3話

「やっぱり俺っておもし__」


「わざとかってくらい、つまらない!!」


「ですよね!!」


 俺は心ですっ転びながら、現実では首をコクコクと頷かせた。わかっている、わかっていたけども、傷ついた。売れっ子漫画家の悪評価は寿命が縮む。


「でもプロットだけなら、連載漫画家級です」


「本当ですか?!」


「私もそう思いました、というより、私には面白かったです」


「美希さぁあああん!!!」


 あなたのことを1000年前から愛してました!


「脚本家の視点で読むと、わりとそうかもね。面白い部分が尖ってるのに、他の部分がダメすぎて」


「た、たとえばどんな所がダメでした?」


「基本全部です。特に最も重要な物語の冒頭、椅子の描写に4ページ使うとか、最早狂気ですよ」


 ゴミを漁るネズミを見るような表情で、1話を読み返しながらいった。俺は咄嗟に言い訳をしてしまう。


「それは、物語のキーになる椅子なんです! 今までにない斬新な切り口にしてみようかと」


「無名作家の書き出しでこれなら、最初の2行で読むの辞めます。ちなみに最後まで読んでも印象は変わりません。最高のプロットをオナニーし続けて台無しにしてる」


「もう読み終えたんです?!」


 俺のオナニーを?!

 てかいまサラッとオナニーって言った?!


「速読で簡易的にですが。美希ちゃんは、とりあえずセリフメインで読んだんだよね?」


「はい、脚本は基本セリフのみで進行するので。ここの主人公のセリフ、キュンときました」


 俺は今美希さんにキュンです。


「徹底的に無駄な描写をし続けてるけど、絶対的に欲しい部分は120点で抑えてる。いや、それ以上かも。なるほど……山田さんのお気に入りなわけです」


「山田さんって、そんなに凄い人なんですか?」


 皐月さんは目を丸くした。何言ってんだ、こいつ?といわんばかりだ。


「私が山田さんに担当になってもらえる条件が、ダンジョン3階層の踏破です」


「ええ?!」


 つまり、皐月さんにとってアイテムは二の次で、俺の今の状態になりたいってこと……?


「山田さんが担当になった作品は必ずヒットします。作家の良さを引き立てながら、商業作品に昇華してくれます」


 山田さん、俺の作品はまだヒットしてませんよ。ってそりゃそうか、俺が言うこと全然きけてないもんな……。


「だからって、勝手ですよね。女の子を危険なダンジョンに向かわせるなんて。自分が編集だから安全なところで高みの見物ですか」


「何も知らないのに、山田さんのことを悪く言わないで。ダンジョンに行くのは私の意思です」


「……はい、すみません」


 これ以上喋るのは辞めよう。相当尊敬してるんだろう。というか、山田さん、マジでそんな凄い人だったんだ。飲み代奢ってくれる暇なヒラ編集だと思ってた。


「これって山田さんに添削してもらう前の作品ですよね? 後のはありますか?」


「いや、大分添削してもらったのがコレです」


「は? ……山田さんの貴重なアドバイスを全部無視してるとしか思えない」


 怒られた。年下の女の子に怒られることは普段なら興奮するが、小説のこととなると話は別だ。


「……はは」


「はは、じゃないですよ」


「……」


 気まずい沈黙ぱぴぷぺぽ。


「わ、私の脚本も読んでほしいなー!!」


 美希さんが張り裂けそうな空気を変えようと、わざとらしく大声で言った。


「美希ちゃんのも、もう読んだよ! うん、基礎がしっかりしてて読みやすい。ただ、どこか光る所というか、派手な見せ場が欲しいかな。でも現状でもプロとしてもやっていけると思う」


「皐月ちゃんに褒められたら自信になる〜!」


 美希さんの大きな胸が体の揺れに対して慣性をおこし、少し遅れて上下に揺れていた。


「まだ若いから、このまま勉強を続ければきっと良い作品が描けるようになるよ。グラビアでお金には困ってないだろうし、いいの? ダンジョンに本当に入って」


「脚本で食べれるようになって、芸能の仕事辞めて、もっと書く時間にあてたいの! 実家に仕送りとかもしてて」


「そっか。ごめんね、余計なこと言って」


 皐月さんは美希に素直に謝罪した。大人だ。俺ならテンパって余計なことを沢山言っていただろう。パパ活って本当に体は売ってないの?とか


「ううん、気にしないで。……私長女だから、皐月ちゃんがお姉さんみたいで嬉しい」


 素直に喜ぶ美希さんを見て、皐月さんは立ち上がった。


「……決めた!! 私たち絶対ダンジョンクリアして、山田さんに認めてもらって、世界を変えるような作品作ろうね!」


「うん!!」


 美希さんも立ち上がり、拳を天についた。胸がぷるんと震えて波打っていた。


「葛城、どこ見てんの!! あんたはどうすんの!!」


 おっぱいを凝視していた俺に、皐月姉さんが叱咤した。俺もアソコと共に立ち上がり叫んだ。


「は、はい!! 頑張ります!!」


 ○

 一週間後。

 俺たちは入り口の前に集合した。

 クリエイターズダンジョンの門は巨大だが、意外とシンプルだった。まるで神社の鳥居のような姿をしている。潜ると中に入れるらしい。それが、ナイターのように照らされている。しかし、場所は以外なところにあった。

 KADOMATU本社の地下に、それが収まる広い空間があったのだ。思ったより多くの作家がこのダンジョンの恩恵を受けているのかもしれない。


「最後の確認です。本当にいいんですね。かけるのは命だけではありません。作家として、悪魔に魂を売ることになります」


 案内人をしていた山田さんが、真剣な表情で問いかけた。


「ええ。悪魔に買いきれないほどありますから。私の漫画魂は」


「私も、買って頂けるだけありがたいです! 悪魔さんに感謝ですね」


 山田さんは2人の決意を聞いて「そうですか」と、寂しそうな、でもどこか嬉しそうな、複雑な表情をした。


「俺は、やはり悩みますね。現状の作品でも時代が追いつけばいずれ通用するとは思いますし、何よりアイテムによって俺の才能が逆に薄れてしま__」


「葛城さんには聞いてないです。行ってください」


「何故?!」


 葛城 Must Die?!


「それでは、ご武運を」


 山田さんは門の前で俺たちに向かい、深々と頭を下げた。

 ご武運をって、中国の達人か! と思ったが、女子2人が雰囲気に合わせて拳を包み礼をしたので、真似しておいた。

 ついでに美希さんの横乳も覗いた。なぜか皐月さんと目が合った。バレてる。


 光に包まれ視界が戻ると、部屋の真ん中に剣が一本突き刺さっていた。勇者の剣のように台座があり、陽の光がさしているわけではない。乱雑に床に刺さっている。


「引き抜いて武器にしろってことですかね?」


「ですかね……? それより葛城さん、先週は失礼しました。物語のことになるとつい熱くなってしまって」


 皐月さんは俺の服の袖を引っ張り謝罪した。可愛い。そもそも怒ってないが、全てを許した。


「いやいや、とんでもないですよ。叱咤激励ありがとうございます、皐月姉さんって呼びたいくらいです」


「それは辞めて」


「はい」


「そういえば葛城さんっておいくつなんですか?」


 美希さんが声をかけてくれた。今日もゆるふわで可愛い。存在に敬意を払いたい。


「34です」


「え?! すみません私年下かと」


 皐月さんが今までで1番慌てた様子で答えた。俺の髪の毛を見て、あっ!と言う顔をしている。よくみると目立つ白髪にだろう。え、ハゲてないよね?


「いやいや、気にしないで下さい。高校卒業してからワナビーでして、アルバイトと執筆しかしてないから、きっと顔が幼いんですははは」


「あ……」


「ワナビーってなんですか?」


「美希ちゃん、っし」


 皐月さんが指を顔の前に当てて美希さんに見せた。美希さんは聞いちゃいけないことなのかと思ったのか、焦っていた。

 なんかごめん。ありのままの俺は罪なようだ。


「き、緊張しますね、初めてのダンジョン!」


「だ、だねー! 大丈夫、美希ちゃんは私が守るから」


「辞めてくださいよ、それ死亡フラグです」


「あれ、若いのに知ってるの?」


「脚本家でエブァ通ってなかったらダメですよ」


「勉強熱心で偉い! はは、ははは……葛城さんすみません色々と」


 なんでまたそこにループした?!

 エブァのフラグを回収してる?


「チンジくーん! ペリカンと一緒に住むのよー!」


「……」


「……」


 滑った。飲み会では受ける葛城ジョークなのに。


「あ、俺剣抜きますね」


 せめて先頭に立って戦おう。トボトボと俺は歩き出した。


「気をつけて下さいね」


「おいすおいす」


 美希さんに形だけでも心配してもらえて、つい鼻の下を伸ばして、おいすした。

 剣を引き抜くと、次の扉が現れた。

 俺が先頭、次に美希さん、しんがりに皐月さんの順で進んだ。

 中に入ると、岩場の洞窟ような空間が広がり、真ん中にポツンと宝箱が置いてあった。


「え、ゴール? モンスターなし?」


「きっとそうですよ、一階だし! 開けてみましょ!」


 美希さんがるんるんと宝箱に近づいて行く。俺はそれを呑気に見ていたが、皐月さんが何かに気がついて、飛び出し叫んだ。


「危ない!!」


 ドゴ。

 バキ。


 鈍い音と、何かが折れる音がほぼ同時にした。皐月さんが美希さんを突き飛ばした。

 それとほぼ同時に、皐月さんは緑色の筋肉質な小人に、棍棒で脇腹あたりを強打され転がっていった。


 俺はあまりの展開の早さに、何も出来ずにただ狼狽えていた。

 あの緑の小人は__所謂ゴブリンだ。


「ガウッ」 


 倒れる皐月さんに追い討ちをかけるように、棍棒を振り下ろした。


「かはっ」


 皐月さんは背中から殴打され、肺の空気を強制的に押し出される。「辞めて!」と突き飛ばそうとした美希さんは、棍棒を捨てたゴブリンに素手で殴られ、押し倒された。ワンピースを引きちぎられ、下着と大きな胸が露出する。

 ゴブリンはそれを見ると、より一層下品な顔をして、唾を垂らした。


「いやぁあああ!! 助けて葛城さん!」


 俺は無意識に小さく首を横に振った。足がすくんで動けない。手汗と震えで、剣を落としてしまった。美希さんの俺を見る目が、希望から失望に変わっていく。


 縋る思いで皐月さんに目をやったが、棍棒の一撃で地面に伏したままだった。


 目の前には、たった1匹のゴブリン。

 現実に対峙すると、こんなにも恐ろしいものだったのか。


 こんなはずじゃなかった。

 俺は、小説家になりたかったんだ。でも、俺たちはここで死ぬ。

 これはきっと、ズルして売れようとした天罰なんだ。こんなことなら、小説なんて書かなければ__

 

「新作、書きたかったな……」


 皐月さんが呟いた。一筋の涙が頬を伝っている。

 死ぬ寸前にする後悔が、それなのか。

 だからあなたはプロなのか。だとしたら俺は……


「葛城さんの話も、もっとよくなるのに……」


 皐月さんは唇を噛み締め震えている。何も出来ない俺を責めることなく、自分の命を惜しむでもなく、作品の未来を憂いている。

 俺は小説を書いていたことを悔やんでいたというのに。


 俺はいつもそうだ。野望ばっか語って、ピンチになると結局行動出来ず、言い訳ばかり。


 俺も、もっと小説が書きたい。


 美希さんは俺の小説を読んで、面白いと言ってくれた。何げない、お世辞かもしれないその一言は、この一週間俺の筆を走らせ続けた。その子がモンスターに犯されそうになっている。動けるのは、俺だけ。


 俺は落としていた剣拾い、強く強く、握り直した。

 どうせ死ぬなら、戦ってから死んでやる。


「うおおおおおおおお!!!」


 美希さんに馬乗りになり、胸を揉みしだき、性器を押し付けようとしているゴブリンに向かい駆け出した。

 性欲にのまれて、こちらを意識できていないことは明白だった。棍棒も持っていない。

 いける、今なら守れる。

 走る勢いのまま、全体重を乗せてゴブリンの背中に剣を突き刺した。

 引っ越しのアルバイトで鍛えた筋肉が役に立ったようだ。肉と臓器を裂く感触が手に伝わる。苦しむゴブリンの声と青い血が溢れ、美希さんにかかった。


「いやぁああ」


「美希さんから離れろ!!」


 ゴブリンを蹴飛ばし、その反動を利用して剣を引き抜く。あまりのグロさと生々しい感触に、気が遠くなった。


 しかし、異世界転生物の勉強で読んでいた作品のセリフを思い出す。


 モンスターは死ぬ瞬間まで襲ってくるから、必ずトドメをさせ。


「ああああ!!」


 勢いのまま、振り向いたゴブリンの首に向かって剣を横振りした。

 生首が空を巻い、鈍い音を立てて地面に転がる。

 ゴブリンの残された体から噴水のように出血するかと思い、怖がる美希さんを庇うため抱きしめた。が、ゴブリンはサラサラと塵になって消えていった。


 美希さんは安堵すると、殴られた顔を腫らして、わんわんと泣きながら抱きついてきた。

 俺は放心していた。強く握りすぎた剣を離せずにいる。

 なんとか呼吸を整えて、言葉を発した。


「もう大丈夫。ごめんね、すぐに助けられなくて」


「本当ですよ! 傷つきました!!」


 俺の胸をドンドンと叩きながら抱きついて泣く美希さんを見て、罪悪感でいっぱいになる。


「皐月ちゃん大丈夫? 皐月ちゃん?」


 美希さんが動かない皐月さんに気付き声をかけた。返事はない。しかしさっきまでひとりごちていたし、きっと大丈夫だろう。


「俺が見てくるよ。美希さんは宝箱開けておいで」


「大丈夫ですか?」


「うん。さっきまで喋ってたし」


「わかりました」


 安心したのか、笑顔を見せてくれた。少しメソメソしながら、宝箱に向かっていった。好奇心は抑えられないようだ。

 俺は皐月さんに近づき、声をかけた。


「皐月さん、おかげで決心できました。ありが……皐月さん?」


 皐月さんは、目を開けたまま、呼吸をしていなかった。

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