第27話
一週間後。双子たちと聖女及びジェレミーの母国アークライト王国の王城に、一行は集っていた。
ささやかな、けれどそれが返って品の良い印象のガーデンティーパーティの用意がなされた庭園にて。
「ああお兄様、お会いしたかったです……!」
「かわいいルクレシア、久しぶりだね……!」
まるで何年も会うことの叶わなかった恋人同士がようやくの逢瀬を果たしたかのようなテンションで、たった一週間ぶりの再会を喜び固い抱擁を交わし感動からか潤んだ瞳で熱く見つめ合う双子。
その様を、聖女一行は少し離れた場所から死んだ魚のような目で眺めていた。
「仲が良すぎるわ。なによ、お揃いの腕輪なんて贈っちゃって。しかもルクレシアお姉様があんなに感激しているとか。やっぱり、どう考えてもあの人が最大の敵……! なんなの、聖守護騎士候補っていうのは、実は全員聖女の敵なの……!?」
聖女アンジェラがぶつぶつと呪いでも唱えているかのように呟くのを、なんとか宥めようとハリーファが声をかける。
「落ち着けアンジェラ。兄妹、あくまでも兄妹だから。そのうちルクレシアスに恋人でもできれば、ルクレシアだって兄離れを……、する、んじゃないか?」
「あんたは、お兄さんが結婚したからって兄離れしたの?」
「……多少は?」
アンジェラの問いかけに、自信なさそうにハリーファは答えた。
彼の背後では、モトキヨが残念そうに首を振っている。
残念ながら兄離れはさほどできなかったらしい。
やっぱりなとアンジェラが思っていると、隣のジェレミーが当たり前のように指摘する。
「というか、兄君は聖守護騎士候補なのだから、恋人ができるとすればその筆頭候補は君なんじゃないの、アンジェラ」
「は!? え、私!?」
アンジェラはクワッと目を見開き、思ってもいなかった事を言われた! という衝撃をありありと示した。
そこに実に軽い調子で、ハリーファが追撃を加える。
「そういやそうだな。おいがんばれよ聖女。お前がどうにかあの双子の間に割り込んでくれ。ま、うちの精鋭で無理だったのに、アンジェラごときがどうにかできるとは思わねーけどな!」
「なにせルクレシアスくんって、ルクレシア嬢とあれほどに相思相愛なわけですから、目が肥えてるどころじゃないんでしょうねぇ。でもまあ、アンジェラさんはこの世界で唯一の聖女なわけですし。可能性が無いってことはないんじゃないですか?」
リンランディアが柔らかな笑顔でフォローすると、アンジェラはそれをハッと鼻で笑う。
「物珍しさだけで私がルクレシアお姉様に勝てると思ってんの? 仮にそうだとしたら、あんたらのうち何人かはお姉様を諦めて私に転がっているはずじゃない? なに、この中に誰か私のこと好きなやついんの?」
全開に不貞腐れたアンジェラから実に投げやりに問われた男性陣は、一様にスッと視線を逸らせた。
いや、集団のリーダーとして評価してはいるのだ。聖女としての能力も心根も、素晴らしいと認めている。
この集団外の誰かが聖女を馬鹿にすることでもあれば烈火のごとく怒るし、好きか嫌いかを問われれば『人としては好き。とても大切な仲間であり大事な人だ』と全員が答えるだろう。
ただ、彼らの恋心は、もうどうしようもない程に紅薔薇の姫君ルクレシアに向いているのだというだけで。聖女に対しそういった感情を少しでも向けられる余裕などないほど、熱烈に。
「まあ、恋心を向けてもらえるかどうかはともかくとして、あの兄君と仲を深める必要性はあるんじゃないですか? その、ルクレシア嬢って、『お兄様が認める方なら、間違いはないでしょう』とか言いそうじゃないです?」
フローランがそろりと意見を述べると、一同が『確かに……!』といった感じに衝撃を受けた。
実に真剣な表情でアンジェラが頷く。
「言いそう。いえ、間違いなく言うわね。お義兄様が持って行った見合い話なら、ルクレシアお姉様ってばあっさり受け入れてそのまま結婚しそうだわ」
「ルクレシア嬢はお兄さんが大好きですからね……。それに、ルクレシアスくんと仲良くなれば、ルクレシア嬢とお兄さんを共通の話題として盛り上がることもできる。その時点で割と勝ちですよ」
アンジェラの意見を、こちらも実に真剣に賢者リンランディアは認めた。
顔色を悪くしたジェレミーが、まだ抱き合ったまま互いの近況を語り合っているらしい双子を呆れたように見つめている、ルーシーの背後に立つ人物を指さしながら、叫ぶ。
「待って待って待って! ってことは、アレ! あの大男、ギディオン! あいついっちばんの危険人物じゃない!? ルクレシアス卿の相棒なんだよね!?」
「【魔の森の覇者】ギディオンか……! くそっ、あいつ、うちの国に属する気があるなら子爵位はやるって約束してる……! そのくらいの実力と実績が、ある……!」
「そんな二つ名がある人だったの? あの人も高名な冒険者で、将来性もそう悪くはないのね……」
ハリーファが悔し気に認め、アンジェラが感心したようにそう呟いた。
「ああ。ギディオンも兄様が目を付けているうちの一人だ。冒険者歴がかなり長いから財産がけっこうあるらしくて、交渉はうまくいってないみたいだけどな。ただ、大国の庇護に興味が無いではなさそう、だったかな? 勘が鋭すぎて端から看破されて、搦め手は一切通じなかったとかって報告があったのは覚えてる」
苦い顔でハリーファが説明し、それにモトキヨが若干焦った表情で付け足す。
「あの、我が国の名誉のために申し上げると、ルクレシアス閣下とギディオンさんが特殊な例外なんです」
「わかってるわよ。普通は神聖帝国に声かけてもらえば、喜んで宮仕えするものでしょうよ。私だって皇后様の侍女辺りのポジションもらえるなら、喜んで仕えに行くわ」
「仮にも王太子の目の前で母国を捨てる算段をたてないでくれるかな、聖女アンジェラ。異国の生活は大変だよ? 君さえ望めば、うちの王太子妃だってなんだってなれるんだから、やめときなって」
聖女アンジェラが真顔で述べれば、ジェレミーが呆れたようにそう言い含めた。
「……え、もしかして私今、あんたからプロポーズされた?」
ときめくどころかものすごく嫌そうにアンジェラが訊けば、こちらも少しも熱のこもっていない様でジェレミーが首を振る。
「いいや。ただ事実を述べただけだよ。聖女様が王太子妃になってくださるというなら、僕の意志や想いなんて関係なく、国がそれを叶えるって意味。僕が『僕の結婚相手はルクレシア嬢でなければ嫌だ』と言えば、僕の弟あたりが王太子になるのさ」
「嫌な話ね。聖女の血統を王家に取り込むことがそれだけ大事、……私の血を、次代につなぐことがそうも求められている、か」
アンジェラがぽつりと告げたそのあまりに暗い声音に、今にも泣いてしまいそうな悲痛な彼女の表情に、男性陣が気まずそうにアイコンタクトを交わす。
紅薔薇の姫君と聖女とでは、結ばれ愛し合おうと、子どもはできないはず。
聖女の血統を渇望している王家は、今代で縁が無くとも次代でとすら望めなくなるその選択を許さないだろう。
別れさせようとするか、害そうするか、脅そうとするか。
いくつの国が聖女の血統を望み、どれだけの組織が彼女たちの前に立ちはだかるのか。
そういった意味でも、アンジェラの恋の前途は、どこまでも暗い。
世直しの旅路を経て、聖女と聖守護騎士候補たちは、確かな信頼と親愛と結束を育んできた。
互いを互いのライバルと目しつつも、同時にその裏返しとして対等だと認め合ってもいるのだ。
聖女アンジェラが直面するだろう困難は、彼らにとっても受け入れがたい。
「まあ、そんなことは絶対にあり得ないんですけど、万が一この僕が負けるようなことがあれば、勝者は祝福してあげますよ。国が許さないなら、そんな国捨ててしまえば良い。これまで通り、どんな敵だって、あなたの号令一つでこの僕がぶっ飛ばしてやりましょう」
「自由だな、リンランディアは。……まあ、アンジェラが誰かと結婚するようなことがあれば、俺様だって祝儀に屋敷の一つくらい贈ってやるさ。場所はそうだな、例えば共和国内なら、うちの奴らもそうは干渉できないだろうな。なにせ、冒険者の勧誘すら失敗続きなくらいだ」
リンランディアが空気を換えるように口火を切ると、ハリーファが意外なほど優し気な笑みを浮かべてそう言った。モトキヨもハリーファの背後で主に同意を示すようにうんうんと頷いている。
「神殿は、なによりも聖女様の意志を尊重するでしょう。どんな愛も、女神様は否定なさいません。神殿に入ってしまうというのも一つの手かと」
フローランまでが真摯にそう述べたので、ジェレミーは気まずそうに頬をかく。
「うち、先代聖女を帝国にとられたのをずーっと悔しがってきているからなぁ。とりあえず、住むのはアークライト王国内はやめておいた方が無難だよ、としか言えない僕がなんかすごい情けないね……。まあ、『あんまりなことすると、カーライル侯爵領が共和国に合流しちゃうんじゃない?』って父に釘を指すくらいはしておくよ」
「え、え、え……? あ、……あり、がとう」
どんどんと続けられた自分の背中を押すような男性陣の言葉に、アンジェラはぱちぱちと目を瞬かせつつお礼を述べた。
「ははっ、なにボケたツラしてんだ、アンジェラ。俺様が負けるはずないから、今のはあくまでも意味のない仮定の話だってーの!」
『ありがたいけれど、良いのか? あなたたちだってお姉様のことが好きなのでは?』と呆けているアンジェラをハリーファが茶化すように笑い飛ばし、ジェレミーがそれに乗じる。
「僕だって負けるつもりはないさ。僕が勝ったら、僕らの子とアンジェラと誰かの子を結婚させるって約束してくれよ」
「ずいぶん好き勝手言ってくれるわね……。ああっ! ギディオンさんとルクレシアお姉様が話しているじゃない! 野郎ども、邪魔しにいくわよ!」
すっかり元気を取り戻したアンジェラがそう叫び席を立ち走り出すのに、男性陣はほっとしたように息を吐きつつ、彼女の後を追った。いつものように。
どんな絶望にも折れず、どんな恐怖も撥ね退けて、いつだってこの集団を明るくひっぱっていってくれる聖女の幸福を、心から祈りながら。
できれば、自分たちが愛する紅薔薇の姫君ではない誰かといっしょにしあわせになってくれると嬉しいなあとは、思いつつも。
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