美希と皐月

7話 美希視点

 水を得た魚ってやつかな。凌くんがぴちぴち跳ねながら家に帰っちゃった。皐月姉にはまだ疑われてるだろうし、どうしよ……


「美希、美希。美希!」


「ふぁい!」


「聞いてる?」


「ごめん、魚のこと考えてた」


「昨日のお刺身美味しかったもんね」


「ね、また行こうあそこ」


「2人で戻って、何食べたの?」


「ウッ。タコワサ」


「本当に嫌なことされなかった? 大丈夫?」


 あれ? 

 責めてるってより、心配されてる……?


「うん、それは本当に大丈夫。……なんだ、2人で行って、お泊まりしちゃったこと怒ってるのかと思ったよ」


「違う違う! ごめんね、なんか私子供扱いしてるのかも。大丈夫ならいいの」


「た、多分大丈夫。本当に覚えてない」


 服も、ちょっと乱れてたけど、着てたし。うんうん。


「本当に覚えてない時、99%してるよ」


「事実は小説よりも奇なり、でしょ」


「まあね。何かあったら、いつでも相談してね。私は何があっても美希の味方だから」


「姉御〜!!」


「姉御は辞めて。さて、問題のお持ち帰り男だけど」


「それだと私がお持ち帰られ女になっちゃう」


「そこは事実」


「ッウ」


 やっぱり怒ってる? 

 もしかして凌くんのこと、皐月姉……好き?!


「まあ、慣れっこなのかもしれないけどさ。子供扱いしないのならね」


「私記憶なくなるまで飲んで、目覚めたら男の人の家に居たの初めてだよ」


「そうなの?」


「うん。上京するまで地味だったし」


「んなわけ。こんな立派なのつけて、男がほっとかないでしょ」


 皐月姉が私の胸を人差し指でつついてくる。いつでも自撮りできるように少し露出高い服着てるけど、やっぱり恥ずかしい。目立つよね?


「む、胸は大きかったけど、痩せてなかったし、顔もプチ整形してるよ。事務所がお金出してくれた」


「え……私この話聞いて大丈夫?」


 皐月姉がひいてる。やばい、ライン超えてる?


「大丈夫大丈夫、隠してないし! Xにビフォーアフター出してバズらせたくらい」


「ほえー。最近の若い子の生きるたくましさ、見習わないとな……」


 あ、よかった、納得してくれた。


「皐月姉も若いよ」


「21と26にはね、山よりたかーい壁があるの」


「みんなそう言うよね。私には見えてないよ、皐月姉との壁」


 どこにあるの? 

 ATフィールド?


「確かに、勝手に自分で作ってるだけなのかも」


「そうだよぅ」


「まあ、それならある程度経験もあるし、安心か。葛城くんは控えめに言って変態アルバイトワナビーというチンカススペックだけど、童貞臭いところあるし。ゴブリンよりぎりマシなレベル」


 皐月姉、パワーワードのバーゲンセール。そんなところも好き。


「控えめの意味知ってる? でもゴブリンが初めてで終わる人生じゃなくて良かったぁ」


「はぁ?! 処女ってこと?」


「あ……うん」


 まずい、つい口が滑っちゃったぁあ!!

 東京で21歳処女は馬鹿にされると思って大人ぶってたのに、もう素がでてる。


「まって、混乱してきた。属性が多すぎる。ギャラ飲みグラドル上京デビュー元地味子の天才脚本家処女ビッチ。私の漫画のキャラならボツ」


「唐突な全否定!」


 処女ビッチってなに!


「どうしてそのルックスとコミュ力で彼氏もセフレもいないの? 潔癖?」


 これは、ちゃんと説明しないと疑われたままだよね……。


「地味子だったから学生時代は彼氏なし。舞台脚本家は本番に呼ばれるだけだから、役者と接点なし。グラビアは同業全員女の子。カメラマンはおじさん。ファンもおじさん。ギャラ飲みもおじさん。マッチングアプリは事務所禁止。……私だって彼氏欲しいよ! 恋愛経験は脚本書く上で絶対必要だとおもうし!!」


「ごめん、私が悪かった!! 葛城くんとは上手く話せてるし、美希すごく可愛いからさ」


「凌くん、ちょっと目線とか挙動がおじだから、話しやすい」


「ちょっとじゃないよ、まごうことなきおじだよ。いい? 出会いがなくて葛城くんに目がいってるなら、もっと良い男がいるから落ち着いて。ましてや初めてが葛城くんだなんて」


「作家病でてるよ、頭の中で勝手に話が進行してる」


 落ち着いて皐月姉。私は葛城くんのことを別に好きってわけじゃ……あれ、なんでだろう、好きじゃないって思うと違和感が。


 ゴブリンに、美希さんから離れろ!って切り掛かってくれた時は、王子様だったけど、普段は可愛いおじさんだからなあ。


「……ごめん。はぁー、またやっちゃった。嫌だよね、勝手に決めつけられるのってさ。本当に申し訳ないです」


 想定より深く刺さってしまったようで、深々と謝罪させちゃった!


「いー! そんな怒ってないって、真にうけなくて大丈夫だからね」


「ありがと……そうだ、どうして脚本家の道を選んだの? いろんな道があるでしょ、女優とかさ」


「すごい、本当になんでもお見通しなんだね。最初は役者になりたかったの」


 人間を見る力が、常人のそれを越えすぎてる。占い師になったらハマっちゃいそう。


「何でもじゃないけど、そんな気はしてた! 芸能へのパイプは作家からは作りにくいし。今からでも遅くないんじゃない?」


「んーん、もう諦めた。演劇部にいたんだけどね、どうしても心を作れなくて。でも、こう作れたらいいのにって言うのを紙に書き出してたの。心の動きとその理由とか、表情の変化とか、ちょっとした仕草とか、視線の変化とか、瞬きの回数……ごめん、この話面白い?」


「面白い。続けて」


 気付くと、皐月姉の目がギラギラ輝いていた。この人、本当に創作が大好きなんだな。こうゆう話、みんな退屈そうにして聞いてくれなかったから、嬉しい!


「それでね、気付いたら脚本を自分で書いてたの。私の書き込みは描写じゃなくて箇条書きだから小説にはならないけど、役者が作れる行間がある舞台脚本に少し直せば自然となってたんだ。そしたら、書いてる方が楽しくなっちゃって」


「天才ってやつだ」


「えへへ。OGに見せたら、所属してる演劇団体で使ってもらえるようになって。上京はそこでお世話になってた人から紹介された事務所に面倒見てもらったんだ。今も、ちっちゃい舞台の脚本だけど、数はまあまあこなしてるよ」


「どれくらい?」


「月2〜3作くらい?」


「おまけに超速筆。最新作見せてくれる?」


「え、見てくれるの! PDFをBluetoothで送るね」


 データを送ると、本当に読んでるのかって速度で、皐月姉がスワイプしていく。

 私は売れっ子漫画である皐月姉の言葉を、ご神託を受ける巫女のように待った。

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