13話

「なんでみんなそげな乱暴に」


「葛城大先生」


「だ、大先生?」


 全身の鳥肌が総動員した。あんなにいつも俺を馬鹿にしてた山田さんが……美希と皐月みると、これみよがしなドヤ顔をしていた。


「おっぱいはお預けだね」


「お預けってことはいつか__」


「これは第三者メガネをかけて、葛城先生が編集しただけですか? 伺っていた皐月先生の添削は何を?」


 大事な確認を招かれざる客に遮られました。


「私は椅子の描写を短くして、記憶を取り戻すシーンから書いてくれと伝えただけです」


 それだけじゃないだろ、色々助けられてる。俺は正直に自白した。


「あと、それまでのシーンは過去回想として読者が愛着を持ってから書くとか。正直自分では思いつかなかったので、大分助かりました」


「なるほど。であれば問題ないですね」


「私もホッとしてます」


 問題?


「なに? どういうこと?」


「私の添削が余計だった可能性を排除したってこと。もう、言わせないでよ」


「ええ?! で、結局どうなんですか?」


 ゆっくりと山田さんは床でサンドイッチにされる俺の元へきて、正座をした。


「傑作です。なにも編集するところはありません。あとはどう売り込むかだけですが、それは俺の仕事です」


「それって……」


「KADOMATU大賞に出しましょう。現在応募締め切って1次選考中ですが、ねじ込みます」


「はあ?! 賞金500万の国内最大の新人賞じゃないですか? それにいいんですか、そんなことして」


「ダメです。でも、その価値があります。読めば全員納得するので問題ありません。賞レースとはいえ、あくまでもビジネスですから。これを読んで売れる確信がない選考委員はクビにします」


 編集長でもないヒラ編集なのに、やけに強気なおじさんだな。

 しかし、酷評しかされてこなかった俺の小説が、手放しで褒められている。本来なら嬉しいはずなのに、それなのに。


「では、俺はメディアミックスに向けて種を蒔いてきます。大賞は確定してますので、早い方がいい。データお預かりしますね」


「待ってください」


「なんでしょう」


 俺はサンドイッチから溢れ出し、立ち上がった。 


「俺は、この作品まだ納得いってません。だから……嫌です」


「ちょっと葛城くん、何言ってるの?」


「そうだよ! 第三者メガネを使ったからってことなら、気にしないでいいよ? あれは私達は使わなくても出来ることで、ズルなんかじゃないから」


「いや、本当に納得いってないんだ。俺の頭の中、メガネを外して読んだ編集前の方が断然面白い。でも、今の俺ではそれが限界です。だから、嫌です」


「葛城くん、考えなおして。お願い、私はその話の続きが読みたい」


「続きは書くよ。皐月が読んでくれるなら、皐月のためだけでも。でも、賞には出したくない」


「……葛城くん」


 皐月は頬を染めて口をつぐんだ。どうした、吐き気か?女の人はホルモンバランスとか色々大変だな。

 山田さんは、ただじっとこちらを見つめている。


「お願いします」


 俺は頭を深々と下げた。

 本当は、俺は山田さんに恩返しがしたい。俺にかけてくれた時間が、無駄じゃなかったと思わせたい。この作品で恩が返せるなら……と思ったけど。

 どうしても、納得いかないんだ。


「確かに、俺が葛城先生に感じていたポテンシャルの100%ではありませんね。でも、どうやってこれを越えるつもりですか?」


「ダンジョンに行きます。良いアイテムがあれば、書き切れるかも」


「そう……ですか。わかりました。その代わり、条件があります」


「なんでしょうか?」


「俺が選定した過去作3つも、第三者メガネを使って編集してみて下さい。これは、葛城先生が1番気に入っていた作品ですよね」


「そうです。タイトルもまだ決められてない、でも1番のお気に入りです。過去作の編集、やります。ありがとうございます」


「いえ、待つのも編集の仕事です。選定作品はまたラインでお伝えしますね。では俺は仕事に戻ります」


「はい。ありがとうございました」


「皐月先生、美希先生、葛城大先生をよろしくお願いします」


 今度の大には、嫌味が込められている気がした。

 言い方が葛城だぁい先生だった。


「はい! お気をつけて!」


「ありがとうございました!」


「偉そうなことを言ってるつもりはありませんからね!」


 俺はご帰宅ヴァンパイアに聖水を撒いた。


「わかってます、冗談ですよ。では」


 2人に軍人かってくらい丁寧な敬礼をして、山田さんは見送られていった。

 俺はホッと胸を撫で下ろした。


「ふう……ごめんな、2人とも」


「そこまで言うなら仕方ないよ。ダンジョンには私も行きたかったし」


「うん、私もアイテム欲しいし」


「じゃあ、ダンジョン行くか」


「今から?! 私もう精神ゲージ残ってない」


「私も無理! ドッと疲れたぁ〜」


「じゃあお開きだな」


「飲み行こ」


「賛成! 飲まずにはやってられないよ、あんなもの読まされたら」


「書かずにはいられないじゃなくて?」


「むしろ書きたくなーい」


「私も何もしたくない」


「飲む体力はあるんかい」


「そっちは無限」


「怖」


「葛城くんの奢りね」


「何でだよ!」


「私たちの看病の恩を返せ」


「そうだそうだー!」


「ウッ……それは、そうだ。アルバイト頑張ります」


 2人に腕を組まれて、連行される宇宙人のように近場の飲み屋に入って行った。ありがたいことに、作品に対しての話はしないで、ただバカみたいに飲み続けてくれた。

 今は創作から離れたい。こんな気持ち初めてかもしれない。

 ひとしきり飲み終わると、なぜか2人とも俺の家に帰ってきて、臭い臭いと布団にファブリーズをかけている。

 自分の家に帰ればいいのに。

 俺も床で寝るわけにもいかないので、3人でシングル敷布団で、ギチギチになって寝た。


 思い返せば、その日が人生のターニングポイントだった。

 もし時間が戻るなら、俺はもうダンジョンに行くなと止めただろう。

 1人の男としても、作家としても。

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