第23話
兄が女装姿私が男装姿に戻って、ギディオンがやって来るまでしばらく宿でのんびりしようということになった。
正直、兄も私も、今の服装の方がしっくりくる。兄にはスカートが似合うし、私はズボンの方が落ち着く。
なにかが間違っている気がするが、深く考えないでおこうと思う。気のせい。
宿で過ごす間に、兄は改めて、世界が平和になったら聖守護騎士候補のルクレシアスとして聖女ヒロインアンジェラちゃんの側にいたいという意向を私に伝えてきた。
なので、私が演じる冒険者ルクレシアスは、聖女様御一行とは極力接触しないことに決めた。冒険者ルクレシアスの印象を、アンジェラちゃんたちに対してあまり残さないように。
もし万が一私が母国の社交界に出たくなったときは、ルクレシアは記憶喪失だとごまかすことになるのだろうが、双子揃って記憶喪失はさすがに嘘くさそうだもの。
兄に『私が聖女様御一行に合流することは、できない』『あちらとは別行動でしたいこともしなければならないこともある』って言っちゃったし、ちょうどいい。
話し合ったり決めたりしたのはそのくらいのことで、兄と二人、久しぶりにただのんびりと過ごした。
温泉に入り、旅の汚れを落としこれまでの疲れを癒し肌を磨き髪を手入れし、その途中で兄に『ルーシーはせっかく素材が良いのにメンテナンスが甘い』といった趣旨で叱られたり。
『いや、いうて冒険者だし……。むしろ、この長い髪を保ってるだけ褒めて欲しい』と反論したかったが、めったに私を叱ることなどない兄の珍しい本気怒りに、何も言えなくなったり。
兄がぷりぷりと文句を言いながら私の髪から顔から爪の先までそれはもう丁寧に丁寧にお世話してくれて、それに甘えに甘えてみたり。
兄の女子力と美意識の高さに、内心ちょっとおののいてみたり。
要約すれば兄とイチャイチャキャッキャと女子会(?)を丸二日ほど楽しみ尽くした頃に、ギディオンが宿へとやって来た。
私たちが泊まる宿の部屋、その応接スペースにギディオンを通すと、彼は私たちの姿をまじまじと見つつひきつった表情でこぼす。
「なんかすげぇキラキラしてんなお前ら……。特に、ルクレシアスなんかどうしちゃったんだよ、綺麗になっちゃってまあ。お前がそんなんでギルドに行ったら、卒倒する奴が出るんじゃないか……?」
ええ、そりゃもう、兄が磨きに磨いてくれましたのでね。
兄は元々キラキラと輝くような美しさであったので、大して変わってないんですけども。
私の髪なんかは妙にキラキラサラサラにされてしまったものだと、自分でも思います。はい。
うーん、また『冒険者の中じゃあまりに異質』とか言われちゃうかなぁ。
ま、それでも良いかな。兄がしてくれたことだし。兄に存分に甘えられて心地よかったし。
なにより、多少浮いてしまうとしたって、小汚いよりは小綺麗な方が良いに決まっているから。
「妹は美の探究に余念がない子だから、僕もついでに巻き込まれたんだよ……。そんなことよりギディオン、カーライル侯爵家はどうだったんだい?」
私が気を取り直してそう尋ねると、ギディオンは、ああ、と手を打った。
そのまま彼は懐をごそごそと探り、折り畳まれた……、いや、これを折り畳んだと表現するのはどうかというくらいぐちゃっと小さくされていた紙を三つほど取り出した。
彼がのばしのばししながら机上に広げたソレらが視界に入り、変な笑いが込み上げる。
「僕らの父と長兄は、指名手配されたんだね……。悪魔崇拝者だと露見した、と。しかし、この懸賞金は何事だ? 父の企みの全てが暴かれたのだとしたって、個人の首にここまでの額がかけられるなんてあり得ないと思うのだけど……」
ギディオンが持ってきた紙のうち二枚は、父と長兄の指名手配書だった。
あまりに急展開過ぎるし、しかも、子どもの冗談みたいなクソデカ数字が、父の懸賞金として至って真面目に複数の国の連名で提示されている。
長兄は父ほどではないが、それでも何人殺した凶悪犯罪者なんだという額がかけられている。そんな大した事、まだしていないはずなのに。
笑える。
笑っている内に三枚目の紙がのばしのばしされ、そちらを覗き込んだ兄が、どこか呆然として言う。
「私も探されているようですね……。父と長兄の手配書には生死を問わずとまで書いてあるのに、こちらはずいぶんとまあ、注意事項が多いようで……」
三枚目は、紅薔薇の姫君ルクレシア・カーライル侯爵令嬢の捜索依頼書だった。
こちらには、ルクレシア嬢にかすり傷一つ負わせるなだの不安にすらさせるなだの丁重に扱えだの不埒な思いを持つなだのと、びっちりと注意事項が書かれている。
私と兄は、どういうことなのとアイコンタクトを交わす。
「なんでも、妹さんは聖女の侍女に任命されたんだってよ。妹さんは聖女一行に必要不可欠な人材で、妹さんに危害を加えた奴は自分たちの持てる力すべてでもって地獄に叩き込む、と、聖女も聖守護騎士候補も全員が口を揃えて主張しているんだそうな。いやー、スゲーな!」
ギディオンの説明に、私は天を仰いだ。
そんな気はしていたけど、やはり兄演じる紅薔薇の姫君ルクレシアに、世界の命運がかかっていたか。
うん。兄を紅薔薇の姫君のままあちらにお戻しすると決めておいて良かった。危なかった。
父たちにこれほどの懸賞金がかけられているのは、ルクレシアに危害を加えようとした者の末路ということだろう。
私、そんなルクレシア嬢を攫っちゃったんだが……? いや、保護。保護しただけです。……って、聞いてもらえると良いな。
「んでよ、これだけの美貌で、黄金の髪に深紅の瞳のご令嬢って、数日前に見たよなって、ギルドの奴らも思ったらしいんだわ。でも、聖女一行だろうとなんだろうと、『ルクレシアス様の妹様が逃げて来たことには変わらない』と、誰も情報漏らしてなかったっぽい」
ギディオンがもたらした追加情報に、私は恐縮してしまう。
「ええ……、ルクレシアの情報提供だってけっこうな金額もらえるみたいなのに……。なんか申し訳ないな……」
「いや、なんかな、今、聖女一行、すげえ鬼気迫った感じで動いてるっぽくて。『本当にただ保護するだけなのか……? この執着ぶりの集団に任せて、妹様がしあわせになれるのか……?』って疑問に思ったって、女どもが言ってた」
なるほどね。
私が『やっかいな人に目をつけられてしまって、身の危険があるから隠して連れてきた』と説明したものだから、やっかいな人とは、聖女様御一行のうちの誰かないし全員じゃなかろうかという解釈の余地があったわけだ。
聖女様御一行から兄への愛情のあまりの深さと苛烈さに、拉致監禁でもしようとしているのでは、そこから逃げて来たのではと、思わずにいられなかったと。
お兄ちゃん、やっぱりやりすぎだったんだって……! どうすんのさこれ……!!
私が兄をジッと睨むと、兄はサッと目を逸らした。
「いえ、私は単に、父から逃げつつ自分の身を守れる力を付けようとしていただけですから。どうやら保護してくださる気持ちがあるようですし、私は聖女様の元に戻ろうと思います」
兄がそそくさと告げると、ギディオンの表情がパッと明るく輝く。
「そうか! そりゃ良かった! なんか聖女がな、『ルクレシアお姉様不足で死んでしまう』とか言っているらしくてな? 聖女一行が段々剣呑な雰囲気になっているとか若干病んでいるんじゃないのかとか、その、けっこうなヤバそうな噂が聞こえてきていてだな……」
「ルクレシア、すぐに戻ろう! ずいぶん心配させているようだから! お兄様が飛んで連れて行ってあげるからね!」
私がすかさずそう提案すると、兄はぶんぶんと速やかに頷いた。
この世界の希望である聖女が曇っているとか病みつつあるとか、洒落にならない。
というか、攻略対象者どもはそれぞれ一国を背負っているような大人物ばかりだし、聖女アンジェラちゃんだって神殿に多大な影響力を持っている。
兄の失踪によって、色んな組織も大騒ぎになっているんじゃなかろうか。
すぐに、すぐに兄を戻さねば……!
「で、ギディオン、今聖女様御一行はどこにいるの? 僕らの母国に戻れば良いのかな?」
「ああ、今はどこなんだろうな……。聖女一行はすごい勢いで世直ししているみたいで、世界中を飛び回っているような騒ぎらしい。っつっても、お前ら神殿行ってきたんだろ?」
私の質問に、ギディオンはそんな風に問い返してきた。
「うん。神殿で洗礼を受けて来たんだから、当然そうだよ」
「じゃあ、神殿経由でもうお前らがここにいるって情報まわってんだろ。放っておいてもすぐにあっちが来るんじゃないか?」
ギディオンが当たり前のような顔で言った言葉に、今度は私から疑問を呈する。
「え。でも、僕ら特に神官さんに引き止められたりしなかったけど……?」
「そりゃそうだろ。注意事項これだぞこれ。お前らの行く手を阻んだりして、下手にもみ合いになって妹さんが怪我したらどうする?」
ぴらぴらとルクレシア捜索依頼書の紙を揺らしながら、ギディオンは言った。
確かに。心身共に少しも傷つけてはならないとなると、こちらに干渉はできなかったのか。
私たちの宿を調べて情報を聖女様御一行に共有するくらいが、精一杯なのだろう。
そして聖女がそれほどの状態であれば、おそらく神殿は精一杯を尽くした。もうまもなく迎えが来るような気がしてくる。
「他にも報告しておきたいことはあるし、まだすぐに動かなくて良いだろ。俺とルクレシアスが揃っていて、妹さんの祝福もあれば、もしお前らのオヤジやその手先が来たって返り討ちにできるし。下手に動かずどんと構えておこうぜ」
ギディオンの提案に、私と兄は、立ち上がりかけていたところからすとんとソファに座りなおす。
まあ、せっかくの高級宿だし、もうちょっとゆっくりしても良いかもしれない。
ギディオンにも隣の部屋をとってあげよう。
「ええと、他に報告しておきたいこと、というのは?」
「なんかな、ルクレシアス、お前、カーライル侯爵になったらしいぞ」
兄の問いかけに、ギディオンはなんでもないような顔でそう宣った。
「は?」
私と兄が揃ってぽかんとしているところに、ギディオンは淡々と聞かせる。
「お前のオヤジたちの正体がバレたのは、知っての通りだ。で、アークライト王国の王家がブチギレて、お前のオヤジとその長男、貴族籍剥奪になったらしいんだわ。なんか次男もいたらしいんだけど、そいつは自首して自分から継承権と貴族籍を放棄したってさ」
「え、え、えええ……?」
兄が困惑の声をあげているが、ギディオンは止まらない。
「んで、なんかそこで侯爵夫人? お前らの母親になるのか。が、三男ルクレシアスが生きているって明かしたそうな。で、アークライト王国王家は、ルクレシアス・カーライルに侯爵位の継承を認めた、とかって書いてあった新聞がこれだ」
マジか。
ぐしゃあ……、と新たにギディオンの懐から取り出された紙は、確かに新聞のようだ。
見れば、ああ、うん、確かにお兄ちゃんがカーライル侯爵になっているね。当面は母とその実家が代行していくそうな。
まあ父や長兄から侯爵位を剥奪するのに、誰かが名目上継いだ方がスムーズだったということだろう。たぶん。
「いや……、というか……、この新聞他にもなんかけっこう色々載っているね……?」
聖女様御一行のご活躍というか暴れっぷりがわかる記事が同じ紙面に書かれているのが見えて、私はそう呟いていた。
凶悪なモンスターが討伐され、名のある盗賊団が壊滅させられ、悪徳領主が罪を暴かれ、汚染されていた水源が浄化され、流行り病が根絶に向かい、……これ、ゲームシナリオ的に、もうだいぶ進んでいるな……。
ついでに、乙女ゲームでは特に出て来なかった人身売買組織とかもぶっ潰されたようで、私たちが森に籠ったり温泉でのんびりしたりしていた間に、ちょっと世界の治安が良くなってて笑う。万が一にも紅薔薇の姫君が攫われていたら大変だ、ということだろう。
……ん?
これもしや、原作乙女ゲームでいた中ボス、うちの父と長兄しか残ってないな?
「ねえ、ルクレシア、次兄が自首したとかいう件、君、なにか心当たりある?」
「ええと、二番目のお兄様は、お父様と一番目のお兄様に従っているだけの様子でしたので、その……少しお話を、いたしました」
私に尋ねられた兄は、おずおずと控えめに答えた。
つまり誑し込んだんですね。わかります。
この兄だもんな。傾国の美女(男)だもんな。
悪魔崇拝者の一人二人くらいは自分に寝返らせてもふしぎじゃない。
むしろ、長兄と父が誑し込まれなかったことが意外なくらいで。
次兄の自首は、ポーズではなく心からの反省によるものと見ていいだろう。だって兄がお話をしたのだから。
さて、整理してみよう。
生きたまま喰われて悪魔の力を増幅させる役回り予定だった次兄、紅薔薇の姫君ルクレシアに陥落。自首。
【
【悪堕ち熱血ヒーロー】ギディオン、特に悪堕ちしていない。
悪役令嬢ルクレシア=私、元々悪役やる気なし。魔女ルート回避。
で、この新聞に載っている情報を合わせると……。
うん、もう長兄と父しかいないわ、中ボス。
悪、もうだいぶ滅びかけじゃん。
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