4話

「葛城さーん! 中身は眼鏡でした。皐月ちゃんの様子は……」


 美希さんは俺の背中ごしに皐月さんを覗きこみ、絶句した。

 どう見ても、死んでるからだ。 


「そんな……嘘ですよね?」


 嘘、嘘……そうだ、ここはダンジョンの中だ。心臓さえ動いていれば!


 胸に耳を押し当てると、確かに鼓動していた。棍棒により肺が圧迫されて、一時的に呼吸停止状態にあるだけだ。つまり、死んではない。


「心停止はしてない! 人工呼吸__いや、ダンジョンの外にでよう!」


 俺はしゃがみ込み、皐月さんをお姫様だっこした。素人が失敗するかもしれない心肺蘇生をするより、たしかに生きているうちに外に出た方がいい。アニメと同じなら、きっと全快するはず。


 自分で体重を支えてくれない人間がこんなに重たいなんて知らなかった。

 なんとか運び出し、ダンジョンの外に出た。すると__


「ぷはっ!! あれ、痛くない。もしかして、クリア?」


 自分の体をペタペタと触った後、俺の方を見上げて皐月さんは言った。俺は安心して、ヘナヘナとしゃがみこんでしまった。

 美希さんは皐月さんに「良かったぁ」と半泣きでしがみついた。


 美希さんがゴブリンから受けた攻撃でできていた顔のアザも、綺麗に治っていた。


「何々2人とも。もしかして、私死んでた?」


「死にかけてたよ!」


「心配したよー!」


「てことは葛城くん、倒したんだねゴブリン。やるじゃん!!」


 やけにハイテンションな皐月さんは、俺を葛城くんと呼んだ。

 そういえば、俺も美希さんとタメ口になっていた。命懸けの戦闘は、絆を深めるようだ。 


「やるじゃん、じゃないよ、もー」


「あはは、ごめん美希。でも、これでまだ新作の望みが……そうだ! 報酬のアイテムは?」


「持ってきたよ。ほら、これ」


 美希はメガネを皐月に手渡した。


「だて眼鏡? レンズがないよね」


「え、レンズついてるよ」


 俺にはどうみても普通のメガネだった。


「私にも、だて眼鏡にみえる。……葛城さんのみ有効ってこと? ゴブリン倒してたし」


「そうかも……?」


 またしてもきまずい沈黙だ。2人はがっくりと肩を落とした。


「私ゴブリンにおっぱい揉まれたのに」


「私棍棒で殴られて死にかけたのに」


「ご、ごめん! どうしたら皆も使えるようになるかな」


 2人は顔を見合わせて、小さく笑い始めたと思うと、堰を切ったように大笑いした。


「なに? 怖いよ2人とも!」


「冗談なのに、まにうけすぎだって!」


「もー、なんでわからないの?」


 本気で焦ったのが馬鹿みたいだったが、笑顔があまりに可愛かったので、2人が幸せなら、OKです。


 しばらくすると、山田さんが現れた。こんな危険な目に合わせたからには、ぶっ飛ばしてやろうかと思っていたが、ホッとした表情で労ってくれる様子をみて、そんな気持ちも失せていった。危険はアニメで承知の上、死ぬかもしれない説明は受けていた。自己責任だったことを思い出す。


 3人は山田さんが予約してくれていた居酒屋に移動し、打ち上げをすることにした。山田さんも皐月さんが誘ったが「仕事がまだ残ってますので」と言って来なかった。


 飲み物が揃うと、皐月さんが音頭をとってくれた。

「では、初勝利を祝し、メディアミックスに向けて!」


「「「乾杯!」」」


「くぅーーー!! このために生きてんね」


 皐月姉さん、いい飲みっぷりです。


「おかわり!!」


 美希さん、まさかの一気飲み。


「ウッ、生きててよかった」


 俺は普通に命に感謝した。

 美希さんは、ゴブリンに襲われた恐怖を引きずっていたのか、どこか張り裂けそうな雰囲気があったので、一安心だ。未遂とはいえトラウマレベルだろう。

 つまみの存在を忘れるほどグビグビと酒が進み、みんないい感じに酔っ払ってきた。


「ねえ、美希は葛城くんのこと、凌くんって呼びなよ」


 俺は驚き、鼻にビールを逆流させた。痛い。


「な、なんでー?」


「だって葛城さんって、変でしょ。これから相棒なわけだし? 私のことは皐月姉と呼びな」


「皐月姉!」


「皐月姉!」


「なんで葛城くんも皐月姉呼びなの! 皐月でいいよ」


「だって俺が死を予感して、小説書いてたことを後悔してたらさ、新作書きたかったな……って言ったんだよ。心にぶっ刺さったよ」


 美希がコクコクと頷いた。


「やめて、なんか冷静になると恥ずかしい」


「いやあ、奮い立ったよ。本物のプロ作家は、死にかけてる時でも作品のこと考えてるんだなあ」


「ひー!! 姉さんを助けて、美希」


「葛城さんが私のこと一度見捨てたの、まだ許してないから」


 目を細くして美希が言った。


「それは本当に、なんてお詫びすればいいか……」


 俺が深刻に謝ると、また2人は目を合わせてから笑い出した。


「ねえ、冗談だよ! もう本当辞めて葛城さん」


「その後命懸けで戦って、私のことも機転きかせて助けてくれたんだからチャラに決まってるのにね」


「そ、そうなの?」


「私、傷つきましたって甘えましたよね?」


「え、あれ甘えてたんだ。ブチギレてんのかと」


「どこの世界にブチギレながら半裸で抱きつく女がいるんですか」


「え、待って半裸で抱きついてたの?」


「あ」


 美希さんは自分で言っていて恥ずかしくなったのか、目を伏せて顔を赤くした。


「これは粗相ですわ」


 粗相って久々に聞いたな。


「メガハイボール追加で許して下さい」


「よし! 私もビール。葛城くんも飲むよね? すみませーん!」


 店員を呼び、酒を注文する。2人とも酒強いな。俺はもう結構酔ってるぞ。


「あと、罰として葛城くんのこと凌くん呼びは決定で」


「え! え! まって私まだ敬語も取れてないのに」


「だから言ってんの」


「でも年も14個離れてるんだよ? 失礼じゃないかな?」


「待って、美希20歳なの?」


「あれれ、言ってなかったっけ? 今年21」


 若そうだとは思ってたけど、まさか20歳だとは……つい先日まで未成年じゃないか。あ、いや成人は18歳からになったのか。飲酒は20からだっけ?


「はー、最近の子はしっかりしてるわ。よかった未成年じゃなくて。ごめんね、メガハイボール私が飲むね」


「私も、ね。すみません、メガハイボール1つ追加で」


「美希、飲み慣れてんなーおい」


「それなりにギャラ飲みで戦ってきてますから」


「ッカー! 美人で若くて乳もデカいと稼ぎぶちが沢山あっていいねえ!!」


 念のためお伝えしますが、俺の発言じゃないですよ。姉御の発言ですよ。


「皐月姉も美人だし絶対出来るよ、今度誘ってもいい? 一回行くだけで2万円は貰えるよ」


「無理無理、私接客できないもん」


「私も出来ないよ?」


「無意識に出来てるよ。おじに好かれるタイプ」


「えー、喜んでいいのかな?」


「どう? おじ日本代表として」


「すごく良いと思います」


「凌くんは全然おじさんじゃないよー! あ、凌くんって言っちゃった」


「おうふ。美希、ビッグラブ」


 俺の股間もサムズアップ。


「ッカー!!!! 完璧じゃあありませんか、これ自然にやってるとか、2万じゃ支払い足りないってもんよ!!」


 皐月は酔うとどんどん江戸っ子になっていき、美希は天然仕事モードになるようだ。俺は、いつも抑えている変態な脳内が外に漏れ始めるので、発言に気をつけないといけない。最悪チー牛存在罪で逮捕だ。陪審員からの嫌悪で執行猶予もつかない。


「てか、私だけ1人で座ってるの寂しいー、そっち行っても良い?」 


掘り炬燵タイプの席で、俺の隣に皐月、前に1人で美希が座っていた。


「よし、今日のMVPを挟んであげようじゃないか」


「え? え?」


 挟むって、ッッッッエ?


「何考えてんの、席をだよ! バカ」


 デシッ、と頭をこづかれた。


「姉御、まだ何も言ってないっす」


「顔に書いてあんだよエロいこと考えてますって」


「なになに、凌くんエッチなの?」


 そういいながら美希は嬉しそうに俺の隣に詰めて座ってきた。2人の体が密着してきて、両手に花にも程がある。姉御のニヤついた顔が近い。それを見て、美希も負けじとなのか、俺の耳元で囁いた。


「エッチな男の子はメガハイボール飲まなきゃだよ?」


「すみません、メガハイボール追加で」


「あー、凌くんエッチなんだぁ」


「すみません、メガハイボール追加で」


「ぎゃはは! こりゃ無限メガハイボールvsメカギョジラだァ!」


「何それ意味わかんない!」


「ウィーーーーン!」


 俺は立ち上がりメカギョジラの真似をしながらメガハイボールを一気飲みした。皐月がゲロ吐くんじゃないかってくらい笑ってくれた。

 そこから先は、記憶がない。

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