12話


「……どういうこと?」


 あれ、なぜか俺が睨まれてるんだけど。


「葛城くんの頭の中では、もっと面白いらしいよ。それが出せなくて、もう書けないって寝込んでたみたい」


「あり得ない。私はこれが書けたら、もう脚本家を辞めても良いと思えるほどの傑作です。でも、分析して吸収できないほど奥が深いから、悔しいだけ」


「え、2人とも面白いと思ってくれてるってこと?」


「……」


「……」


 無視?!


「私達には葛城くんを殴る権利があるよね?」


「あります。法律で許可されてます」


「許可するタイプの法律あるっけ?!」


 認可か禁ずるとかじゃなかった?


「憲法3.14条 プライドをズタズタにした上で、わざわざ褒めることを強要してきたものに対して、暴力を行使することを許可する」


「憲法に小数点?!」


「はあ……面白いよ。面白すぎる。私には一生かけないかもしれません!! 参りました!! これで満足?!」


「美希、もっとメスガキみたいに言ってやりなさい」


「童貞!! 雑魚ワナビ!! 社会の底辺!!」


「っあ! やめて、新しい性癖のタネを撒かないで」


「ダンジョン、次の階で1人で戦わせよう」


「そうしましょう」


「それは本当に死ぬのでは」


「うーーー!」


 美希が俺の頬をつねっている。いうて痛くない程度にだが。


 本当に面白いってことなのか?!?!

 信じて良いのか?!


「この原稿山田さんに送った?」


「まだだよ、全然納得いかないし」


「送りなさい。今すぐ」


「えーでもでも」


「もういい、勝手に送るから」


「あー! 心の準備が!」


 俺はノートパソコンを抱き抱えた。


「いつもクソ小説送ってたじゃない!」


「あれは俺の中では自信があったんだって!」


「電話するからね!」


「やめて!」


 俺は電話をかけようとする皐月のスマホを奪おうとした。胸に抱え込んでいるので、手の甲に胸が当たってしまう。


「セクハラ!!」


「ええ?!」


 さっきまで触らせてたのに?! 

 皐月の顔を見ると、ジト目で顔を赤らめ、恥じらっていた。なんか……ご馳走様です。


「美希、このバカおさえてて」


「はい!」


 美希に後ろから羽交締めにされ、胸を背中に押し当てられた。なんとかパソコンは守っているが、やめてくれ、その術は俺に効く。


「凌くんのためなんだからね」


「俺のケツ毛を丁寧に数えるのはやめてくれ!」


「そんなことしてないよ?!」


 辱めにあっていると、すぐに山田さんが電話に出てくれたようで、皐月は説明を始めた。


「お疲れ様です、お忙しい所すみません。はい、無事です、家に居ました。原稿の編集も終わってまして。はい……はい。そうです、今すぐにでも見て欲しくて。ええ、大傑作です。転送したいんですが、何故か自信がないようでパソコンを……あ、今すぐに。はい、ありがとうございます、お待ちしてます。それでは。……来てくれるって」


「なんてことしてくれるんだ!」


「あのね、山田さんがわざわざ原稿読むために仕事切り上げて家にくる意味が、あんたにわかってんの?」


「わからん! いつも添削してくれるし、落選でも酒奢ってくれてるし!」


「やっぱり殴って良いよね?」


「グーでどうぞ!」


「せめてチョキにして!?」


「ぐー!」


「ぐぁあ!!」


 美希に羽交締めにされながら、皐月にグーで殴られている。

 どうしよう、また新しい性癖の種が撒かれている。

 一斉開花したら春の変態桜参道が出来て観光名所になってしまう。


 暫く暴力を楽しんでいると、扉を開く音がした。はやい、はやすぎる。近場で打ち合わせでもしていたんだろうか。

 インターホンも押さずに、勝手に山田さんが家に上がってきた。編集者には常識とかないのか!


「何してるんですか」


 恥ずかしそうに美希と皐月は俺から離れて、正座をした。そんなに偉いのこの人?


「不法侵入者に言われたくないですよ」


「招き入れた覚えはないが? ってやつですね。ヴァンパイアの」


「うるさいです」


「パソコンを渡してください」


「嫌です、恥ずかしい」


「いつもフォアグラをクソで煮詰めたような小説を嬉々として持ってくるじゃないですか」


「クソで煮詰めた記憶はありません!」


「むしろクソがメインです。皐月先生のお墨付きがなければわざわざ来ませんでした」


「いやあ、そんなそんな」


 皐月がマジで嬉しそうに照れてる。

 このおじさんのどこがいいの??


「皐月先生、美希先生、そこの素人を抑えてて頂けます?」


「はい!」


「はい!」


 また美希に羽交締めにされ、皐月に正面から抱きつかれた。

 女体に包まれ油断した瞬間に、抱き抱えていたノートパソコンを、するっと山田さんに奪われてしまう。


「うわー!! 犯罪だ!! こんなことが日本で許されるのか!! ちょっと、聞いてます?!」


 俺がどれだけ喚いても、まるで一切聞こえませんという態度で、勝手に小説を読み進められた。山田さんも速読だ、すぐに読み終わってしまうだろう。

 俺は観念して、大仏のように横に寝転んだ。美希が背後、皐月が正面で抱きつかれたままだ。


「ひどい……こんなのレイプだ」


「大丈夫、私を信じて」


「私も。山田さんが気に入らなかったら、なんでもする」


「……なんでも?」


「いいよ」


「美希のおっぱいを、蕎麦を打つ如くもんでも?」


「まな板にびったんびったんしないなら、うん」


 ……ならいっか。200回酷評されてるからな。酷評されることには慣れてる。むしろ儲けもんだ。楽しみだなあ、おっぱい。


 バターン!! 


 またノートパソコンが力強く閉じられた。

 そんなに激しくしたら壊れちゃうってば!!

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