第25話
さて、私が聖女様御一行と離れて何をするかなんて、特に決まっているわけではない。
あちらは『無事にルクレシア嬢と合流した』と公表し、聖女アンジェラちゃんたちの修行を兼ねた世直しの旅を、多少ペースを落としてじっくりとしていくそうだ。
この半月は『悪いやつらは全員片っ端からぶっ潰す。悪そうなやつらもついでにもろともぶっ倒す』とばかりにハイペースで突っ走ってきたために、慰問的な側面がおろそかになってしまっていたとかで、その辺りを重点的に行っていきたい、とか。
聖女アンジェラちゃんが強力なスキルや魔法を覚えるためには、人々からの感謝や女神様への信仰を集める必要がある、ということに原作ゲームではなっていた。モンスターを倒して得られる経験値によるレベルアップによって聖女が得られるのは、単純な身体能力の強化、いわばステータスアップだけらしい。慰問も大事だろう。
悪魔崇拝者たちも私の暗躍と兄による篭絡と兄のための聖女様御一行の大活躍によって元気がなくなったようですっかり身を隠しているらしいし、良いんじゃないかな。
……出発時の一行の浮つきぶりを見るに、ただ単にうちの兄といっしょの旅行を楽しみたいだけではという気もするけど、まあでも、既に仕事をあらかた終えた上でなわけだし。問題はない。
さて、では私はどうするかという話である。
父は下手にアンデッドになられると困るので私は手出しできないが、長兄は見つけられれば叩き潰しておきたい。
全世界を敵に回したような状態の父と長兄は、国外に脱出できていない可能性が高いし、カーライル侯爵領には父らの協力者もいるし隠れ家があったはず。
それに、新カーライル侯爵となったルクレシアスは現在私が演じていることだし、ルクレシアスとして一度は世間に顔を出し、母や関係者らと話をする必要もあるだろう。
よし、とりあえず一度は母国に帰るか。
そんな判断で、ギディオンも連れてアークライト王国に戻り、まずは城へ。
国王陛下から聖守護騎士候補に選ばれたことを寿がれたり今後侯爵として励むよう激励を受けたり、それに対する感謝と王家への忠誠を宣言したりした。
聖女様御一行による救世の旅路もまだ半ばということで、これはかなり簡略化されていたそうだ。良かった。
本物のルクレシアスは、侍女の姿で聖女様御一行に合流しているからね……。
陛下に対して非常に申し訳なかったが、旅が無事に終わった暁にはちゃんと本人が来る予定なので……!
私の演じるルクレシアスの印象をあまり残さないためにも、母と互いの無事を喜び合うのもささっと済ませて、そそくさと城を辞去。
私とギディオンは、カーライル侯爵領で父と長兄の足取りを追うため、そして一応新領主として顔見せのためカーライル侯爵領へ。というところで、人形遣いのネイサンとその妻マリリンから呼び出しを受けたため、ちょっと方向転換して侯爵領北の村へとやって来た。
ネイサンらの家のダイニングにて、私、ギディオン、その対面にネイサン、マリリンと並んで、マリリンが訴えることには。
「ルクレシアの侍女をやってくれていた水の精霊と風の精霊が、あの子を恋しがっている……?」
「そう。私の契約精霊だっていうのに、私じゃなくてあの綺麗なお嬢様の傍にいたいんですって。あの子は精霊の姿なんて見えないのに、会話だってできないのに、それ以上の魅力があるんですって! 私との契約を解除してでも、どうしてもあの子の傍にいたいんですって!!」
「それは、また、なんというか、……うちの妹がすまなかったね」
ぷんぷんと不満のトーンを上げながら訴えてきたマリリンに、私は頭をさげた。
そうか。うちの兄は、精霊すらも誑かしたか。
精霊は日々の感謝の祈りと少しのお供えものと、なにより精霊が好むマリリンの魔力を対価に、彼女に力を貸してくれる。
マリリンのように精霊を見る目を持っている人間は、精霊と波長が合っている、精霊と馴染む魔力の質をしているらしい。
マリリンとの契約を解除してしまえば、当然そんな彼女からの魔力はもらえなくなる。
兄から魔力を与えるにしても、兄は精霊が見えないわけで。波長が合わない人間の魔力は、精霊にとってあんまりおいしくないって以前に聞いた事があるのだけれど。
おいしくないだけで飢えは満たされるとも聞いたので、それで良いのだろうか。そこまで兄に魅了されているのか。されているんだろうなぁ。
「それで、風のも水のも本当は形を固定されるのは不本意だし、二度とあんな動かしづらい土人形になんざには入りたくない、という訴えも同時にあったんだよな?」
ネイサンの確認に、マリリンはぷぅと頬を膨らましながら頷く。
「そうよ。お嬢様がとっても綺麗だったしすっごく美しい笑顔でいっぱい褒めてくれたから、半年はどうにか堪えてあげたんですって。でも、人形はもう嫌。その上で、あの子の傍にいて力を貸したい。って精霊が言うから、ネイサンにコレを作ってもらったの」
「腕輪? 僕がネイサンに頼んで作ってもらった物によく似ている……、というか、同じデザインだね?」
マリリンが取り出しコトンコトンと机上に置いたのは、一応私の武器っぽいポジションにある腕輪とよく似た一対二本の腕輪だった。
この世界の魔法使いは、魔法の杖を用いることが多い。杖は、魔力をスムーズに魔法に変換し、安定して外に放出させるのに役立つ、触媒のようなもの。なくても魔法が使えないわけではないが、あった方が格段に魔法が使いやすい。
ただ、杖そのものが殴ったり突き刺したりの役に立つわけではない。
私はまずめったに使わないが一応接近戦用の短剣を持っているのだが、それを振るうどころかただ持つのにも杖を握っていると非常に邪魔。
ちなみに兄に持たせているメイスは殴るのに役立つ上に杖のような魔法の触媒の機能も有しているのだが、近寄られる前に強力な魔法で敵を倒すスタイルの私にとっては(たぶん他の魔法使いにとっても)、殴れなくて良いから軽い方が嬉しい。
そもそも、一々杖や武器を取り出して構えてっていう動作が、なんだかまだるっこしい。
そんなわけで、『両手をフリーにしたまま使える魔法の触媒的存在が欲しいなぁ。誰か作ってくれないかなぁ。チラッチラッ』としたところ、ものづくり得意系男子であるところのネイサンさんがどうにかしてくれました。
というのが、私がいつでも両腕につけっぱなしにしている、魔法の腕輪二本一対なのである。
この腕輪を付けていると、杖と同様どころか、下手な杖より格段に魔法が使いやすい。
それとよく似たこの腕輪は……?
私が首を捻っていると、マリリンがまだちょっと拗ねた表情のまま、説明してくれる。
「片方にさっき言った水の精霊が、もう片方に風の精霊が宿っているの。身に着けていれば余剰魔力を吸って腕輪の近くに精霊が顕現して、勝手にあの綺麗なお嬢様を護ろうとするはずよ。あと、あの綺麗なお嬢様が呼びかけてくれたらあの子のために戦うつもりがある、とこの子たちが言っているわ」
私、というかこの場ではマリリン以外の全員精霊の姿は見えないし声も聞こえないが、そういうことらしい。
同様に、顕現しようとしまいと兄には見えないし聞こえないのに、良いのだろうか。
まあでも、
会話はできなくてもただ兄の近くにいたいし兄のために働きたいなんて、なんという愛。
「自分たちの代わりの同種同レベルの精霊を私に紹介してくるほど本気なのよ、その子たち。あの綺麗なお嬢様の所に持って行ってやってくれるかしら?」
仕方なさそうに苦笑しながら、マリリンはずい、とこちらに腕輪を押し出してきた。
彼女が二度腕輪の上空の空間で何かを撫でるような仕草をしたのは、そこに件の精霊たちがいるのだろう。
彼女が大切にしてきた精霊たちの宿る腕輪を、兄のためにそこまでの覚悟を固めてくれた存在を、大切に大切に、感謝の思いを込めながら、受け取る。
「もちろん、喜んで。この腕輪のお代は僕が払うよ。材料費だって馬鹿にならないだろう?」
後半はネイサンに向けて尋ねれば、彼は難しい表情で首を捻る。
「いや……。お前がお前の腕輪作れって言った時に持ち込んだ素材の余りを流用したから、材料費はかかっていない。マリリンと縁のあった精霊のワガママを叶えてもらうわけだし、俺はマリリンに頼まれたから勝手に作っただけだ。お前が払うのはなんか違うんじゃないか?」
「いやでも、利益を得るのは、うちの妹なわけだから。対価はこちらから支払うよ。あの子の身の安全に繋がるわけだし……」
「どうかしら。精霊たちはやる気満々だけど、利用できる魔力が少なければ、大した事はできないもの。正直、まともに役に立つ気がしないわ。この前会った時の印象だけれど、あのお嬢様そこまで魔力が多いというわけではなさそうだったじゃない?」
私が食い下がると、今度はマリリンが渋い表情でそう述べた。
まあ、この前来た時はそうだったんだけど。今は違うんだよな。
「その辺は解決しているかな。今のあの子は、すごく強いよ。さすがに僕程ではないけど、マリリンよりも多いくらいの魔力がある。精霊たちも、十全の力が出せるんじゃないかな」
私がそう打ち明けると、マリリンはむむ、と険しい表情で疑問を投げかけてくる。
「たった半月で? 私を追い抜いたの? ……聖守護騎士となるとその力が増す、とは聞いたことがあるけど、聖守護騎士候補どころか聖女の侍女ですら、なにかしらの加護が得られるということかしら?」
兄の本来の性別をマリリンは知っているので、この問いかけは『聖守護騎士候補に選ばれたから、急に魔力が増したのか?』という意味だ。
どっちにしろ否だけど。候補の段階では、それほど力は増さない。
実際に兄の場合は、先にレベルアップをして、それから聖守護騎士候補に認められたという順番だし。
「うちの相棒がまためちゃくちゃしたんだよ。妹さんを魔の森の最深部まで連れて行って、二週間みっちり鍛え上げた結果だ」
「え? あんなたおやかないかにも箱入りっぽい高位貴族のお嬢様を、魔の森の最深部に放り込んだの? 二週間も? それ、虐待って言わない?」
「魔の森の最深部なんて、半月足らずで行って帰って来ただけでも驚きなのに……。相変わらずルクレシアスはめちゃくちゃなことばかりしているんだな」
ギディオンの説明に、マリリンとネイサンは揃って私に批難の言葉と視線をぶつけてきた。
先ほど受け取ったばかりの腕輪がカタカタと震えているのは、宿っている精霊たちが『お嬢様になんてことを!』と怒っているのだろうか。
いや、ちゃんと安全に配慮していたし、無理もさせなかったし。魔の森の最深部というか、そこにある宿に連れて行ったわけだし。
そんな寄ってたかって責められる謂れはない……、んじゃないかな。
宿の話をしたら逆にまた非常識だと言われそうだから、沈黙を選ぶけど。
「いい加減自分の非常識さを自覚しろよ。俺は仮のパーティ組んですぐにこの剣をお前からぽいっと寄越された時に、『あ、こいつには常識が通用しないんだな』って確信したぞ」
沈黙を選んだのに私の不服を感じ取ったらしいギディオンが、ため息まじりにそう言って、彼の背中の大剣を示す。
確かにそれは、ギディオンの最強武器なんだけど。最強武器に相応しい壊れ性能ではあるんだけど。
でも、いわばギディオンのために存在している剣なんだし。大剣なんて、他に使える人いないし。
ギディオンに持たせるのが当然だと思ってしまったのだもの。
ただ、常識的かと問われれば、確かに否だ。
付き合いの浅い人間に、ましてパーティだってまだ仮だった段階で、ぽいとやって良いような価値の物ではない。
「ま、まあとにかく、そんなわけで、この腕輪の対価はきちんと支払うよ!」
分の悪さを感じ取った私がごまかすようにそう声を張り上げると、三人はやれやれ、とばかりに肩をすくめた。
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