人間花丸
君のためなら生きられる。
夢は夢のまま
1話
今まで見た悪夢を同時に味わっている気分だ。心臓の音が頭の天辺まで突き刺さっては響き、コメカミのあたりがジクジクと痛む。
噴き出る冷や汗で、握っていた剣が滑り落ちてしまった。その剣を拾わねばと手を伸ばすも、どうしても取ることが出来ない。
命をかけて戦う覚悟なんて、まるで出来ていなかったからだ。
グラビアアイドル兼脚本家の美希さんが、ゴブリンにワンピースをビリビリに破かれ、叫んだ。
「いやぁあああ!! 助けて葛城さん!」
俺は無意識に小さく首を横に振っていた。足がすくんで動けない。
美希さんが俺に伸ばした手は脱力し、地面に落ちた。抵抗を諦めた美希さんの目が、俺をさらに絶望に突き落とす。
縋る思いで漫画家の皐月さんに目をやった。しかし、先程くらった棍棒のダメージで地面に伏して苦しんでいる。とてもじゃないが戦える状態ではない。
目の前には、たった1匹のゴブリン。
現実に対峙すると、こんなにも恐ろしいものだったのか。
それに、虫にすらビビっている俺に、人型モンスターの討伐は荷が重すぎる。
こんなはずじゃなかった。
俺は、小説家になりたかったんだ。でも、俺たちはここで死ぬ。
きっと、ズルして売れようとした天罰だろう。こんなことなら、小説なんて書かなければ__
「新作、書きたかったな……」
皐月さんが地面に伏したまま呟いた。一筋の涙が頬を伝っている。
死ぬ寸前にする後悔が、それなのか。
だからあなたはプロなのか。だとしたら俺は……
⚪︎
「だぁああ!! クソ、またか!!」
俺は記念すべき200作品目を、性懲りも無く小説コンテストに応募していた。その落選を知らせるメールを見て、200回目の雄叫びを上げていた。
身長は182cmあるが、肉体労働のバイトくらいでしか役に立ったことはない。
髪は半端に長く前髪は目にかかり、よくみると結構な量の白髪が混じっている。イケオジには程遠いダメオジ。それが俺だ。
「……山田さんに連絡するか」
発表サイトを更新している間に伸びてしまったカップ麺に手を伸ばし、つぶやいた。
俺には担当がついている。と言っても、プロ作家として、ではない。むしろお情けだ。
10万文字以上の長文小説を100本投稿した時に、Xを通してdmがあった。
大手出版社の編集者からだった。内容はこうだ。
「葛城様 はじめまして。KADOMATU編集の山田と申します。失礼を承知で申し上げます。10万字を超える長編100作品を、ほぼ評価なしで全て完結出来る作家を初めて見ました。葛城さんの執筆モチベーションの高さは間違いなく才能です。良ければ添削させて下さい」
ふ。
俺はDMの内容を見る前にアカウント名だけで舞い上がって、両親にプロになれると報告したり、自分へのお祝いとしてケーキを買っていたことを恥じた。
最初は断ろうと思ったが、プロになった後にも、編集とのやり取りはするものだ。ありがたく受け入れた。
会ってみると、驚いた。編集はギラギラとしていて、オーラのある人だと勝手に思っていたからだ。
ワイシャツにグレーのネクタイ。ネクタイと同じ色の短めな白髪頭。特筆することのない、40代の普通のサラリーマンだった。本当にこの人に作品の添削なんて出来るのか?と思うほどだ。
が、実際に打ち合わせが始まると、出るわ出るわ、ダメ出しの嵐。
いつしか俺は意固地になっていた。今のままでも充分面白い話を書いているんだと、証明するために書くようになっていった。
このままじゃダメだと思えたのは、180作品目の落選の後だ。山田さんは言うことを聞かない俺のことを見捨てずにいてくれていた。
「話は面白いんですけどね。面白さを説明できてないというか。そもそも男性向けweb投稿サイトなので、女の子のちょっとエッチなシーン増やせません? まずは実績をつけることも大切ですよ」
シンプルな指示だ。俺のことを本物の馬鹿だと思ってる。もうどうにでもなれと思い、できる限り編集指示に従ったところ、今まで難攻不落だった1次審査に通った。ついにアニメ化か!と舞い上がったが、やはり落選。
投稿サイトの評価は少し上がり、人目につくようにはなった。
だけどその分、アンチコメントも増えた。
「女の子が可愛くない」
「エロ書けばいいと思ってるのが透けて見える」
「話が意味不明。時系列飛びすぎ」
「誰が主人公なの?」
などと、山田さんが書いてるのかと思うほど、同じことを指摘してきた。
うるさい!
うるさいうるさいうるさい!!
俺が本当に書きたいのは、心が熱くなるような、誰かの人生が変わるような、そんな作品なんだ。
俺は憧れの先生方の作品に、大げさでなく何度も人生を救われてきた。
特に失踪したと言われている「蒼い閃光」の作者、尼崎先生には、憧れ以上の敬愛を抱いている。いつかプロになれたら、自分の本の帯で感謝を伝えたい。ご存命なら、本屋で気付くはずだ。
それにしても、自分では毎回作品の出来に感激し、読み返して、たまに涙を流すほどの名作なのに、なぜ世間に理解されないのだろう。
○
「俺の作品がわからないやつはね、バカなんですよ!」
「葛城さん、飲み過ぎですよ」
200作品目の落選記念に山田さんが打ち上げに連れてきてくれた。にも関わらず俺は泥酔し、愚痴をこぼしていた。
「なんでだぁ……女の子のエッチなシーンも足したのに」
「突然謎の痴女が現れてパンツを見せますからね。あまりにも脈絡がない」
「そりゃそうですよ! 元々書いてる話の上から無理やり足してるんですから!」
「ダメですよ。せめてヒロインの服が戦闘で破けるとかにしないと。理由がない露出は読者をバカにしてるのと一緒です」
「なら男主人公の服も破けてパンツとか乳首とかチンコが見えなきゃおかしいでしょ!!」
俺は、ダン! と音を立ててハイボールを机に置いた。
「フィクションなんだからいいんですよ、そこは。こだわる所を間違えてます。あと声が大きいです、飲食店ですよ」
山田さんはタバコの灰を落とした。すでに一箱近く吸っているようだ。
「……俺の小説退屈ですよね」
「ええ」
分かってはいたが、否定して欲しかった。そんな即答しなくてもいいじゃないか。俺は不貞腐れ俯いた。
「じゃあなんで、あの時連絡くれたんですか」
「可能性と才能を感じたからです」
「独りよがりな作品を無限に生み出す才能のことですか?」
「それもありますね。大した才能です。ですけど、葛城さんの作品は、ちゃんと読めるようになれば、面白いと思ったからです。それこそ、人類全体の精神性が進歩する、傑作が産まれる可能性があるかもしれない」
「え?」
俺は顔を見上げて山田さんと目を合わせる。しかし、彼は期待していた表情とは違い、細い目をして悲しげに、こちらはまるで見ていなかった。そして思い出を独りごつように、言葉を続けた。
「物語の確信や、人間の本質に触れてます。それも、とてつもない深度で。でも商業的に死ぬほどつまらない。流石にもう無理かも知れませんね。何作品も添削に付き合いましたけど、ここが俺の限界なのかもしれません」
「待って下さい!! 俺まだ書けます、もっと言うこと聞きますから」
山田さんの優しさに、いつしか甘えるようになっていた。この人がいなければ、きっと俺は商業作家にはなれない。自己満で自分のための小説を書き続ける男になってしまう。自分でもわかっていた。
「言うことを聞く、じゃダメなんです。どうしてそれが必要なのか、考えたことがありますか?」
「みんなが好きだったり、流行りだったりするから?」
「それが何故かを考えて、自分も好きになって、作品に投影しないといけません。葛城さんは取ってつけただけです。何度もお伝えしてますけどね」
山田さんは、何も応えずにまた俯いてしまった俺に「はあ……」と大きなため息をついた。
タバコの箱を叩く音がした。もうタバコはきれたはずだ。やはり山田さんは立ち上がってしまった。
俺は座ったまま見上げると、今度は目が合った。山田さんは見たことのない愛想笑いをしていた。
「じゃあ、とりあえず今日はお開きで。ここは俺が出しますんで」
アルバイト生活の俺を励まして、奢ってくれて、いつも本気で知識をわけてくれていた。それも無償で。なのに俺はただ恥を晒していただけだ。
きっともう、山田さんは俺の小説を読んでくれない。そんな予感がした。
「待って!! 待って下さい、何でもします!! 絶対売れて見せますから!! くそ、どうしてなんだ……俺は蒼い閃光みたいな作品を書きたいのに」
気付くと俺は、惨めったらしく山田さんの足に縋り付いていた。涙と鼻水をパンツスーツに擦り付ける俺に、山田さんはしゃがみ目線を合わせた。
そして、さっきとは違う決心した表情をして、俺の肩に手を当てた。
「今、なんでも、って言いました?」
最後のチャンスだ。そう思った。
「は、はい! なんでもやります」
「……クリエイターズダンジョン、ご存じです?」
「20年前にアニメ化、ドラマ化だけじゃ収まらず、ハリウッド映画化された世界大ヒット作品の? 勿論知ってます」
「あれ、実在します」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
お初にお目にかかります、君のためなら生きられる。と申します。
第一話の読了、誠にありがとうございます!
かなり出遅れ組になってしまいますが、カクヨムコン9に応募させて頂きました。
こちらの作品、10万5000文字で既に書き終え完結しておりますので、よろしければ最後までお付き合い頂けると幸いです。
また、星やコメントで応援頂けると、大変励みになります。
人間花丸、何卒宜しくお願いいたします!
以上、君のためなら生きられる。 でした!
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