第28話

 兄ルクスにマリリンから預かった精霊の宿った腕輪を渡しに行くため、私たちは聖女様御一行とどこかで落ち合うことにした。

 私とリンランディアは魔法で手紙のやり取りができるので、それ経由で四日後の昼にアークライト王国の王城にてと約束。

 あちらはそのくらいまで予定が詰まっているらしい。


 こちらは現在アークライト王国内のカーライル侯爵領領主邸にいるため、微妙に時間が空く。

 まだ一五才かつ聖守護騎士候補の使命を負っているルクレシアスに新侯爵としての働きなんて期待されておらず、幾人かと挨拶はしたがすべきことはそのくらいで終わった。

 そんなわけで、暇を持て余した私は、ギディオンを連れ原作ゲームでカーライル侯爵の長男(私たちの長兄)との対決の場となった隠れ家に行ってみることにした。


 鬼が出るか蛇が出るか長兄が出るか父が出るか。予想外に何も出ないか。

 父が出たら捕縛を試みるしかないかなーなんて考えながら目指したのは、領主邸のある街からそろそろ郊外と呼ぶには厳しいかもしれないくらいに離れた森の中。


「……いや、こっちだな」


 昼頃、間もなく隠れ家が見えてくる、というところでギディオンが謎の勘を発揮し、隠れ家とは別方向へと歩みを進めた。

 そちらには何もない、というか、森にいる普通のモンスターの気配しか私は感知できていないのだけれど……。


「いた」


 ぽつりと確信めいた言葉を発したギディオンは、大剣を背負っているというのにそれも足場が良いとは言えない森の中だというのに信じがたい程の速度で駆けていく。

 待て、といえばたぶん止まってくれるのだけど、それでを逃がすことになってはたまらないので、私もすぐに走り出した。


 駆けて、駆けて、次々に現れるモンスターを切り捨てながら駆け抜けて。

 そんな彼の背中を追って走って走って引き離されそうになったら空を飛んだりしながら私も少しモンスターを倒して。

 その頃になると、私もギディオンの更にその先にいる気配がわかってくる。

 妙に多いと思ったら、こちらにモンスターをけしかけている奴がいるようだ。

 そしてそれはたぶん。


 樹々が途切れ少し開けた場所、そこでこちらを迎え撃つことにしたのだろう。

 視界が開けた先には、病的なまでに痩せこけた男が、オオカミ型のモンスターの一群を従え立っていた。

 黒いローブを羽織り、手には身の丈よりも長い杖、その装飾として血のように赤黒い大きな珠がはめ込まれていて、邪悪な気配を放っている。

 悪魔崇拝者である長兄、原作ゲームで見た姿そのままだ。

 あの杖はきっと、ゲームにあった、モンスターを意のままに操ることができるが使えば使う程術者を弱らせていく杖だろう。


「お前がルクレシアスか……!」


 こんな森の中にいたというのに、世間の情報は手に入れていたらしい。

 私の姿を確認するなり忌々しげにそう吐き捨てた長兄に、私は慇懃無礼に礼をする。


「はじめまして、兄上。ええ、です。あなたたちは、僕のかわいいルクレシアに、ずいぶんなことをしようとしていたようで。腹が立ったのでぶっ飛ばしに来ました。父上はどこです?」


「お父様はとっくに国を出た。間抜けどもが幾人張り込もうと、あの方を止めることなどできないということさ。残念だったな」


 長兄は、ハッと嫌味っぽい笑みを浮かべながらそう述べた。

 私も嘲笑を返しながら、指摘してやる。


「ああ、あなたも父上に捨てられたんですね」

「違う!」

「次男は地下牢に監禁、三男は殺そうとして、長女は悪魔の花嫁に捧げようとし、とうとう長男までも見捨てていくだなんて」

「黙れ!」

「とっくに知ってはいましたが、本当にロクでもないクソ親父だ」

 ガウッ!

「ははっ。短気だな!」


 長兄が口を挟むのも意に介さず言い切ると、彼の怒りに呼応したらしい狼が一頭こちらに襲い掛かってきたが、ギディオンが軽く笑いながら難なく大剣でその牙を受け止めた。すぐにその狼を狙って、私も氷の魔法を放つ。

 長兄は手に持ったまがまがしい杖に力を籠めながら、叫ぶ。


「わかったような口をきくな! お父様は、私のことはちゃんと愛してくれている! ただの力が足りなくてついていけなかっただけで……。私が身を守れるよう、コレを与えてくださったのだから!」


 ぐわん、と上部に据えられた珠から何かが発されると、狼たちの呼吸が荒くなり目がますます血走り、中でもギディオンとやり合っている狼が、ぐっと力を増したらしく深くこちらへと踏み込んできた。

 しかし、私の魔法が既に効いてきている。

 足元から胴体、とうとう顔まで氷に覆われた狼を、ギディオンが打ち砕いた。


「与えてくださった、ねえ……。一応半分とはいえ血のつながったきょうだいのよしみからの忠告ですが、ソレ、あんまり使わない方が良いですよ。薄々わかってるんじゃないです? ソレを使えば使う程、自分の大切な何かが削られるって」


 私の問いかけに、もはや長兄は答えない。

 固く杖を握りしめ、ぶつぶつと何か祈りの言葉のような物を唱え、杖に力を込めていく。

 仕方ない。


「ギディオン、モンスターを全部倒す必要はない。最優先であの杖の破壊を狙ってくれ。破壊が難しければ長兄からアレを取り上げて欲しい」


「了解」


 私の頼みを聞いたギディオンは、短く答えて前へと走り出した。

 当然狼たちが彼に襲い掛かるが、軽くいなしながらギディオンは前に進もうとする。

 彼の手助けになるよう牽制になりそうな小規模の魔法を連続して放ちながら、私は最奥の長兄に声をかける。


「その杖長時間使っていると、悪魔にその身を乗っ取られますよー。いや顔色わっる。自分でもわかりますよねー? 危険な杖だって。わが子に持たせるようなもんじゃないって」


「うるさい! 来るな、やめろ、来るな来るな来るなっ!!」


 長兄は私の忠告を短く切り捨てると、迫り来るギディオンを睨みながら喚いた。

 聞いてくれないなら仕方ない。長兄がギディオンに気をとられている隙に、私があの杖をどうにかしよう。


 あの杖は、生命力を、体と精神の健康を代償にしてしまうのだ。

 アレを使い過ぎた結果、ゲームの長兄はやがて悪魔にその体を乗っ取られ中ボスになってしまう。

 ゲームでの対決よりもかなり早い時期だったからか、まだ多少の余裕がありそうだが……。


「ほんっとにロクなことしないな、クソ親父……!」


「アッ……!」


 怒りを乗せた熱の魔法。

 それを私は、燃えとけてしまえというくらいの思いで、長兄の持つ杖にかけた。

 杖の素材のせいか悪魔の力でも籠っているのか、残念ながら見た目にはなにも作用したところはないが、持っていられない程度には温度があがったらしく、反射的にだろう、長兄が杖から手を離した。


 瞬間、狼たちの動きが止まる。自らの意識を取り戻したのかもしれない。


「……っらぁ!」


 ギディオンは、狼も長兄も無視して、地に倒れそうになっている杖にまっすぐに駆け寄り、大剣をそれに打ち付けた。

 ガイン、とかなり派手な音が起きたが、杖は多少歪んだだけで、残念ながら砕けはしない。

 けれど、衝撃で派手に吹っ飛んでいった。


「……っ!」


 気を取り直した長兄がそれを追いかけようとする足元に、私はザクザクと氷の刃を突き立てる。


「ぎゃぁっ!」


 牽制のつもりが、一つ実際に足に突き刺さってしまったらしい。

 長兄が短い悲鳴を上げて、その場にうずくまった。

 杖さえなければ無力な痩せた男でしかない長兄をそんな目に遭わせた私に、ギディオンから非難の目が向けられる。


「……いや、ほら、生死問わずの、賞金首だし」


「そりゃそうだけどよ。一応はお前の兄さんなんだろ」


「まあそうなんだけど。そいつらがルクレシアにしようとしたことを思うと、つい、力が入りすぎた。かも。うん、反省はしてる」


 ギディオンの指摘を逸らしながらそこまで言い訳を重ねると、ギディオンは仕方なさそうにため息を吐いた。


「くそっ。やっぱり双子なんて、両方殺しておけばよかったんだ……!」


 こちらを射殺さんばかりの視線で睨みながら長兄が恨み言を吐くと、それを聞いたギディオンが同情を捨てて殺意を抱いた気配がする。

 動きを止めていた狼たちが、それに怯えたように徐々に徐々に後ずさっていく。


「気にしないで良いよギディオン。それより、そいつら追い払ってくれる? あと、吹っ飛んでった杖回収してきて」


「……はいよ」


 私の指示に、ギディオンは不承不承頷き、狼たちに見せつけるように一度大剣をビュンと振り下ろした。

 それに恐怖を感じたらしく、いよいよ脱兎の勢いで背を見せ森の中へと駆けていく狼たちをゆるく追いつつ、ギディオンは先ほど杖を吹き飛ばした方向へとゆったりとした足取りで歩いて向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る