第31話
だいたいのことを語り合って、終盤。
途中からギディオンも交ざって、四日前の長兄との顛末を兄に聞かせた。
「……そして、これが一番目のお兄様が使っていた杖、ですか」
「そうそう。賢者のリンランディアに見てもらいつつ聖女のアンジェラちゃんに浄化してもらおうと思って、持ってきたんだ。あ、ルクレシアは触らない方が良いよ」
杖に向かってそっとのばされた兄の手を掴み、私は止めた。
「……ギディオンさんは、ずっと力強く握っておられるのに……?」
杖、それを持つギディオン、杖、と視線をうろうろさせながら首を傾げた兄に、ギディオンは肩をすくめながら説明していく。
「俺はそれほど魔力が多くはないからな。逆に安全なんだとよ。ルクレシアスみたいに魔力多いやつが握ると、魔力を吸われるらしい」
「そう。で、その魔力を利用されて何かの魔法をかけられるらしくて、思考がなんかボヤけるんだよね。僕はボヤけるくらいで済むけど、長兄の様子を見るに、なにやら洗脳? 悪い方向に思考を誘導? したりするみたいで……」
そこまで私が続けると、兄は顔色を悪くして、ギディオン及び彼が持つ杖からパッと距離を取った。
そのまますすすと私の隣に並び、私の腕に隠れるようにきゅっと抱き着きながら、震える声で言う。
「こわいですわ、お兄様……」
「ルクレシアお姉様! いったい何のお話を? ……うわ、なんですその、気持ち悪いの」
そこになぜか若干顔色を悪くしたアンジェラちゃんがシュバっと割り込んできて、ギディオンが持つ杖を視界に収めるや否や思い切り眉をしかめた。
続いてやって来た聖女様御一行の男性陣のうち、リンランディアがひょいと前に出てきて、好奇心からか目をキラキラさせながらギディオンの手もとを覗き込む。
「うわうわうわ。これ、悪魔いますね。一度消された……、いや、消されそうになったところをこの珠に逃げ込んだ悪魔を復活させるための道具、なのでしょう」
「やっぱりそうなんだ。王都の神官さんに見てもらったら、同じような事を言われたよ。とりあえずは魔力の豊富な人に持たせなければ安全、とも言われたのだけど……」
「自分もそう思います。その悪魔からは、まだ、復活には到底足りない力しか感じません。それなりの魔法使いが、あるいは魔法使いとしての力が足りない者が強い意志で命を削ってまでこの杖を用いて幾度かの殺戮を行えば、取り返しがつかなくなるでしょうが」
リンランディア、私、神官フローランが続けた説明に、他のみんなから、「ほほー」と関心したような声が漏れた。
「今ならまだ、アンジェラさんの魔力を吸わせちゃえば浄化消滅すると思いますよ。やってみてください」
リンランディアが軽い口調で提案すると、アンジェラちゃんは嫌そうな顔で少し後ずさる。
「ええー。大丈夫なのそれ」
「大丈夫ですって。聖女の魔力なんて悪魔にとっては猛毒みたいなものですから。万が一ソレがあなたの魔力から逃れようと外に出てきたら、僕らで倒しますし。どーんとやっちゃってください」
「……まあ、これだけのメンバーが揃っていて、負ける相手ってのはちょっと思いつかないわね。やってみましょうか」
どこまでも軽くリンランディアが応えると、アンジェラちゃんはちらちらと周囲を見渡してから、仕方なさそうに頷いた。
気合を入れるように腕まくりをする聖女アンジェラちゃんに、バッファーである兄が、私の腕からちらっと顔を出して、おずおずと声をかける。
「なら、私から聖女様に祝福を……」
「アンジェラ。アンジェラです。何度も言ってますが、以前のようにアンジェラとお呼びくださいお姉様」
アンジェラちゃんは、兄の言葉に食い気味でそう主張した。
へにゃり、と困ったように眉を下げて、兄は申し訳なさそうに反論する。
「聖女様、こちらも幾度も申し上げておりますが、尊き身分となられたあなたを公の場でそのように呼ぶわけには参りません。あなたが侍女である私に敬語を使うのだって、おかしなことです」
「そりゃ、私だって公の場ではちゃんとするつもりですけど……。ここって、公の場なのですか? ねえジェレミー、ここは単にジェレミーの家の庭先でしょ?」
後半はジェレミーを振り返りながら、アンジェラちゃんは尋ねた。
王太子であり普段はこの王城に住んでもいるジェレミーは、少し考えるような仕草をしつつも頷く。
「まあ……、そうだね。城は公的な役割を担う部分も多いけど、ここは僕の家族のプライベート区画だから。謁見の間や舞踏会会場ではないのだから、公の場ではないと思うよ、アンジェラ」
「王太子主催の茶会っちゃ茶会だけど、参加者身内しかいないもんな。アンジェラの言い分に分があるだろ。警備や給仕の人員はいるけど、ここであった事を外部に漏らす程教育が行き届いてないわけがないしなぁ!」
「すごい嫌な言い方をするねハリーファ。まあ、事実だけどさ」
途中外国の要人であるハリーファに混ぜ返されながらも、ジェレミーはそう認めた。
いや、それは別に良いんだけど。
兄の微笑みは崩れないが、みしりと私の腕に籠る力が強まったことで、兄の機嫌が悪くなっているのがわかる。
ジェレミーとハリーファがアンジェラちゃんの肩を持った、かつ、アンジェラちゃんを呼び捨てにしていることに嫉妬しているのだろうなぁ。
「そういうわけです、お姉様。私の事は、アンジェラとお呼びくださいな。言葉遣いも、以前のように。……お姉様に距離をとられているようで、寂しいのです。どうか、あなたを慕う子爵令嬢のアンジェラとして、扱ってくださいませ」
アンジェラちゃんに愛らしく懇願された兄は、仕方なさそうにため息を吐くと、私の腕から手を離し、アンジェラちゃんの元へと向かう。
「かわいいあなたにそうまで言われたら、仕方ないわね。さ、アンジェラ、私が祝福でサポートするから、聖女様の力を存分に発揮してちょうだい」
「はい! 了解ですお姉様!」
私ですら見惚れてしまいそうな程の美しい微笑みと、優しく頭まで撫でながらの兄からの激励に、アンジェラちゃんはまだなんの魔法を使われたわけでもないのに、実に元気いっぱい、力強くそう返した。
張り切っているなぁ……。
くるりとギディオンの持つ杖に向き直ったアンジェラちゃんの背に、兄から(無駄にキラキラ綺麗なエフェクトのかかった)
「ああ、体が軽いです! お姉様の助けがあれば、私、なんだってできます!」
そう宣言するなりアンジェラちゃんは、しっかりと杖を握りこんだ。
あまりのまばゆさにか、ギディオンが杖から離れ少し後ずさったのとほぼ同時に、清らかな光が、杖を包み込んでいく。
アンジェラちゃんの聖女としての力が、杖に込められていっているのだろう。
その証拠に、徐々に禍々しかった珠から色が抜け落ち、無色透明に近い状態になっていった。
瞬間、ハッとフローランが空を見上げた。
慌てた様子で地面に膝をつき地にひれ伏そうとする彼に何事かと戸惑っていると、ちょうどフローランの視線の先、遥か遥か天上から、【声】が響いてくる。
つい先日、兄が聖守護騎士候補と認められた時に聞いたのと同じ、女性だと言われればそんな気もするし男性だと言われれば否定はできない、そんなふしぎな声、女神様の声が。
『悪しきものよ、お前たちが生きるべきお前たちの世へと去れ』
端的な宣告と同時、パキィンと、意外なほどあっさりと珠は砕け散った。
杖自体もボロ……、と崩れ落ちていく。
「えっ、うわ、どうしよどうしよ」
杖を握っていたアンジェラちゃんが、戸惑いの声を発した。
ふわり、兄の方から風が吹く。
風の精霊が珠の欠片ともはや灰のような状態の杖の残骸を集めてくれているようで、ひゅる、しゅる、と踊る風によって、散りそうだった残骸がまとまっていく。
「ああ、はい。では、こちらに」
精霊と会話でもしているのか、リンランディアがわけのわかるようなわからないようなことを言いながら、革袋を差し出した。
そこにしゅるしゅると珠だった物の欠片と杖だった物の塵が収められていくのを、なんとなく息を呑んで見守る。
全てが収まったところで、リンランディアがキュッとその口を結んだ。
「……これを調べても、大して面白くなさそうですね。すっかり浄化されています。念のため、神殿辺りでしばらく様子を見てもらいましょうか」
「承知しました。聖女様と女神様の御業に間違いなどあるはずがありませんが、これほど美しい庭園にゴミを放置していくわけにもいきませんしね。預かります」
チラ、と手元の革袋を眺めてからリンランディアがそう決めると、フローランが彼に歩み寄ってそれを丁寧に受け取った。
やっぱり女神様の干渉があったんだな、さっき。ということは、杖に封じられていた悪魔が、女神様が自ら出てくるほどの大物だったのだろう。
何事もなく終わって良かった。
「ちょっと疲れてしまいましたね。ささ、お姉様、お義兄様、お茶にいたしましょう!」
一番緊張する役回りだったのだろうアンジェラちゃんが、空気を切り替えるようにそう告げて、私たちは一仕事終えた彼女をねぎらうためにも、お茶会を始めるのだった。
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