二階層の苦難
14話
あれから一ヶ月が経った。
指定された作品を、メガネをかける、外すを繰り返しながら、なるべく脳内に近づけるように編集した。
精神的なダメージは、凄まじいものがあった。
天才だと思いながら作った作品の全てが、実は凡作以下だと思い知らされ、納得のいかない修正に追われる。まさしく地獄だ。
身の回りの世話を美希と皐月がやいて、常に励ましてくれたのでなんとかなったが、1人なら挫折していたかもしれない。
結果としては、最初に添削した作品を越えられなかったようだ。
まあそりゃそうだ、俺の一押しだったからね。
三作品を読んだ後、皐月は「面白い。けど、これなら私でも戦える。よかったよ、あんなの量産されたら肉便器にしてくれって懇願するところだった」と言っていた。あまりのパワーワードに耳を疑った。エロ同人でしか聞かないぞそんな単語。録音しとけばよかった、聞き返したい。
美希は「これなら私にも参考に出来そう。ありがとう!」と胸を揺らして喜んでいた。
そうそう、大好評の作品タイトルは、「暁最前戦」になった。
最初に思いついたのは「ちょ、まてよ。腐った椅子に座ったら記憶が戻りました〜無限ハーレムでおっぱいが止まらない〜」だった。
上記のタイトルを伝えると、第三者メガネを頼むから掛けてくれと全員に懇願された。
もう使いたくなかったが、仕方なくかけて、すぐに変更した。何だこのタイトル。
山田さんは女性の露出シーンをカット、または匂わせのみ、もしくは逆に繊細に詳細を描いて、ライトノベルではなく一般の小説として出版するのもありだと言ってきた。
見事な手のひら返しだ、今までの真逆のことを言われている。
でもこの作品は、コミカライズやアニメ化を意識して書いていたので、このまま行くことにした。と言っても完成してないが。
作画はなんと皐月が担当を申し出てくれた。勿論俺は快諾した。皐月が作画なら安心だ。
山田さんも「一つ仕事が減りました。皐月先生より良いキャスティングは、俺にはできません」と喜んでいた。皐月も山田さんに認めてもらえて、この上なく上機嫌だった。
あとは納得のいく作品に仕上げるだけだ。
そして、今。
俺たちはダンジョンの中にいる。
山田さんに見送られ門をくぐると、剣が一本と、盾が二つあった。盾は上半身が完全に守れるほど大きく、それでいて軽くて丈夫な素材なようだ。
「でっかい盾だぁ〜! 大分安心感が違うね」
「ね、これがあればドラゴンが出てきても大丈夫そう」
「ドラゴンと戦う俺は死ぬのでは?!」
皐月と美希が盾を構えてキャッキャふざけてる。この子達、単純にメンタルが強い。このあとモンスターと戦わなきゃいけないというのに、恐怖よりもアイテムゲットのワクワクの方が勝っているようだ。惑星ベジータ出身なのだろうか。
「それより、また俺が剣でいいの? アイテムの所有権が俺になっちゃうよ」
「私はそもそもアイテムいらないから気にしないで」
「私も後回しで大丈夫。凌くんが見せてくれる原稿がアイテムみたいなもんだし」
2人とも、良い子なんだよね。俺は自分の性格を見直す必要がある。
「了解。それと2人とも、とりあえず盾で頭と心臓を守ることを優先して欲しい。死ぬことを回避できればそれでいい。あとは俺がやるから」
「どうしたの? かっこいいじゃん」
「今日の凌くんなら守ってくれそう」
もう2度と、ビビって足がすくむようなことはしたくない。最初から覚悟をもってのぞまないと、全滅だ。
「こうきたら、こう! こうきたら、こう!」
俺は毎日していたイメトレを実践した。実際の剣を持ってやっておかないとな。
「大丈夫かな……」
「不安になってきた」
「どうして?!」
「アホはほっといていこいこ、なんとかなる。ならなければ死ぬだけ」
「皐月姉かっこいー!」
スタスタと次の扉へ向かってしまった。前回死にかけたのに、凄まじい精神力だ。
「待ってよ、危ないって!」
急いで追いかけ、扉を開けると、中は2体のゴブリンがすでに身構えていた。
2人は盾を構えて、苦笑いで俺を見て言った。
「ごめん、早速ピンチ」
「もーなんでまたゴブリンなの、顔も見たくないのに!」
「危ないから! 下がってて!」
なんでこんなに緊張感がないの?!
やはり作家のプロはどこか現実を俯瞰して捉えているのかもしれない。まるで他人事だ。
俺は剣を構えて、2人の前に立ち、重心を下げた。現実の肉体能力が反映するとわかってから、引っ越しと倉庫のバイトを増やして筋トレしておいたのだ。
「こい!」
「キキッ」
「キキャー!」
虫のような甲高い鳴き声を上げながら、一体のゴブリンが俺に向かい走ってきた。
棍棒を振り上げ、直線的に走ってくる。
しかし、身長的にも、武器のリーチ的にも圧倒的に有利だ。大丈夫、いける。
自分に言い聞かせて、後の先で迎えうつ。
大振りの攻撃を大股で回避し、重心移動に合わせてゴブリンの後頭部目掛けて剣を振った。
狙い通り首を刎ねることに成功する。
「よし!」
「キャーー!!」
喜んだのも束の間、もう一体のゴブリンが、いつのまにか迂回して美希に向かって走っていた。
なんだ、美希はゴブリンにモテすぎでは?!
急いで俺も向かうが、このままだと間に合わない。
「美希、盾構えて!」
「キキッ」
「こないでー!!」
青ざめた美希がゴブリンの方を見ずに、盾に隠れながら叫んだ。
まずい、しっかり敵を見据えてないと、避けられる攻撃も避けられない。
ゴブリンが美希に接近し、棍棒を横振りするために振りかぶった。あの角度だと、最悪顔面に直撃してしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます