第35話

「このリボン、同じ刺繍で桃色と金色の物があるんだね。ルクレシアとアンジェラ嬢でおそろいにして、互いの髪の色のリボンを付けたらすごくかわいいんじゃないかな」

「わあ、それ、すっごいステキです……! 買います!!」

「はは、ここは僕に出させてよ。半分は妹へのおみやげなんだし」

「あ、ありがとうございます……」 


「本当にありがとうございます。プレゼントしていただいた上に、セットまでしていただいちゃって。……お義兄様、髪をまとめるのお上手ですね」

「どういたしまして。僕自身この長さだし、昔からよくルクレシアと互いの髪を弄り合ってきたから、慣れてはいるかな。あの子の方が僕より器用だけどね」

「わかります! この前、髪結いの人がぜんっぜん捕まらないままとある舞踏会に招かれたんです。でも、ルクレシアお姉様がシュパパパパーって会場の誰よりもステキな髪形に仕上げてくださって……。私の髪ってふわんふわんしていて扱いづらいのに、しかもどこも痛くないし全然崩れないし、本当にすごいなって!」

「聖女である君に嫉妬して、くだらない嫌がらせをした人でもいたのかな。困ったね。なんとかなったなら良かったけど。そう、あの子はとても器用なんだよ。とても、女子力が高い……。うん……」

「?」


「お義兄様って、すごくエスコート慣れしてらっしゃいますよね……。なんていうか、女性慣れしている? 女性の気持ちがよくわかる? 男の人ってこういうところ気が利かないよなーっていうのが少しもないです」

「そ、れは……、褒めてくれているのかな? ありがとう。僕はずっとルクレシアといっしょに育ってきたから、そのおかげかな」


「あ、これキレイ! ルクレシアお姉様に似合いそうです!」

「本当だ。……ただこれ、逆に似合い過ぎて変な色気と迫力が出ない? いかにも悪役令嬢って感じの」

「……確かに。やめておきましょうか。国が更に傾きそうです」


「ん、この梨のタルトおいしいね。ルクレシアも好きだよきっと」

「本当ですか? ルクレシアお姉様って、甘い物はさほどご興味がないのだと思ってました」

「あの子、クリーム系が苦手なんだよね。ウッてなっちゃうんだってさ。逆に、こういうフルーツが主役みたいなのはだいたい好きだよ」

「なるほど良い事を聞きました。今度、このお店に誘ってみます……!」


 色んな店を冷やかして、お昼を食べて、またお買い物。

 少し日が傾いて来た頃に予約していた人気のカフェに立ち寄り甘い物を食べて、さてそろそろ帰ろうか、あるいは急げばあと一店舗くらいなら寄れなくもないかな、というところ。


「……あの、お義兄様、お話したいことが、あるんですけど」


 カフェの個室、二人きり、お茶もお菓子も一通りサーブされ、しばらく店員さんも来ないだろうという頃。

 アンジェラちゃんは、すごく真剣な表情と声音で、そう切り出してきた。


 えっ。

 本当にめちゃくちゃ真剣なんだけど、告白かなんかされそうな雰囲気じゃないこれ……?

 今日一日多少アンジェラちゃんを口説いた自覚はあるけど、そこまで行ってしまうとさすがにまずいような……。


「今日は、すごく楽しかったです。ありがとうございました」


「あ、ああ、うん。僕もとても楽しかったよ。こちらこそ、ありがとう」


 私の覚悟が完了しないうちにアンジェラちゃんの話が始まってしまい、なんだかぎこちない返しになってしまった。

 私の動揺に気づいているのかいないのか、アンジェラちゃんは真剣な表情のまま、血の気が引いているのか真っ白な両手をぎゅうと固く机の上で組んで、ぽつぽつと告げる。


「ルクレシアお姉様にそっくりだというお義兄様なら愛せるのではないかと、思っておりました。今日は本当に楽しくて、このままあなたを好きになれるかも……という予感がしました」


 過去形、だ。

 私がそれに密かに安堵の息を漏らしていると、アンジェラちゃんは一度深呼吸をしてから言葉を続ける。


「……でも、ダメでした。お義兄様はステキな方だと思うんです。女の子扱いされて、正直ときめきました。でも、でもこの胸の高鳴り全て、あなたがルクレシアお姉様と重なって、あの方とこうして過ごせたらと考えたら、なんです……」


 ボロボロと、ギョッとするような勢いで、アンジェラちゃんの空色の瞳から涙があふれだした。


「ど、どうしましょう。私、聖女なのに。聖守護騎士候補ではない方を望むなんて、女神様のご意思に反することなのに……! なのに、なのにどうしても、私はあの方に、ルクレシアお姉様に惹かれてしまうのです……!」


 わあっ、とアンジェラちゃんは涙と激情を吐き出した。

 両手で顔を覆い、震えながら、彼女は懺悔をするかのように言う。


「お義兄様がどれほどルクレシアお姉様の事を大切にしているか、知っているつもりでおりました。けれど、少しもわかっていなかった。あの方のいない一日を過ごしたからこそ、どれほどあなたがあの方を思っているかがわかったのです……」


 内心とっても焦りつつなんとかアンジェラちゃんに差し出したハンカチ。

 小さな声で「ありがとうございます」と言いながらそれを受け取ってくれたアンジェラちゃんは、それで顔を押さえながら続ける。


「そして同時に、そんな大切な方に、皆に愛されるあの心優しく美しい方に、『女神様の意志に逆らって、どうか私と生きてくれ』と望む自分のあまりの身勝手さと、おぞましい程の己の性根の醜さに、気づかされたのです」


 そこで言葉を切って、涙を拭って、背筋を伸ばして、しっかりと私と目線を合わせてから、アンジェラちゃんはゆっくりと頭を下げる。


「本当に、申し訳ありません。私のこの想いは、誰もしあわせにならないとわかっているのに、むしろ不幸を呼ぶとわかりきっているのに、どうしても、どうしても捨てることができないのです……!」


 懺悔をするかのように、というか、これはアンジェラちゃんにとって懺悔なのだろう。

 告白じゃなかった。懺悔だった。

 私が妹(兄)をいかに大切にしているかを今日一日で知ったので、そんな大切な妹(兄)に邪な思いを抱いてしまって申し訳ないという話を彼女はしているのだ。

 そしてもしあの子がアンジェラちゃんの気持ちを受け入れれば、大変な苦労をさせてしまうと。それも謝罪したいのだろう。


 本当はそんなことないのに。罪悪感がヤバイ……。


 そう、そうだよね。

 私がルクレシアスを名乗って兄にルクレシアを名乗らせるということは、こうして人の心を弄ぶことになるんだよね。


 違うんだよアンジェラちゃん。

 女神様は、君が愛するうちの兄をあなたのパートナーにおススメだって言ってくれているんだよ。二人の関係を応援して祝福してくれているんだよ。

 兄はあなたの聖守護騎士候補になったのだから。

 だというのに、私のせいでアンジェラちゃんが兄への愛を女神様の意志に反した悪い物だと思うことになってしまっている。


 罪悪感が、ヤバイ!!


 というか、ここまで傷ついても捨てきれない程うちの兄を想ってくれている事にちょっと感激してしまうな。感激している場合じゃないんだけど。


「その、アンジェラ嬢、一つ確認させて欲しいのだけれど、ルクレシアが女だからこそ愛している、というわけではないんだね?」


「性別など、どうでもいいのです。私は異性愛者のつもりで生きてきましたし、同性に胸をときめかせたのなんてルクレシアお姉様が初めてのこと。あの方がもし男性であれば、むしろ私はあの方をもっと深く愛するでしょうね」


 私が念のため確認をすると、アンジェラちゃんは淡々と答えてくれた。

 彼女はそこで、フッと疲れたような笑みを浮かべる。


「だから、お義兄様であればもしかしたら、と思ったのですが……。ダメでしたね。同性同士、苦労も苦難も多数あるのでしょう。でも、私はどうしてもあの方でなければ嫌なのです」


「ルクレシアが本当はどんな人間でも、君の気持ちは変わらないんだね? もし何か秘密を抱えてたりしても、幻滅したりしない?」


 再度の確認にも、アンジェラちゃんは静かに首を振る。


「するわけがありません。魂が求めるのです。あの方があの方でさえあれば、私はどこまでもあの方を愛し抜きます。それで聖女たる資格を失うのだとしても、どんな天罰が下ろうと、私はもう、どうしたってルクレシアお姉様のことしか愛せません」


 アンジェラちゃんはすっかり落ち着いた声音で、はっきりときっぱりとそう断言した。


 うん、懺悔と同時に、告白でもあったな。

 アンジェラちゃんから兄への、熱烈な愛の告白だ。


 こうも本気で兄を想ってくれている子に嘘を吐き続けるというのは、さすがに良くないだろう。

 というか、嘘を吐き続けていると、この嘘のせいでアンジェラちゃんが絶望して闇落ちしてしまいかねない。

 兄がいないこの場で事情を明かすわけにはいかないが……。


「アンジェラ嬢の気持ちは、よくわかったよ。そこまであの子の事を愛してくれて、ありがとう。僕は二人を応援するよ」


 とりあえずそう返すと、非難ないし説得を覚悟していたらしいアンジェラちゃんは「……え?」とだけ漏らしてぽかーんとしている。


「しかし、……僕は君にフラレちゃったんだね。残念」


 私はふふっと笑って、おどけて見せた。

 アンジェラちゃんも肩の力が抜けた様子で、柔らかく微笑んでくれる。


「ルクレシアお姉様がいらっしゃらなければ、きっと私はあなたを聖守護騎士に選んでいましたよ。お義兄様は、とってもステキな方ですもの。……まあ、他の候補が揃いも揃ってなんか残念っていうのが大きいですけど」


 ケッと、どこかやさぐれた感じに、アンジェラちゃんは締めくくった。


 ごめんなさい。

 攻略対象者五人が全員揃いも揃って残念になった原因、完全にうちの傾国の悪役令嬢(男)だと思います。そしてそれは、ほぼ全面的に私の責任なんです。


 本当に、この子には謝罪しなければいけないことがとても多い。

 兄と話してからになるが、一刻も早く事情を明かして真摯に謝罪せねば……!!

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