえば勝ちって感じあるからな、読者層がそもそも活字を読むことが好きだったりするし」
「でもWEB小説だとまた違うでしょ?」
「お、わかってるね。俺はWEB小説メインだからさ。賞用の作品に書き換える時の編集が大変で」
「第三者メガネのやつね」
「そーそー」
「それにしても、なんでこんなに知識はあるのに、作品はつまらなく書けるの?」
「唐突な悪口! 知識は山田さんの受け売りだよ」
「あーね。納得」
会話がひと段落したからか、2人は飲み物に同じタイミングで手を伸ばした。いつものことだが、なんだかそれが嬉しかった。
「皐月はさ、3階層クリアしたら、もうダンジョンには入らなくて済むんだよな」
「え? あ、そゆことね。心配しなくても葛城くんが入る時に続きも一緒に入ろうと思ってたよ。3人居ないと入れないし」
「いや、その逆。出来れば、もうダンジョンには入りたくないんだ」
「どうして?」
「皐月は怒るかもしれないけど、俺は創作のために命をかけるなんて間違ってる、と思う。でもそれは建前みたいなもんでさ。本当は2人に生きてて欲しいんだ。俺のエゴなんだよ」
「葛城くん……」
皐月は何も言わず、俺の話を聞いてくれている。ずっと思っていたけど、タイミングが無くて伝えられなかった言葉が溢れ出す。
「俺は最初、全然覚悟もないままダンジョン入ってさ。そこで皐月の新作書きたかったなって言葉聞いて、本当に胸を打たれたんだ。今でも俺に響いてる」
「うん」
「どうしても山田さんと組みたいって気持ちを譲れない、そのためなら死んでも良いって思ってることもわかる。だから、次の階層をクリアできたら、ダンジョンに入るのを辞めないか?」
「葛城くんは、それでいいの? 良いアイテムがでなくて、暁最前戦を書ききれないかもしれない」
「いいよ。皐月が死なないと書けない小説なんて、俺は書きたくない」
気付くと、皐月は静かに涙を溢していた。
「どうした?」
「……あのね、絶対言うなって山田さんから言われてるんだけど」
「なに?」
「……やっぱりなんでもない!」
「なんだよ、気になるだろ」
「もう少しだけ我慢して。ごめんね」
「えー! なんだよ、2人実は付き合ってるとか?」
「バカ、なら編集担当してくれるでしょ」
「そっか。でも異業種だからな、いうて漫画と小説は」
「え、山田さん漫画の編集も担当したことあるはずだよ」
「そうなの?! 知らんかった、なんて作品?」
「秘密! それもいつかわかるよ」
「ふーん。それにしても秘密ばっかりだな〜」
「ごめんて! なんでもお願い聞いてあげるからさ」
「じゃあ、ラブホ行こ」
なんでもって言うなら、そう言うしかないよなセクハラおじさん的には。
「いいよ、いこ」
「なーんて、う……え、マジで?」
「うん。ほら、行くよ」
皐月はニッコニコで立ち上がり、俺の腕を組んで歩き出した。ウェイトウェイト、リトルウェイト。
「え、え、え、本当にいいの?」
「いいってば。私がしないと、美希もしないだろうし」
そういいながら、手を上げてタクシーを止めてしまった。
ホテル街の住所を伝えて走り出す。
「あ、美希も呼ぶ? 打ち合わせ終わったって連絡きたよ」
「3人でするの?!」
「アホ、順番にするの。部屋分けて、葛城くんが移動して」
何その天国。法律で禁止されてない?
「まあでも急に呼ばれたら美希も心の準備が足りないか。私はさっきので完全に落ちちゃったからな」
「さっきのってなんだ?」
「んーん、こっちの話。あ、ここで大丈夫です」
やけに強引な皐月にリードされてしまう。
ホテルに入ると手早くフロントで部屋を選び、なんと支払いもしてくれた。
ラブホテルなんてデリヘル呼ぶ時にしかこないので、まったくスマートに動けない。お金ないから滅多に呼べないし。
「俺も半分出すよ」
半分で許してください。
「アルバイターには荷が重いでしょ、私印税という不労所得が今も入り続けてるから、気にしないで」
そういいながら、エレベーターの横にあるシャンプーを選んでいる。バスソルトを2種類もってきて、「どっちがいい?」と嗅がせてきた時、俺はこの後するんだなーと現実感が湧いて半勃起した。キョドキョドするな、覚悟を決めろ。据え膳食わぬは男の恥、師匠のありがたいお言葉だ。
エレベーターで軽くキスをされ、部屋に入ると、俺の服に手をかけ始めた。
「シャワーは?」
「いらない。私のことも脱がせて」
「お、おう」
俺がブラのホックを上手く外ぜずにいると、皐月は小さく笑った。
「笑うなよー、知恵の輪がついてんだよここに」
自分でホックを外すと、美希は俺を布団に押し倒し、耳元で囁いた。
「葛城くんは寝っ転がって、今は私だけみてて」
そういうと、丁寧に俺の上半身を舐め、下半身を舐め、そしてついに、俺は素人童貞を卒業するのだった。
完
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