第32話

 アンジェラちゃんの仕切りで、お茶会がスタート、の、前に。

 ちょっと席順で揉めた。


 お茶会の参加者はギディオン、私、兄、アンジェラちゃん、ハリーファ、ジェレミー、リンランディア、モトキヨ、フローランの九人。

 用意されていたのは長机。モトキヨが『私はハリーファ様の護衛なので』と頑なに固辞し席を一つ減らしてもらったため、机の長辺に三人ずつと、お誕生日席×二で八人掛け。


 ギディオンも立っていようとしたが誕生日席のうち一つに押し込め、私がその左手側角に座ったところ、私の更に左隣に兄が来たため、残る兄の隣の席は一つ。

 対面の三人側であればまだ良いだろうが、残るもう一つのお誕生日席では、そこそこ距離がある上に兄の麗しい顔をよく拝むこともできない。


 誰が、どこに座るか。


 聖女様御一行はバッチバチに睨み合い、口喧嘩をし、殴り合いが始まりそう……になったところで、アンジェラちゃんがビシリと止めた。

 恨みっこなしのくじ引きで決めようじゃないかと。


 その結果、兄の隣の席を勝ち取ったのはアンジェラちゃん(両の握りこぶしを高々と天に突き上げ、実に雄々しく力強い勝者のポーズを決めていた)。

 私の対面にリンランディア、兄の対面にハリーファその後ろにモトキヨ、アンジェラちゃんの対面にフローラン、残るお誕生日席に不満さを隠そうともしない主催の王太子殿下ジェレミー。

 そういう並びで決定した。


 お茶会が始まってしばらくは、ゆるい身内だけの会だし場に九人もいるので全体で一つの事を話し合うというより近くの人と思い思いに雑談をするような状況だったのだが。


「ところでお義兄様、お義兄様がルクレシアお姉様の結婚相手に望む条件というのは、どのようなものでしょうか?」


 ふいに兄の向こうからアンジェラちゃんがそろりとそんな質問を投げかけてきて、ピタリ、と場を静寂が支配した。

 さっきまでギディオンを何やら質問攻めにしていたリンランディアも、フローランがジェレミーを宥めていた(が、フローランは席を譲るとは決して言わなかった)ペアも、それまでの会話なんてピタリと止めて、私の返答を待っているらしい。


「ルクレシアの結婚相手に望む条件、ねえ……」


 みんなのあまりの真剣さに、私はそうとだけ呟くと、しばし考え込んでしまう。


 ルクレシアの結婚相手の条件。

 それは、紅薔薇の姫君である兄ルクスの結婚相手に望む事を話せば良いのか、ルクレシア・カーライル=私の結婚相手に求める事を明かせば良いのか。

 まずそこもわからない。


「侯爵家当主としては、できるだけ相手の身分が高い方が良いよな?」


 ニヤリと自信に満ち溢れた笑顔で尋ねてきたのは、神聖帝国の次期皇帝であるハリーファ。聖守護騎士候補になって、次期皇帝の座が揺るぎなくなった彼だった。


 ゲームだと、ハリーファが聖守護騎士候補になったことで、この子の兄夫婦が子どもを持つ選択肢ができたことが明らかになっていたな。

 皇帝にどれだけ優秀な子ができようと関係ないくらい、聖守護騎士候補に選ばれたハリーファの帝国における立場は強い。


 しかし、兄の結婚相手であれば兄本人の意向が大切だが、もしルクレシアの結婚相手という話であれば、むしろ嫌かも。

 私前世普通に普通の庶民だったし。

 神聖帝国って、先代の後宮でなんか大変だったらしいし。

 うん、次期皇帝の結婚相手になるなんて、むしろ嫌。


としては、身分はさほど拘らないかな。結婚相手の身分が高すぎても、それはそれなりの苦労があるだろうから」


「まあ、それもそうかもな。ルクレシア、贅沢だの権力だの、興味ないしな……」


 さすがに失礼になってしまうので『むしろ嫌』までは言わなかったのだが、言わずともある程度は伝わったらしく、私の熟考の末の返答に、ハリーファは至極がっかりした様子で項垂れた。


 ずい、と私の対面のリンランディアが身を乗り出してきて、高らかに主張する。


「やはり、個人としての能力が大切ですよね! 麗しの紅薔薇の姫君を護りきれるだけの力と、何不自由ない生活を送らせることのできる財力。加えてこの僕は、人の世のしがらみからの自由だって与えられますよ!」


 うーん、そう言われても、相手に一方的に護ってもらったり養ってもらったりというのは、どうなんだろ。

 私たち自身自衛ができる程度には強い。財力に関してだって兄はカーライル侯爵だし、私だって冒険者として一財産築いているし今後いくらだって稼げそうだし。

 なにより、リンランディアには放浪癖があるからな。


「まあ、それは素晴らしいけれど、それよりも、としては一処に留まって生活してくれる方が安心できるかな」


「ずっとと離れて暮らすなんて、嫌です。お兄様と離れていた半年、どれほど心細かったか……」


 私の返答に、しょんぼりとした声音の兄の控えめな意見が重なった。

 そちらを振り向き席を立てば、兄もほぼ同時に立ち上がったので、兄に駆け寄ってその華奢な体躯を力いっぱい抱きしめる。


「ああ、ごめんねルクレシア……! 僕だって、君と離れている間は、常に身を切られるような思いだよ……!」


「ええ、ええ。必要なことだとわかってはおります。お兄様のなさることを邪魔したくはないのです。けれど、選択肢があるのならば、私はいつだってできるだけお兄様の傍にいたいのです……!」


 兄は健気にそう告げると、ぎゅう、と強く私を抱きしめ返した。


 確かに、お兄ちゃんとはあまり離れたくない。寂しい。

 となると、ルクレシアは死にましただの失踪しますだのって、かなり難しいな……?

 いやでも、私は空を飛べるから、兄の居住地さえしっかり定まっていれば夜中とかにこっそり訪ねられるような気も……。


「この二人を引き離すなんて無理よ。ルクレシアお姉様を妻にと望むなら、お義兄様の居住地からほど近いところに定住なさいな、リンランディア」


 私たちの様子を見て、アンジェラちゃんがそんな忠告をリンランディアにしたようだ。


「まあ、人の寿命くらいの期間そうしても僕はかまいませんが……。どちらかというとこれで脱落するの、ハリーファくんたちじゃないです?」


「極炎の貴公子の勧誘は元々してたんだし、俺様がルクレシアを射止めたら、ルクレシアスごとうちに呼べないか兄様と相談するさ」


「人んちの高位貴族唆そうとしないでくれるかな、ハリーファ。仮定の話とは言え冗談になっていないよ」


 リンランディアからハリーファに飛び火しそれにジェレミーがけっこう重めの怒りの籠った声音で抗議を発し、ハリーファとジェレミーの間の空気が剣呑な物になっていく。


「お、やるか?」

「……」

「やってもいいけど、この城の中に幾人僕の味方がいると思う?」


「やめなさい、ハリーファ、モトキヨ、ジェレミー。お茶会中、なによりルクレシアお姉様とお義兄様の前よ」


 ピシャリとアンジェラちゃんが言い放つと、呼びかけられた三者がふん、とそっぽを向いた。

 すごい。アンジェラちゃんのリーダーシップが留まるところを知らない。おどおどとした気弱な子爵令嬢設定はどこ消えたの。


「……すごいな」


 思わず関心の声を漏らすと、パッと表情を輝かせたアンジェラちゃんが、ここぞとばかりに声を張る。


「はい、不詳アンジェラ、聖女としての度胸はそこそこ身に付きました! こいつらの暴走からルクレシアお姉様を護ることができるのは、このアンジェラ! アンジェラにございます!」


「確かに、このメンバーをまとめ上げることができるのは、アンジェラさん以外にいませんね。実際の聖女様としての能力も高いですし」


「良いこと言うじゃないフローラン。ありがとう。まあ、その、……性別、は、聖女にもどうにもできないみたいなのですが……」


 フローランの補足に笑顔で礼を伝えてから一転、アンジェラちゃんはずーんと暗い調子になって、ぼそぼそと私にそう申告してきた。


 うん、アンジェラちゃんは女の子だもんね。


 申し訳ないけれど、ルクレシア・カーライル=私の結婚相手としては、正直考えられない。

 しかし、兄の結婚相手とすれば、この子が大本命なわけで。


 そっと抱擁を解いて(その瞬間の兄の寂し気な表情に胸を打たれた)、兄の肩を抱きながら、私は明かす。


の結婚相手の条件についてなら、性別も、特に問題ではないね。愛があれば、乗り越えられるだろう」


 アンジェラちゃんがパァアアと表情を明るくしたのに対し、ギディオンを除く男性陣が一斉に忌々しげな表情に変わった。

 どこかから舌打ちまで聞こえたんだけど、今の誰。

 聖女様御一行って、仲が悪いのか一周回って仲が良いからこその遠慮のない振る舞いなのか。


 ひきつりそうになった頬を気合で微笑みの形に直してから、私はまとめる。


「この子と気が合って、この子をちゃんと大切にしてくれる、この子を深く愛している人。僕がこの子の結婚相手に望む条件なんて、これだけだよ。居住地とか、できればこの方が嬉しいなというのは色々とあるけど、そんなのは、絶対に譲れない程じゃない」


 大切なのは、スペックよりも気持ちや築いた関係だろう。

 さて、ルクレシア・カーライル=私と兄、どちらの将来の話をすべきだったのかは結局わからない。

 アンジェラちゃんと兄の間を取り持ちたくて『この子』なんて表現をして兄の結婚相手に望むことを並べてはみたみたものの、兄的には、聖女様御一行の男性陣は私の相手として考えていたらしいしなぁ。

 私と気が合っているというのなら、この中ならギディオンが一歩リードなんだけど……。


 私がチラッとギディオンに視線をやると、面白いくらいに兄以外全員の顔色が悪くなった。


「身分、能力、財産、性別すらも関係ないとなると、あいつだって排除できねぇ……!」


 ハリーファが戦慄したようにそう言って、リンランディアが首を振る。


「それどころか、ギディオンくん、能力は君たちより上ですよ。この子、冗談みたいに強いです。どういう生き方をしてきたら、この年でこうなるのか……」


「おい待てルクレシアス、俺を巻き込むな。本当にやめろ……!」


 他人事みたいな態度でただ聞いていた所から一気に注目を集めたギディオンが、あまりに必死にそう訴えてきた。


 そんなに嫌がらなくても良いじゃないか、相棒。

 ルクレシア・カーライルの結婚相手となるのがそんなに嫌か。ちょっと傷つくぞ。

 まあ、ギディオンは私のことを男としか思っていないわけで。私たちの間にあるのは、男同士の友情なわけで。

 この反応も仕方ないか。


 でも、なんか腹立ったからギディオンは無視してやろ。


「ま、なんにせよ。今のところ、ルクレシアと一番気が合っていて、誰よりもルクレシアを大切にしていて、他の追随を許さないレベルでルクレシアを愛しているのは、間違いなく僕さ!」


 私が兄を抱き寄せながら言い放てば、兄もきゅっと私に抱きつきながら、ふふんと得意げに頷く。


「ええ、当然ですね。私だって、誰よりもお兄様の事をお慕いしております。この上なく、相思相愛ですわ」


 ドヤ顔全開の私たち双子に、聖女様御一行は揃ってぐぬぬと悔しそうに表情を歪めた。


 ふはは。せいぜい頑張ってくれたまえ、諸君。

 紅薔薇の姫君が欲しければ、この私に勝ってみせるのだな!

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