2話

 俺は久しぶりに髭を剃った。女子高生は拾えなかったが、気持ちは前向きだ。というより、腹を括ったと言うべきだろう。


 クリエイターズダンジョン。


 ダンジョンをクリアすると、クリエイターとしての能力が向上するアイテムが手に入り、それで異世界の文豪としてハーレム無双していく大人気作品。

 蒼い閃光作者、尼崎先生が失踪したニュースを上書きするように発刊された伝説のライトノベルだ。

 それが、実在するものをベースに作られていたなんて。普段から一切冗談を言わない山田さんじゃなければ信じられない話だ。


 俺は指定された新宿のルノエールに約束の15分前に到着し、1人でコーヒーを啜っていた。


 作品の中で女の子を脱がせるだけで「屈辱的だ! 俺の作品にお色気は必要ない!」と騒いでいた俺が、まさかアイテム頼りの卑怯者になるとは……いやしかし、売れてから考えればいいんだ。

 俺は知名度がないだけで、売れっ子になればきっとアイテムを使わずに書いた作品も評価されるはず。


 ぐふ、ぐふふ。


 妄想しながら小汚い笑みを浮かべていると、山田さんが2人の美女を連れて現れた。ダンジョン攻略を共にする仲間が来ると聞いてはいた。どんなオジさんが現れるだろうと考えていたので、俺は少し面食らってしまう。


「お早いですね。締切も守るし、葛城さんは面白く書けるようになれば言うことなしです」


「嫌味ですか」


「そんなつもりは毛頭。あ、こちら小説家になるのが夢のバイト戦士、葛城凌さん」


 俺が山田さんの事実いじりにワナワナとワナビーだけに震えていると、女性2人が口をおさえて申し訳なさそうに笑った。


「こちら、舞台脚本家でグラビアアイドルもしている桃白美希先生」


「美希です、よろしくお願いします」


 俺は立ち上がり手を伸ばした。すぐに俺のねっとりした手をとり、微笑み返してくれる。しかし、あまりの可愛さに目を逸らしてしまった。新宿の売れっ子キャバ嬢のプライベートかと思うほどだ。Outstagramでたまに流れてくる、自分とは関係のないと思っていた人種だ。

 鎖骨まで伸びた茶髪が、緩く巻かれている。愛嬌のあるタヌキ顔だ。そして、何と言っても目算Gカップはあるであろう胸元が、ワンピースから溢れている。20代前半であろう、張りのある肌が眩しい。


「葛城凌です、宜しく」


「葛城さん、どこに挨拶してるんですか」


 山田さんのツッコミで気づいたが、俺の目線はガッチリ胸元にホールドされていた。


「あ、や、すみません、つい」


「その感じを作品のキャラに落としてくれたらいいんですけどね」


「嫌ですよ、自分を投影するなんて、恥ずかしい。変態のおっさんは俺の作品にいりません」


「……はあ」


 そういうところやで。と顔に書いてある。すみません。


「こちら漫画家の皐月先生」


「え! 月光と踊る、の作者の?」


「ご存じなんですね。嬉しいです」


「勿論です、来春にファイナルシーズンのアニメ化も決まってる人気作品じゃないですか! お会いできて光栄です」


「ありがとうございます」


 俺は手を握りブンブンと振った。

 皐月先生は屈託のない笑顔を素人である俺に向けてくれている。謙虚な人だ。俺がプロだったらワナビーなんか、鼻をかみ終わったティッシュのように扱うだろう。


 皐月先生は黒髪のボブに、薄メイクでも充分に主張する、特徴的な猫目をしている。痩せ型で、ジーンズにシャツというシンプルな服装。それが逆に飾らない美しさを引き立てていた。

 その上色白で、どこか大人の色気があった。たしか公表年齢だと26歳だ。


 一通り挨拶がすむと、山田さんに促され全員着席した。

 ダンジョンのルール説明だ。要約すると、こういうことのようだ。


・3人1組で入らないといけない

 ・中で死亡した場合実際に死んでしまうが、生きて外に出れば、入る前の状態に戻る

 ・難易度が高い方がいいアイテムが手に入る。

 ・クリアした階層より低い階層には入れない

 ・最も戦闘に貢献した人にアイテムの使用権がある

 ・武器は持ち込めない

 ・ダンジョンにおける基礎ルール以外の知識を、アニメ以外でつけてはいけない


 うん。アニメで見たクリエイターズダンジョンと同じ内容だ。違いがあるとしたら「アニメ以外でダンジョンの知識を身につけてはいけない」くらいだ。

 つまり、先人の知恵は借りられないということ。

 あまり驚くことはなかったが、本当に命懸けということか。正直実感が湧かないな。


「では、俺は打ち合わせがあるので失礼致します。皆さんは親睦を深めて下さい」


「ありがとうございました」


 やけに丁寧に皐月先生が、ヒラ編集の山田さんを見送っていたのが印象的だった。

 しばらく談笑が進むと、皐月先生が美希先生に声をかけた。


「美希先生、何か気になることでも?」


「あ、いえ……」


「勘違いならいいんですけど。なんでも聞いてくださいね」


 皐月先生の作品は、人間描写が素晴らしいと評判だ。つまり、本人も人間を観察する力が鋭いと言うことだ。


「流石、お見通しですね。失礼でしたらすみません、あの……」


「嫌なことなら答えません、どうぞ」


 きっと何を言われても、嫌な顔はしないだろうな。そんな安心感を与える表情と声色だった。


「皐月先生はすでに売れっ子なのに、なんでこんな危険なダンジョンに入るんですか?」


「もっと面白い話を書きたいからです。そのためなら何でもする」


 まっすぐな瞳で言い放ち、ニカッと笑った。芯のある力強い言葉に、美希先生は「かっこいい! 素敵です」と関心している。

 売れてもないのにブツクサ言っていた自分が恥ずかしい。


「あ、それと皐月先生は辞めてください! ダンジョンに一緒に入るわけですし、皐月ちゃんで、大丈夫です」


「いいんですか? じゃあ私も美希ちゃんで!」


「美希ちゃん」


「皐月ちゃん」


 2人は見つめ合って微笑んでいる。百合の花が芽吹こうとしている。百合の間に挟まる男、つまり俺は死んだ方がいいのでは?


「葛城さんは、どうしてダンジョンに?」


 美希さんが死のうとしている俺に話を振ってくれた。さっきから会話に参加出来てなかったからだろう。可愛いし胸も大きいのに気もきくなんて。


「ゴミのようにつまらない話しか書けないからです」


 皐月さんが飲んでいたコーヒーを軽く吹き出した。


「ごほっごほっ、いや葛城さん、それは嘘ですよ」


「本当です、今日見た夢の話をした方がまだウケます。200作品新人賞に応募して、最高が1次通過なんです」


「でも山田さんが担当なんですよね?」


 皐月さんがズイと体を乗り出した。顔が近づき、逆に俺は少し背もたれに重心を預けた。


「はい。長編100作品が無評価で終わってるのに、懲りずに書いているところを評価されて。お情けでXにdmがきたんです」


 俺は自分で話していて恥ずかしくなり、俯いてしまった。「はは」と乾いた笑いで誤魔化そうとした時、皐月さんが俺の手を取った。


「葛城さん。山田さんは才能を認めた人の担当にしか決してなりません。ましてや新人賞も取っていないのにSNSからスカウトなんて、おそらく葛城さんが初です。自信を持ってください」


 山田さん、そんな有名な編集者だったのか。なんの作品を他に担当してるか教えてくれないんだよな。


「私、葛城さんのお話読んでみたいです。原稿ありますか?」


 美希さんは話を合わせたわけではなく、本当に気になっているという態度で言った。


 あれ、もしかして。山田さんが厳しいだけでやっぱり俺って面白いのか?!


「原稿あります! 美希さんの脚本も是非拝読したいです。俺のはサイトに投稿してるんですが、URLがこれで」


「ならこの機会に連絡先交換しちゃいましょ〜! ライングループ作りますね」


 美希さんが身を乗り出して言った。


「あっあっ」


 トントン拍子で美女2人の連絡先が手に入り、変な声を出してしまう。


「あれ、嫌でした? すみません私勝手に話すすめて」


「いやいやいやいやいやいや!! 知りたいです、お二人の連絡先!!」


「あ、はい。ならよかった」


 若干美希さんにキモがられている!!

 なのにその目を喜んでしまっている自分がいる!!

 もっと蔑んでほしい!!


 皐月さんはそんな俺たちの会話を人間観察しているようだ。流石プロ、人の感情の動きに連動する表情の変化や動作を見ているんだろう。俺も人間観察(主に胸)が趣味だからよくわかる。アマチュアだけど。


 俺はグループラインに自分が1番面白いと思っている話を一つ選び貼った。

 美希さんの脚本も貼ってもらったので、俺はそれを読んだ。


「すごい、すごいです、この作品!」


 10分ほど読むと、皐月さんは目を光らせて、こちらを見つめて声を荒げてきた。

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