第24話

 ギディオンがやって来た日の夕方、聖女様御一行は村に到着した。

 世界の命運を背負っている彼女たちが、その全てを放り捨てて、他国の、それもけっこうアクセスの不便な村にまで文字通り空を飛んでやって来たらしい。

 可能性は否定できなかったけど、まさか本当に来るとは……。


 お兄ちゃん、あなた、どれほど彼女たちを魅了していたのですか。


 いや、そもそも空を飛んできたってのもおかしいんだよ。

【知的好奇心のままに旅するエルフ】リンランディアの魔法によってなので、可能か不可能かでいえば普通に可能ではあるんだけど、ちょっと想定外だったというか。

 実は新聞を読んだ時から引っ掛かっていたのだけど、リンランディアが一切出し惜しみなしに全力全開でその力を振るっているなんて、私からすれば想定外。

 原作ゲームだと、一周目というか聖女ヒロインアンジェラちゃんのレベルが一定値に達するまでは、彼は『これも修行ですよ』だの『皆さんの成長のためです』だの言って、ろくに力を使ってくれなかったのに。

 探ってみたけれど、アンジェラちゃんのレベルがその水準に達しているようではなかった。

 つまり、偏屈なエルフがポリシーをあっさりと捻じ曲げる程度に、うちの兄が彼を魅了していたというわけで。


 お兄ちゃん、やっぱりやりすぎだったんだって……!

 そう思わずにいられない。


 彼らが降り立ったのは神殿だったのだが、温泉くらいしか無い村に聖女様御一行がいらしたことによる騒ぎは私たちのいた宿にまで漏れ聞こえたため、兄と私とギディオンが神殿に駆けつけ、兄と彼女らの再会は成った。

 その際に、聖女ヒロインアンジェラちゃんも攻略対象者一同も、全員が全員揃って兄の無事に安堵と歓喜の涙を浮かべていた程だ。


 現在は、神殿の奥、神官の方々が食事に使っているという大きな卓といくつもの椅子が並ぶ部屋を貸してもらい、(多少の嘘を交えた)事情説明と互いの近況報告と挨拶を行っているところ。

 そこでの一同から兄への接し方を見るに、私は確信を深めた。

 どう考えてもやりすぎであると。

 これたぶん、全員から兄への矢印、依存とか執着とかそういう感じ。


 兄から『父から逃れるため、極炎の貴公子である兄(=私)を頼った』という説明をしてもらったところ、世界でも救ったのかというくらい大げさに熱烈に褒めたたえられたくらいだ。

 そういえば、現在ルクレシアスを演じている私こそがカーライル侯爵家の家長だと彼らは思っているわけで。聖守護騎士候補ともなれば、更にその地位は盤石なわけで。

 彼ら彼女らが『お嬢さん(=兄)との結婚を認めてください』をする相手は、私だと思われているのだろう。たぶん。

 そのために、私をよいしょしておこうという判断もあったに違いない。


 やんややんやと、それはもう過剰に持ち上げられた。街を火竜から護った時だってこんなに英雄的に扱われはしなかったぞというくらいに。

 自国の王太子、神聖帝国の皇弟、賢者、聖女という明らかな目上に対して、新米侯爵でしかないルクレシアス(を演じる私)がうっかりタメ口を使おうと、誰も咎めるどころか不快感を示しすらしなかった。

 全員に呼び捨てでかまわないとまで言われたし、ついでに私の相棒であるギディオンもなんか許されていた。

 紅薔薇の姫君ルクレシアの結婚相手に関して口出しをする権利を持つ人物というのは、随分偉いものらしい。

 もはや乾いた笑いしか出てこない。


 そんな中。


「そういえば、お義兄様は、どうしてそのような仮面をなさっておられるのですか……?」


 ふいに、聖女アンジェラちゃんからそんな疑問を呈された。この子、ナチュラルに私のこと義兄扱いしてくるな……。


「ああ、これ? 顔に火傷の跡があって……」

「治します。全力で。フローランさんも協力してください」


「……って、初対面の人には説明しているんだけどね? が冒険者をするにあたって素顔を晒していると、トラブルが起こるかもしれないなってことで、顔を隠してるんだ」


 いつもの説明をしようとしたところ、食い気味に、しかもものすごく真剣にそんな事を言われ、私は早々に二段階目の嘘を口にしていた。

【人より花を愛する地味コンプレックス陰キャ神官】フローランも立ち上がっていたし、優秀な神官と聖女の全力の治癒魔法で治せない火傷跡なんてあるわけない。


 私が内心とっても焦っていると、落ち着かないからと私の斜め後ろに立ったままのギディオンが、ため息交じりに補足してくれる。


「こいつ、双子だけあって、妹さんと顔そっくりなんだよ。どっちかと言えば、俺はルクレシアスの方が綺麗だと思うくらいだ。そんなもんが市井で顔晒して冒険者なんざしてたら、面倒と危険がどれほど巻き起こるか。こいつの仮面は、絶対に外させない方が良い」


 兄以上というのは、ない。普通に兄の方が美人。

 お前のそれ、相棒の欲目だいぶ入ってるよ!!

 そう言ってやりたいところなのだが、せっかく場の一同みんなが『あー。それじゃあ素顔は出せないよね』みたいな雰囲気になったし、いつかこの仮面の下は兄の顔だったということになるわけで。

 否定しづらい。


「ええ、ギディオンさんが言った通り、の方が私よりも数段綺麗な顔をしています。顔の造作は私とよく似ているのですが、兄の方が内面の美しさが顔に出ているのでしょうね。兄の美貌は、天上の美です」


「いや、それほどのものではないよ。でも僕はほら、父から隠されて育てられたせいか、ちょっと人目が苦手というのもあって。あと、今この二人が二人がかりでものすごく期待値を上げてくれたものだから、非常に仮面を外しづらくなったね……」


 否定しづらいなぁと躊躇っているうちに、兄までもギディオンのたわ言に全力同意してハードルを上げてくれやがったので、私は弱弱しく聖女様御一行にそう訴えた。


 このメンバーの前で仮面を外さない言い訳ができて、良かったんだけどさ。

 でもお兄ちゃん、あなた心から『自分よりルーシーの方が美人』って思って言ってるね……? やめて欲しい。そのハードルを越えられる人類、たぶんいないよ……? 兄越えは、もはや人外。

 それだけ言った後でお出しして納得してもらえるの、もうお兄ちゃんの顔面しかないから。

 そういう意味でも、もう絶対に、私は聖女様御一行の前でこの仮面は外せない。外さない。


 傾国の美女(男)である兄(とおまけのギディオン)の言い様から、どれほどの美貌がこの仮面の下には隠されているのかと戦慄しているらしい者と、私の言い分を信じてくれたようで同情の眼差しを向けている者と、半々くらいだろうか。

 とにもかくにも聖女様一行の注目がぐさぐさと突き刺さる中、私は一つ咳ばらいをして、話題を切り替える。


「僕の仮面については、そういったことで容赦して欲しい。さて、今後の話をしようじゃないか。僕としては、世間に聖女様御一行の侍女として公表されているわけだし、ルクレシアのことは君らにお任せしたいと思っているんだけど……」


「願ってもないことではありますが……、そのおっしゃりようですと、お義兄様は私どもには同行なさらないので?」


 私の申し出に、アンジェラちゃんは当然の疑問を投げかけて来た。


「うん。聖守護騎士候補としては、当然聖女様に付き従うべき、というのはわかるのだけれど……。僕は、世間から身を隠して動きたいんだ。少なくとも、父との因縁に決着をつけるまでは」


「侯爵位を自分たちから奪い取った形になった、殺したはずの双子の片割れ。しかもわが子が、よりにもよって聖守護騎士候補。悪魔崇拝者のカーライル元侯爵とすれば、ルクレシアスくんは何が何でも殺しておきたい相手でしょうねぇ」


 リンランディアがふむと頷いてそう述べたところ、【チュートリアルちょろ王子】ことジェレミーが首を傾げる。


「悪魔崇拝者にとって、双子というのは少なくとも片方は殺しておかなければいけない存在なんだっけ? だからルクレシアスは隠して育てたと、ルクレシア嬢らのご母堂が言っていたね」


「ええ。双子というのは、お互いがお互いに幸運をもたらすのだと伝わっています。人の不幸が大好きな奴らにとっては、面白くないのでしょうね」


 へー。そういうことだったんだ。初めて知ったわ。伝わっているって、どこでって感じだけど。

 実際確かに、お兄ちゃんはいつでも私にしあわせを与えてくれている。たまにそれが斜め上に発動するのか、私の姿と名前で社交界中の老若男女を魅了し端から私の信奉者にしてしまおうとしたりもするけど。

 リンランディアの博識に関心していると、その彼が、ひたり、と強い視線で私を見据え、告げる。


「けれど、どこかに身を隠すよりは、この集団といっしょに動いておいた方が安全だと思いますよ? ルクレシア嬢をこちらにお任せいただけるというなら、なおさらです。あなたの幸運の使者と、あまり離れない方がよろしいのでは?」


「お兄様には、なさらねばならないことがあるのです。だいたい、多少距離がある程度で、私からの祈りや想いや幸運が、お兄様に届かないなんて心外ですわ。私たちのつながりは、そんなに弱い物ではないはずですもの」


「ええ、そうですね! 悪魔教の教義が片方を殺せとなっているからには、此の世と彼の世くらい引き離しでもしなければ、双子のつながりは有効なのだと推測できます。うん、僕の見識が浅かった。先ほどの言葉は撤回して謝罪しましょう」


 兄がちょっとツンと怒ったように告げると、リンランディアは即座に手のひらを返した。

 さっきまでの迫力はどうした。うちの兄に弱すぎるぞ賢者。恋は人を馬鹿にするってやつ?


「ま、この僕はともかくとして、こちらには未熟な子たちも多い。僕らを頼らず身を隠すというのも正解でしょう。ルクレシアスくんもギディオンくんも、よく鍛えられていますからね。ルクレシア嬢も、ここまで強者の気配がある方ではなかった気がしますが……」


 リンランディアが肩をすくめながら認めると、兄は誇らしげに胸を張る。


「ええ、お兄様に鍛えていただきましたの。兄は、この程度の事は軽くできる、もうなんだってできる自慢の兄ですわ。その判断に、間違いなどあるわけがないでしょう?」


「ありがとう、ルクレシア。そうだね。君の期待に応えられるよう、がんばるよ。かわいい君と離れるのは寂しいけれど……。みんな、うちの妹のこと、くれぐれもよろしく頼んだよ」


「どれほど小さな怪我も病気も、どれほど強大な悪魔だって悪魔崇拝者だって、とにかくルクレシアお姉様を害そうとするようなモノは、全て聖女である私が、退けてみせましょう」

「この僕が、ルクレシア嬢に万全なる安全と快適をご用意しますよ」

「自分の命に代えても守ります」

「俺様自身はまだまだ成長途中だが、ルクレシアのためなら兄様も頼るしうちの国だって動かしてやる。任せろ」

「……」


 私の頼みに、アンジェラちゃん、リンランディア、フローラン、【俺様ブラコン褐色ショタ】ことハリーファとその後ろで無言で頷いている【ハリーファのためなら死ねる系侍】ことモトキヨまでは実に軽快に応えてくれたのだが。


「ご母堂や使用人は、うちの城で保護しているから。ルクレシア嬢の周囲や心まで守れるのは、僕しかいないと思うよ?」


 ジェレミーがふふん、と自慢げにそんなことを言って、「クソガキ……」だの「は?」だの「あ゛?」だの「……」と無言ながらすちゃりと腰の刀に手を添えるだの、剣呑な反応が攻略対象者から上がる。


「ルクレシアお姉様の前で、醜い争いを繰り広げようとしないでちょうだい」


 アンジェラちゃんが冷たくそう言い放って、空気を読んだ兄が、うるりと瞳を潤ませながら怯えたように俯いた。

 するとすぐに、攻略対象者たちがわたわたと兄に言い訳めいた言葉をかけ始める。


「お前の妹、やっぱりこわいな……」


 兄の傾国っぷりに慄いた様子でギディオンがそう呟いたのに、私はただ、苦笑いを返した。

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