8話 美希視点

「私、前に派手な見せ場を作るといいって言ったじゃん?」


 わー!!

 言われたことやれてないやつ!!

 まだあれから新作はかけてないからな、怒られちゃうかも。


「ごめんなさい。まだそれには反映できてないの。言われる前にストックで作った未公開のやつでね、でも次から必ず__」


「あれ、忘れて。美希の脚本の読み方間違えてた。未公開ストック了解、その方がいい。セリフから書いてるよね?」


 セーフ!! 

 皐月姉に怒られたら泣いちゃう。


「うん、もちろんセリフから書いてるよ」


「映画脚本には興味ある?」


「あるけど、やったことも見たこともないからなぁ」


「よし。さっき言ってた、登場キャラクターの心の動きとか、身体的な変化だけ書き込んで、逆にサイレントの作品としてこれを作り替えてみて。一度完成させてから、どうしても必要なセリフだけ付け足して。書き込みは消さずに、監督に見せる用として取っておいて」


「待って待って、どういうこと?」


「紹介したい映画監督がいる」


 皐月姉は片側の口角をあげ、ドヤ顔をして言った。映画脚本は、私が口から手が出るほどやりたかったこと。そのコネクションを得るためにギャラ飲みに参加していたくらいなのです。


「あ、姉御〜!!!!」


 私は皐月姉を拝んだ。ありがたや〜〜!


「どうも、姉御です。絶対相性が良い監督だよ。空気感のある演技をする無名役者が好きな人で、低予算の個人制作だから、いくらで買い取ってくれるかはわからないけど」


「全然!! 100円でも良いよ!!」


「私が紹介するからには、個人制作でも50万円以下にはしないよ。マージンも要らない。多分だけど、出資がつけば100万からで買い取ってくれるはず」


「ひいいい! どうしよう返せるかな、こんな大っきな貸し」


 というか、私で本当に大丈夫かな?

 皐月姉の知り合いってことは、それなりに業界で名の知れた人かもだし。


「このクオリティの作品と美希の素直さと伸び代。飲みの場でおじさんに接客も出来て21歳。お釣りでビルがたつってもんよ」


 ニカッと笑って見せてくれた。本当は貸しだなんて思ってない、爽やかな笑顔。なんだか、出来る気がしてきた!


「皐月ビル建てます!! じゃあ早速私も帰って執筆に」


「待って」


「はい待ちます!」

 

 犬のように従順に待ちます!

 一呼吸置くと、皐月姉は真剣に聞いてきた。


「葛城くんの小説、どれくらい化けると思う? 第三者メガネを通して読んだ時、問題点がわかるのは当然だけど、それの解決方法まで理解してた。それも、かなり高い精度で」


「確かに。違和感に気づけても、どう改善すればいいかの判断は別の能力だもんね。仮に私が感じた脚本的面白さまで、小説の状態で引き出せれば__」


 私は唾を飲み込んだ。


「もしかして、一次落ちだった凌くんの小説が、突然賞をとるレベルになったりして」


「私もそう思う。いや、それ以上かも。そして、少なくとも葛城くんの最大の長所である、人間心理の描写深度は、私たちのレベルを超えてくるはず」


「皐月姉も? それはないんじゃないかな」


 一流漫画家の描写力ははっきり言って人間の限界を超えているとしか思えない。

 監督、役者、美術、脚本、全てを1人でこなしてるのと変わらない。それも週間連載で。

 その中でも、皐月姉の月光と踊るは、数多くのクリエイター達から敗北宣言が出るほどの大傑作。本来であれば、クリエイターズダンジョンに入る必要もない人だと思う。

 

 原作の完結から二年。来春のアニメシーズンで最終話まで描かれる。それから新作は出してない。

 だとしたら理由は一つ。月光と踊るを越える作品を作るためだ。

 そんな皐月姉を、人間描写だけとはいえ、現状素人の凌くんが越える?そんなわけ__


「ある。あの山田さんが手放しで100作品も添削に付き合ったんだよ。私達が理解できてない何かが浮き彫りになる可能性、高いと思わない?」


 山田さんの凄さは、正直私には計り知れていない。ギャラ飲みにいた金持ちそうな社長からクリエイターズダンジョンを紹介された時に、案内人が山田さんだった。それだけだ。

 確かに、トップ作品の編集者として有名だけど、私ならともかく、皐月姉がそこまで入れ込む理由がわからない。


「山田さんってそんなに凄い人なの? 色々謎に満ちてるし」


 少しの沈黙のあと、皐月姉は私を手招いた。耳をかせ、ということだろう。私はワクワクしながら顔を傾けた。


「蒼い閃光、知ってる? 20年前だから、美希は産まれたばかりだけど」


 小声で耳元で囁かれる。ちょっとこそばゆい。


「尼崎先生の? 知ってるよ。ホビージャポン小説大賞とって一気にコミカライズ、アニメ化、映画化して大ヒットしたのに、消息をたった伝説の人でしょ」


「そう。業界の一部の人しか知らない、トップシークレットかつあくまで噂話なんだけどね。その尼崎先生の担当編集が山田さんだったって噂なの」


「えぇぇええぇええ?!」


 だとしたら、山田さんが神格化されるのもおかしくはない。蒼い閃光は全てのクリエイターのバイブルとして読まれ続けている神作だ。


 レジェンドの相棒と一緒の空気を吸ってたってこと?!


「しっ! 当時、作家の扱いは今より劣悪だったみたいで。尼崎先生がいなくなってからも仕事を続けて環境を整えてくれた、全クリエイターの恩人だよ」


「なんで、そんな大事なこと伏せて……しかもヒラで編集を続けてるの?」


「現場に居て作家を守りたいからだと思う。私も憧れでね、編集について欲しいって懇願し続けたんだけど、あなたに俺は必要ありませんって言われちゃって」


「それで、ダンジョン行きを命じたら諦めると思って告げたら、受けられちゃった、ってこと?」


「いや、私から言ったの。3階層をクリアしたら、担当になっていただけますかって」


「そうだったんだ……」


 私は全身に鳥肌がたって、動けなくなった。ダンジョンの中よりも凄まじい環境にいるのかもしれない。


「だから映画脚本の執筆は、葛城くんの原稿を読んでからでも遅くないと思う」


「わかった!」


「この話、秘密ね。特に葛城くんには」


「その前提で聞いてたから、安心して。うわぁ、楽しみだね、凌くんの原稿」


 なのに、それから一週間経っても、凌くんは連絡をくれなかった。最初は集中して編集してるから、邪魔しちゃ悪いと思い放っておいた。


 でも、二週間、三週間、ついに一ヶ月経っても、連絡が来ることはましてや、返事も返ってこなかった。痺れを切らした皐月姉が山田さんに電話してくれた。私もスピーカーモードで参加した。


「お疲れ様です、すみませんお忙しい所」


「お疲れ様です、美希です」


「2人とも、お疲れ様です。どうしました?」


「葛城くんと連絡が一ヶ月つかなくて。何か連絡ありましたか?」


「一ヶ月はおかしいですね。俺は新作が出来た時と落選連絡くらいしかやりとりしてないので、特には」


「そうですよね。第三者メガネを使って編集をしに帰ったんですけど」


「なーるほど。……それは最悪死んでるかもしれませんね」


「え、冗談ですよね?」


「いや、本当に。彼の自惚れ具合は世界一でしたから。そこが長所でもありましたが。住所お伝えするので、様子を見に行って頂けますか?」


「はい、すぐ行きます。ありがとうございます」

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