修行編

20話

 あれから二週間が経った。

 俺は執筆から離れている。というのも、他の過去作の編集をすることも、新作を書く気も起きなかったのだ。原稿すら見たくない。

 とにかく暁最前戦を完成させないことには、俺の道はないのだ。そのためには、3階層のアイテムが必要不可欠。いきなり完成するアイテムほしい。流石にないだろうけど。

 夜勤の工事バイトもさらに追加して、意識的に体を鍛えてみた。


 しかし、このままでは足りない気がする。モンスターと戦うのにアルバイトを頑張るって意味わからんし。


 俺は山田さんに電話で相談することにした。おじ型おじさん、山田えもんは何でも解決してくれる。


「なるほど。では、10階層を素手でクリアしたクリエイターズダンジョンの執筆者、問答無用先生のもとで修行するのが良いかもしれません」


 素手で?!


「アニメ以外から知識をいれてはダメなのでは?」


「モンスターの傾向や、階層ごとの武器などを伝えることは出来ませんが、鍛えることは問題ないでしょう。ご紹介しますね」


「そうですか。助かります」


「いえいえ。ダンジョンに入る前に死なないといいですが」


「え?」


「いえ、なんでもありません。では、頑張って」


 そして今。俺はなぜか道場の前にいる。問答無用先生のお家の住所を教えて貰ったはずなのに。漫画家だと聞いていたが……


「たのもー!」


 これでいいんだっけか、道場での挨拶って。

 すると、ドタドタと走る音と「ぶははは! ぶははははは!」という力強い笑い声が近づいてくる。

 嫌な予感がする。

 一旦帰ろうと思ったが、分厚い道場の扉が勢いよく開かれてしまった。


「道場破りとは珍しい! どこじゃ、命知らずのたわけは!!」


 腹の底から大声を出す女性は、白髪をポニーテールにまとめ、道着を虹色の帯で締めている。そしてなにより、2m近い体躯をしていた。

 俺は182cmある。自分より背の高い女性は初めて見た。

 そして、喋り方やムッキムキの体に似合わず、顔は若く美しかった。

 目はクリクリと大きく、肌艶はどうみても10代。化粧はしていないが、朝ドラ女優のようなフレッシュさだ。

 顔は小さいのか、体が大きいのかはわからないが、10頭身以上ありそうだ。


「お前かー!!」


 俺を見つけると、指をさして叫んできた。


「おおうつけが! おぬしなど小指で瞬殺じゃ! クソして寝ろ!!」


「あ、あの」


「寝てクソしろ!!」


 バタン!


 扉を閉められてしまった。寝てクソしたら寝起きがクソまみれだ。俺は扉ごしに大声を出した。


「あのー! 山田さんの紹介で来ました、葛城凌です。問答無用先生はいらっしゃいますでしょうか?」


 さっきのマッチョ美少女は、お弟子さんだろうか。問答無用先生は40代と聞いている。 

 またドタドタと走る音と共に、扉が開かれた。


「なにぃ!? おぬしが山田が寄越すと申しておった、葛城坊か!」


「あ、はいそうです。なので問答無用先生を__」


「問答無用はワシじゃ! ついてこーい!! ぶはははは!!」


「ええ?!」


 首根っこをつかまれ、道場の中へ連れて行かれる。こ、この人が問答無用先生だと。

 40代にはどうみても見えない。

 重量級のボディービルダーの体に、美少女の顔がついたような見た目だ。


「どっせーーーい!」


「うわー!」


 畳張の部屋に放り投げられ、俺は転がった。


「何をしておる、受け身をとらねば危ないぞ」


「すみません」


 受け身の取り方なんて知るか!


「では、お互い命をかけて殴り合おうぞ!!」


 問答無用先生が構えた。その瞬間に、とてつもない殺気を感じた。ゴブリンとは比較にならない、死の感情そのものが強制的に心に描かれていく。


「ま、まって下さい!! 俺は修行に来たんです、殺し合いにはきてないです!!」


「たのもー! と言ったではないか! あれは道場破りの合図! 警告したにも関わらず、クソして寝ることもせず! 虫けらよりもひ弱そうじゃが、敬意をもって問答無用流極意・六の型、一撃バラバラ殺人拳で冥土に送ってしんぜよう!!」


 一撃バラバラ殺人拳?!

 そんなのもう武術とかじゃないだろ! 

 などと言い返すわけにもいかず、俺は正座した。


「申し訳ありません、道場破りの合図とは露知らず! 本当にただ修行に来ただけ__」


「一撃バラバラ殺人拳!!」


「ぎゃー!!」


 俺は空間に放たれた拳圧を全身で受け、転がった。死んだかと思ったが、吹っ飛んだだけなようだ。


「ぶはは! 冗談じゃ、流石のワシでも、拳圧だけでバラバラにはできん」


「冗談の場所がおかしい!」


 流石に突っ込ませて頂いた。拳が当たるとバラバラにできるのか。


「ぶはは! で、なんじゃ、ワシに抱かれたいらしいのう」


「山田さんからどう話が通ってるんです?!」


「クリエイターズダンジョンをクリアするために修行させたい作家がいると聞いておる」


 完璧に伝わっているじゃないか!


「そうです、なので修行をお願いします」


「よし! ではまずダンジョンに入り、素手でモンスターを倒してこい!」


 それが出来たらこねーよ!


「できません、2階で剣を持って死にかけました!」


「なにぃ?! たわけが! 修行が足りん!!」


「そうなんです、修行が足りないんです俺! なので修行をつけてください!!」


 はぁ……はぁ……会話をするだけで疲れた。というかこれは会話になっているのだろうか。


「おぬしは、なんじゃ、漫画か? 小説か?」

 

 問答無用先生は俺に向き直り、正座をした。俺も慌てて正座し直した。打って変わって、静かな空気が流れ出す。


「小説です」


「なぜ小説を書く?」


「何故? そうですね……尼崎先生の作品に感銘をうけて……いやそれだけならこんなにずっと書き続けられないか。好きだから、ですかね?」


「ですかねってなんじゃ、ワシはお前のことなどしらん。自分で考えなさい」


 まずいぞ、先生の納得のいく答えが出せないと、きっと修行はつけてもらえないやつだ。


「すみません。……わかりません。書いていないといられなかったんです、理由なんて__」


「合格じゃ!」


「へ?」


「ワシもそうじゃ。書かずにはいられない。鍛えずにはいられない。修行せずには! いられない!! 立て、葛城坊!!」


「は、はい!」


 一体どういう思考回路なんだか見当もつかないが、とにかく修行をつけてもらえることになったようだ。


「ワシは一般的なとれいにんぐの方法なぞ知らん! 問答無用流、つまり自己流である! よって一切のくれいむは受け付けない! よいな!」


「はい!」


「よし! では、葛城坊が気絶するまで、ワシを殴れ! ワシは手を出さん! はいすたぁとー!!」


「は、はい!」


 気絶するまでおぬしを殴るじゃなくて良かった。もうどうにでもなれだ。


「うおおお!」


 どれくらいの強さで殴ればいいんだ? 

 とりあえず接近してみよう。振りかぶりながら走り距離を詰めた。


「道着をきんかー!!」


「ギャー!!」


 マルタのように巨大な手のひらが俺を突き飛ばした。ゴロゴロと転がっていく。道着の貸し出しを受けてないぞ?! いや、持ち込むのが礼儀なのだろうか。


「受け身をとらんかー!! 二度もいわすな!! 次は殺す!!」


「受け身の取り方教えてください! 道着もかしてください!」


「こんな時に若さの秘訣を聞くなー!」


「聞いてません!!」


 そうして、俺のダンジョンに行くより危険な修行が始まるのだった。

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