16話
「とりあえず盾を逆さまにして、地面にたてかけて、2人でくっついて!」
「うん!」
盾の上側が地面に対して垂直な形をしているので、逆さまにした方が足元から安定して守れる。
1.5m程度の炎トカゲは、おそらく立ち上がる事はない。尻尾で立たれたらまずいが、あの細さなら恐らくないだろう。
2人に指示を出し、盾で簡易的なバリケードを作った。
「炎を吐くから気をつけて! 最悪俺のことを囮にして、剣を使って戦ってくれ!」
「そんなこと出来ないよ!」
美希が倒れる俺の背中に手を当て言った。酷なことを指示しているのはわかっている。
「頭を手で抱えて、心臓は地面に伏して守っておくから! 死ななければ、外に出れば治る!」
口では強がっているが、叫び出したくなるほど足が痛い。とてもじゃないが動けないんだ。俺のせいで2人が死んでしまうのだけは嫌だ。
「来るよ!」
炎トカゲを見ていてくれた皐月が叫んだ。おそらく上を向いて、口から火花が散ったのだろう。俺が入った時、既にその状態だった。
2人は盾の取手部分をしっかりと握り、盾に身をかがめた。
熱風と共に炎柱が横向きに襲いくる。
「「キャーーー!!」」
炎が盾に沿って上側に舞い上がり、2人は悲鳴をあげた。
「熱っ」
メインで直撃していた皐月の盾が赤くなっていた。もうあんなにも蓄熱してしまっている。
「大丈夫か?!」
「ビビって離しちゃったけど、まだなんとか持てそう!」
ということは、次の攻撃でもう盾すら持てなくなる。完全にピンチだ。
「やるしかないか……! ああああ!!!」
ジュゥウウウ、と焼けるような音がした。皐月が鉄板のように熱くなった盾をあえて強く握り、トカゲに向かって走り出す。
炎トカゲの動き自体は鈍く、腕も短い。
盾の鋭利な部分が下にくるように持ち替える。トカゲに熱々の爪のようになった盾を突き刺した。
炎トカゲは痛みに悶えた声を上げたが、まだ消滅はしていない。
「あっつい!! もう!!」
皐月が両手で盾をもう一度掲げた。次はきっともう待てないだろう。
勝てるとしたら、今しかない。
「美希! 剣を!」
「う、うん!」
状況判断がつかず、とりあえず俺の防衛を続けていたであろう美希に剣を渡した。
「走って!!」
「はい!」
皐月の二撃目に悶えるトカゲの口に目掛けて美希は走り出し、力強く突き刺した。
しかし体重と筋力が足りないのか、深く刺さらない。
「お願い!! 消えて!!」
持っていた盾を投げ捨て、剣を両手で握り全体重をかけて押し込んだ。炎トカゲは硬直すると共にチリになって行った。張り詰めた空気が続く。
「やった、のか?」
思わず俺は呟いた。
「ちょっと! フラグ立てないで!」
「すみません!」
絶対に立ててはいけないフラグを立ててしまったが、新しい敵が現れることもなく、無事に宝箱が出現した。どうやら終わったようだ。
「うううう、よかったぁ」
美希がその場にしゃがみ込んだ。
皐月がすぐに駆け寄り、手のひらは火傷が酷いため、腕と胸で抱き寄せた。
俺も這って2人の元へ近づく。
「2人ともごめん、何も出来なくて」
「ううん、そんなことない。その火傷、入ってすぐ炎吐かれてるよね? 先に1人で行ってくれてよかったかも。じゃなかったら入室と同時に全滅してたと思う。指示も的確だったよ」
本当の無能には優しいんだ、人格者ってやつは。
「皐月姉さぁん……一生ついて行きます!」
「私も付いてくぅうう」
「ほらほら、元気出して。宝箱出てきたよ」
「そうだ、あれの所有権、多分討伐した美希にあるよ」
「え!!」
美希はパーっと顔を明るくして、ウキウキと宝箱の元へ走っていった。
「現金なやつ」
皐月は嫌味ではなく、可愛いやつ、というニュアンスで俺に微笑んだ。俺も同意の微笑みをニチャァ、と返した。
「肩かしたら歩ける?」
「いや、多分無理。俺は先に扉の方に向かうから、美希の方に行って__」
「持ってきたよ。よいっしょ、と」
美希が宝箱を運んで、目の前に丁寧に置いた。俺にも見せてくれるためだろう。優しさが無能に染み渡る。
ついでに宝箱を置くときに、俺のアングル的に今までで1番おっぱいが丸見えだった。ちょっと乳首見えた気がする。心の目かも。
ふう、怪我した甲斐があった。鼻の下を伸ばしていると、目線に気づいた皐月が、俺の背中に跨がり腰掛けた。
「っあ」
「何、背中も怪我してるの?」
「いえ、まったく。ご褒美です」
「ったく」
「開けるね!」
ゆっくりと宝箱をあけ、中身を取り出すと……カメラがついている長方形の金属の箱のようなものが出てきた。
「なんだろ、これ?」
「プロジェクター、かな? アニメには出てこなかったやつだね」
「そうかも! あ、ボタンがついてる」
「私には見えないボタンみたい。押してみて」
「うん」
美希はプロジェクターを比較的まっすぐな壁に向けて、ボタンを押した。
するとなぜか、俺と美希が酒を飲みながら裸で抱き合っている映像が流れた。俺に口移しされた酒を、蕩けた表情で飲み込んでいる。
数秒硬直していた美希が、すぐにボタンを押して消した。
「なんだ今の。俺と美希が裸で絡み合ってた」
「……ごめんなさいこんなときに」
「いや美希、なんだ今の映像。なんで俺と裸で濃厚な絡みをって痛っったあああ」
皐月が俺の火傷した足を肘でぐりぐりしている。
「謝ってんでしょ! 黙ってなさいよ」
「すみませんすみませんすみません」
「ったく。早く外でよう、火傷痛いし。無神経童貞は自分で這って出な。いこ、美希」
「ううう、今は凌くんの顔みれない……」
皐月に肩を抱かれ、プロジェクターをもった美希は出口に向かっていった。
「待ってぇええええ」
扉付近にプロジェクターを置くと、美希が俺の元に走って戻り、両手を取って引っ張ってくれた。目は合わせてくれない。眼福な視界だ。
皐月はやれやれ、といった風に扉の前で待ってくれている。早く外に出て痛みから解放されたいだろうに。
三人で扉の外に出ると、山田さんが立ったまま待っていた。思ったより遅くなってしまったようだ。安堵の表情を浮かべている。
体の痛みが嘘のように消えていき、瞬時に全回復して立ち上がった。
「ご無事で何よりです。……おお、それ! 脳内プロジェクターじゃないですか。大当たりですよ、やりましたね」
珍しく山田さんがテンションを上げている。激レアなのかもしれない。
「はい……とっても助かります」
俯き恥ずかしがる美希を見て、山田さんは不思議そうにしていた。
「なかなか出ないレアドロップですよ。映像系の仕事をしている人からしたら、口から手が出るほど欲しいものです。脳内のイメージを直接投影できるので」
「はい……正しく大事に使います」
「どうしたんです?」
え??
戦闘終わった後に、なぜか美希が俺とあんな事してるのを想像してたってこと?
「いや、さっき美希がボタンを押したら何故か、おごぉおお」
本気の腹パンが皐月から飛んできた。
「息が……、息ができない」
的確に鳩尾を突いている。この精度、至高の領域が近い。
「もうお嫁に行けないぃ」
「引く手数多だから大丈夫。このバカにはやらないから。私が貰いたいくらい」
「うわーん、皐月姉と結婚する」
「しよ。山田さん、すみません訳がわからない感じで」
「いえ、そこの珍獣がやらかしたんでしょう。打ち上げの席、予約してますが」
「そうだ、山田さんご一緒しましょ! 珍獣はハンターに連絡して駆除してもらって」
「お気持ちは嬉しいですが、仕事がまだ残ってまして」
「たまには仕事も休まないと! 私達のお酌では物足りないですか?」
「いやいや、そんな」
「私も山田さんと飲みたい!」
「……で、では一杯だけなら」
「やったー! あんたはそこで反省してな!」
「そんな! 一体何を?」
「人生を! じゃあね!」
山田さんが2人に腕を引かれていく。俺がそこにいるはずだったのにぃぃいい。
思い返せば、恥の多い生涯を送ってきました。金もなければ地位も名誉もない。あるのは性欲とちっぽけなプライド、そして大きい夢だけ。ああ、どうして俺は俺なんだ、1人ロミオとジュリエット__
「何してんの?」
皐月が振り返り声をかけてきた。
「え? 人生の反省を」
「本当にしてんの?! そこは、待ってよ〜とかいいながら追いかけてくるところでしょ、私が鬼みたいじゃん」
「でも美希が怒ってるから」
「怒ってないよ、ね?」
「うん」
山田さんの腕に隠れながら美希は言った。
俺は立ち上がり、駆け出した。
「待ってよ〜!」
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