17話

「それでは、山田さんの人生に!」


「「「かんぱーい!」」」


「いやはや、お恥ずかしい」


 メガハイボールが4つだ。山田さんはレモンサワーを頼もうとしたのに、皐月に押し切られてメガハイボールになっていた。実質二杯。これは仕事に返すつもりないな。


 山田さんの隣に皐月、俺の隣に美希が座っている。じゃんけんをしたのだ。勝った方が山田さんの隣、負けたら俺の隣。いじめでは? 教育委員会は何をしているの?


 美希は本気でちょっと嫌そうにしていた。今もいつもより距離が15cmほど遠い気がする。しどい。


 いつもなら皐月が「仕方ないなー」と姉御として美希に席を譲っていた。しかし今回は断固として譲らなかった。よほど山田さんが好きなんだろう。このおじさんのどこがいいんだ。


「やばーい、夢みたい! 山田さんが隣でお酒飲んでる!!」


「いいないいな、私も山田さんの隣がよかった〜」


「次の店でね!」


「いや、俺はこれ飲んだら仕事に__」


「いいじゃないですか、俺とはいつも飲んでくれてたし。女性が苦手なんですか?」


「葛城先生と飲むのは、それも仕事ですから。女性は、嫌いじゃありませんよ」


「きゃー! はい山田さんお刺身、あーん!」


 皐月がお刺身盛り合わせの目玉、大トロを躊躇いなく山田さんの口へ運んだ。

 いつもなら奪い合いになるというのに。さらに山田さんの口の端についた醤油を、尖らせたおしぼりで拭いている。国王待遇だ。

 それを拒否しない山田さんを見て、皐月が美希に目線を送った。すると、美希がメガハイボールを一気飲みした。


「ぷはー、おかわり! 山田さん、次なに飲まれます?」


 なんという連携プレーだ!

 心を段階的に緩めさせている。この後暗殺でもするのだろうか。

 まさしく阿吽の呼吸で、ナチュラルに山田さんの次のドリンクを勧めた。


「美希先生、お酒強いんですね。俺はまだ残ってますので、お気になさらず」


「えーん、振られた」


 美希のフリを断る……だと!

 本当にちんちんついてんのか?!

 俺なら急いで飲み干して同じものを貰うところだ。

 もう歳だから機能してないのだろうか。いや、流石にまだそんな年齢じゃないだろう。


「じゃあ俺が代わりに」


「葛城くんはツマでも食べてて!」


 辛辣!! 

 とはいえ今日の俺は本当に良いところがない。みじめったらしくツマをツマミにつまんだ。ふふ、自分のダジャレに自分で笑ってしまう。惨めな男さ……。それと、M心的には気持ちいいのも否めない。


「葛城先生、楽しんでますね」


「ギクッ。そそそ、そんなことありません」


「顔に書いてあります。皐月先生もサービス精神豊富ですね」


 皐月は無言で目線をそらして、肩と足をすくめてメガハイをゴクゴク飲んでいる。恥ずかしかったらしい。乙女な皐月は山田さんの前でしか見られないから、貴重だ。


「皐月みたいに洞察力があるフリですか? それなら飲んでくださいよ、山田さんが飲んでくれないと、俺がおかわり出来ないじゃないですか」


 俺は仕返しに煽り返した。ふん。


「はあ、わかりましたよ。暁最前戦、書ききって下さいね」


 フッ、と笑うと、山田さんはメガハイボールを一気に飲み干した。女子から黄色い歓声があがる。お酒飲んだだけなのに。


「葛城くん、でかした!! 好きなだけ飲んでよし!!」


 皐月が立ち上がり、俺を指差し叫んだ。


「やったー!」


「すみません、メガハイボール4つ」


 美希がすぐに店員に声をかけた。


「あ、レモンサワーも一つお願いします」


「すみません、ハイボール苦手でした?」


「いえ、レモンサワーも好きなだけです。チェイサーにします」


「かっこぃぃいい!! 私お酒強い人大好き!」


「私は山田さんが好きー!」


 皐月が山田さんにどさくさに紛れて抱きついている。美希は羨ましそうにそれを見ている。


「いやはや、お恥ずかしい」


「はい、唐揚げ、あーん」


「どうもどうも」


 爆モテである。凄いな、俺納得いく作品を書き終えたら、絶対編集になろう。小説家よりモテるじゃん。

 夢が叶ったら、小説が売れてしまったら。俺は抜け殻になるんじゃないかと、売れてもないのに心配していたので丁度いい。


 1時間半ほど接待が続き、山田さんは短時間で10杯以上飲まされていたが、まったく酔っている様子はない。ほんの少しいつもより心を開いている程度で、テンションはほぼ変わらなかった。酒、強すぎる。


「では、俺はこのへんで。楽しかったです、ありがとうございました」


「ええー! 山田さん、かえっちゃうの〜?」


「まだのみまひょーよー」


 逆に飲ませていた女性陣がベロベロだ。特に皐月は呂律が回っていない。


「仕事があるので。また是非飲みましょう。葛城先生、お二人のことよろしくお願いします」


「あ、はい。お疲れ様でした」


「約束ですよー!」


「また飲んでくだしゃいね〜」


 会釈をすると、飲まされていないので比較的シラフだった俺に一万円を渡して、お会計を持って席を立った。

 ここまでの分を会計して、追加の飲み代までくれたようだ。

 

「葛城くん、見たぁ? あーれがモテる男よ、参考にして」


 うなだれながら皐月が言った。珍しく顔が真っ赤だ。


「ふん、会社の経費だよ」


 ダッサ!! 自分で言ってて自分のダサさにびっくりした。


「自由に使っていい経費があるくらい、会社に信用されてるってことぉ。それに、一万円は現金なんだから実費だよ。もーどうにかして一晩でいいから抱かれたいぃ」


「次は倍飲んで貰ってぇ、お持ち帰りしよ! 私手伝うからぁ。なんならお酒強くて可愛い友達呼んでくる、ヒック」


 美希、仕事モードで酔ってないふりをしていただけだったようだ。なんなら皐月より酔ってるかもしれない。


「美希ぃい、なんて可愛い妹なの。んー、ちゅっ」


 キスし始めた。

 やめてくれ居酒屋で。焦ってあたりをみたが、おっさん達がエロい目でこちらをチラチラみているだけだった。


「2人とも飲み過ぎだ。すみませーん、水ください」


「葛城くんが飲まなすぎなのぉ。ほら美希、飲ませてあげて」


「んー、だってぇ、さっきのことまだ恥ずかしくて」


「いいじゃない、今日バシッとヤっちゃいなさいよぉ」


「もー、やめてよぉー!」


 美希はそういいながら、メガジョッキで顔を隠しつつチラチラとこちらを見ている。


「意外とすごぉく立派になるのが付いてるよぉー葛城くん」


「ちょ、皐月」


「……え?」


「あ」


 時が__とまった。

 やばい。

 小説家なのに、もうやばいとしか表現出来ないほどやばい。

 地球が自転をやめるくらいヤバい。もっとヤバいかも。とにかくヤバい空気だ。やばい。


「……そっか、そうだよね。してるよね、2人とも大人だし、仲良しだし。全然嫌じゃないよ、本当に」


 美希がとたんに冷静になり、ポロポロと泣き出してしまう。

 俺は勿論無能なので、なにもできずオロオロした。


「ち、違うの! 本当に! ねえ、話をきいて! ……なによ、美希だって覚えてないとか言って、葛城くんと本当はしたんじゃないの?!」


「してないってば! パンツに血ついてなかったもん!!」


「しててもおかしくなかった。違う?」


「それは、そうだけど……うわぁああん」


 大号泣。皐月はやっちまったと顔をおさえて静かに泣き出した。お店中の視線が俺に集まる。大声で叫んでいたので、会話はきっとみんなに聞こえている。


 第三者メガネをかけなくてもわかる。

 俺が作った修羅場だと思われている!!

 いや、本当に俺が作った修羅場なのか?!

 美女2人泣かして、何考えてんだとヤジまで飛んできた。

 会計は幸い終わっている。俺は2人をひっぱり、急いで外に出た。


 外に出ると、皐月が突然木が植えてある店の裏側に走り、素手で穴を掘り出した。

 俺は泣き続ける美希を支えたまま追いかける。


「何してんだ、やめろよ!」


「見てわかんないの?! お墓掘ってんのよ、私の!! 新作も書けないし妹も泣かせるようなビッチは今すぐ死んだ方がいいの!!」


「うわああああん!!」


 なぜかより一層美希が泣き出す。俺は隣の木に美希の背中を預けて座らせて、皐月の手首を後ろから掴んだ。両手を肩の上で固定し、身動きを封じる。


「離して!」


「ダメだって!」


 暴れる美希を無理やりこちらに向かせた。


「やめてよ! 私のこと汚いって思ってるんでしょ!」


「はあ? 思ってねえよ! それより大事な手を怪我したらどうするんだ!」


「……う、ううう、うああああん」


 皐月は俺の胸に顔を預けて泣き出した。

 俺はカバンから水を取り出して皐月の手を洗った。よかった、爪が割れたり、怪我はしていないようだ。


「さづきねぇえええ、わだじが凌ぐんとじだらじなないでぐれる?(皐月姉、私が凌くんとしたら、死なないでくれる?)」


「ずびずびずび(鼻水を啜る音)。美希ぃ、許してくれるのぉ?」


「ぎだないなんておもっでないの、かなじぐなっちゃただけだの、ゆるじて〜(汚いなんて思ってないの、悲しくなっちゃっただけなの、許して)」


「みぎぃいいいい、ごめんねぇえええ黙っててええええ」


「わだじこそごめんねええええ」


 ……なんかわからんけど、解決したようだ。

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