6話

「それで、朝まで飲んで気づいたら葛城くんの家に居て、2人とも店出た後から記憶がないんだ」


「はい……」


「すみません……」


 起きたら13時半だった。

 ルノエールの集合時間は13時。秒速で電話して謝罪して、歯磨きして顔を洗って、すぐに家を出た。到着は14時半。1時間半待たせてしまった。


「それ、ヤッてんねえ」


「意義あり! 裁判長、発言の許可を」


「却下」


「ぐう」


「弁護人の美希です、今一度発言の許可を申請します」


「美希容疑者、弁護人のフリは辞めなさい」


「ぐう」


「……まあ冗談はさておき」


「本当だよ、服とか着たままだったし! ね、凌くん」


「ホント、ホント、ウホウホ」


「ゴリラのことは信用できない」


 つい気まずくてゴリラになってしまった。隣に座る美希が俺の膝に、膝をボスボスと当てて、ふざけないでと抗議してくる。やめて興奮するから。

 あ、これがもしかして女の子が言うやめてはやめてじゃないってやつ?


「もういいよ、本題に入ろう。持ってきたよね?」


「へい姉御。こちらに」


 俺はカバンから例のメガネを取り出した。


「そういえばむき出しだったね。メガネケース、買おっか。割れたら嫌だし」


「たしかに」


 レンズはなぜか俺にしか見えないから問題ないかと思っていたが、フチは歪むかもしれないもんな。


「で、どう? 試してみた?」


「うん。でも普通の度が何も入ってない、ガラスのメガネなんだよね」


 俺は実際にかけて、もう一度周りを見渡した。やはり何も変わらない。


「凌くんメガネ似合う」


「本当? 常にかけとこかな」


「やっぱりヤッたよね?」


「ヤッてないです」


 ヤりたかったけど。

 だんだん俺にも冗談ってやつが分かってきたかもしれないぞ。


「原稿は見たんだよね?」


「え? 原稿?」


「そりゃクリエイターズダンジョンのアイテムなんだから、創作物に関わる能力でしょ」


 なるほどね! 

 服が透ける不思議なメガネかと思ってた。


「ちょっと待って」


 俺はスマホを取り出し、投稿サイトのマイページを開いた。メガネをしたまま自分の原稿を読むと__


「な、なんだこれ……ありえない」


 俺は思わず声を上げた。こんな衝撃、はじめてた。


「どうしたの? なんか添削してくれるとか?」


「いや、めちゃくちゃつまらないんだ」


「変化なしか」


 皐月ねえさん?


「失礼だな!! 俺が俺の小説をつまらないと感じたの初めてだよ。なんだこの冒頭の椅子の描写。長すぎだろ」


「わかったぁ! それ、第三者メガネだよ。自分のフィルターを通さずに作品を客観視できるようになるやつ」


「あーね! アニメでもかなり初期に出てきてたよね」


「待ってくれよ、俺の小説こんなにつまらなかったのか……ショックすぎる」


「例えば、どこがつまらない?」


「皐月姉、そんな傷口にハバネロを塗り込むようなこと言わなくても」


「いや、もしかしたら、面白くなるかもよ」


 美希は皐月の意図に気付いたのか、嬉しそうに自分の手で口をおさえた。


「椅子の無駄な描写が続いたのに、特にそのまま第三部までそれを使った変化が起きない。フラグとして残したつもりだったけど、これだと意味ないな。まるっと椅子の部分カットしてみるか」


「違う、そうじゃない。三部で起こる椅子のパート、つまり座ると記憶が戻るシーン、冒頭に持ってきてみて」


「え、ほぼオチになっちゃうよ?」


「クライマックスは別でもう一つ作って。イスの描写は4ページから、4行にまとめて。それでも十分長さは伝わる。三部までの展開は過去回想として、キャラクターに読者が愛着を持ってから書いて」


 この眼鏡があると、意固地にならなくて済むな。全然アドバイスが嫌じゃないぞ。


「了解、やってみる。続きの部分は……えー、全然主人公の心理描写足りてないじゃん。しつこいかなと思って行間で埋めたつもりだったのに、これじゃまったく伝わらないよ」


「葛城くん!!!!」


「ひゃい!」


 皐月の姉御は俺の肩をガシッと掴んだ。俺は思わず背筋を伸ばした。


「今日は解散。全部自分なりになおしてから、もっかい私に原稿見せて」


「でも、冒頭みたいに間違えた判断するかもだし」


「間違えて構わないから! 一度思ったように伝わる書き方に、なおしてきて」


「わ、わかった」


「じゃあ、私もこれにて」


 美希が指で忍者の真似をした。ギャラ飲みのおじさんがやってるんだろうな。


「美希は私とお話があるよね?」


「……はーい」


 美希は小さく手をあげて、シュンとして座り直した。俺は促されるまま帰宅した。読めば読むほどクソつまらない原稿だった。よくこの小説から美希も姉御も山田さんも可能性を見出してくれたものだ。カレールーの入っていないカレーくらいスカスカだ。


 無駄に詳細な風景描写はカットして、義務教育で履修しない小難しい単語も極力簡単なものに置き換える。

 メガネを通して、第三者、つまり読者にとってわかりやすいように書き直していく。 

 俺の頭の中とこんなにも違いがあるなんて、まったく気づけていなかった。

 自分では全登場キャラクターの詳細な心の動きが見えている。だけど、読者には説明しないとわからない。

 つまり、リアリティを下げてでも、表現として感情の動きを分かりやすく描写する必要がある。って何度も山田さんに言われてたのに、全く出来てないじゃないか。

 何より、一文が長すぎる。3行くらい繋がってる。

 俺はこんな基本的なことすら理解できてなかったのか。

 奥歯を噛み締めながら、一心不乱に添削を続けた。

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