第21話

 さて、そんなこんなで私と兄とギディオンで魔の森の最深部に籠ること、ちょうど二週間。

 すっかり兄は見違えた。

 いや兄の見た目は相変わらず華奢で可憐な絶世の美女(男)なわけだけど、中身というか、戦闘時の動き(兄の普段の動きは元から優雅で優美で洗練されていた所から変わっていない)とステータスが。


 さすがに私とギディオンと並ぶほどではないが、魔の森最深部のモンスターたちにも十分対応できるくらいの身体能力と数々の魔法を、兄は身に着けることができたのだった。

 これだけ強ければ、父ら悪魔崇拝者どもやその手先にだってそうは負けないだろう。


 夕方、天使が経営する宿、その一室で。

 この二週間の成果と、さてそれを踏まえ明日以降どう動くかを相談すべく、私と兄、そしてギディオンはテーブルを囲んでいる。

 私と兄が横並び、ギディオンがその対面。


「しかし、の使える魔法は、ずいぶん傾向が偏ったね」


 私の指摘に、兄はずーんと表情を暗くし、うつむいてしまう。


「ええ、偏りましたね……。女神様より与えていただけたのは、人の能力をあげる【祝福】系統ばかり。攻撃に使えそうなのは、が教えてくださった微弱な炎の魔法のみ……。あれほどお二方があれこれとご自身の使える技や術を伝授しようとしてくださったのに、どうにか、これ、だけ……」


「そう落ち込むなって、妹さん! それだけでも覚えられて良かったじゃないか。こう、相手をひるませるとかには使えるかもだし……、火起こしには便利だろ!」


 シュボ、と指先にちょっと強めの着火ライターくらいの炎を灯し、自嘲気味に弱弱しく笑った兄を、ギディオンが不器用に慰めた。

 かえって兄がますますしょんぼりするのと同時に、シュン……、と指先の炎も消える。


 そう、兄の能力が、随分偏ったのだ。

『女神様より与えていただけた』と兄が表現した、レベルアップに伴い自動で覚えた魔法が偏ったのは、まだ良い。ルクレシアスってずいぶんピーキーなキャラだったんだなという気はするけど。

 でも、手動(?)で指導してみた結果があまりに惨憺たる、というか、兄は本当に戦闘に向いていないんだな、と思わずにいられない結果だったのだ。


 兄は、魔法使いとしての素質が無いだの体質的に魔力が少ないだのというわけではないのに、なぜか攻撃魔法も回復魔法も覚えられないらしい。

 身体能力は上がったのに、攻撃はどうにも苦手なままというか、なんだかどこか危なっかしい。

 さすがに目の前に来た敵にメイスをえいやと振り下ろすくらいはできるけど、レベルをあげてもギディオンが指導しても、ずっとそれだけしかできないままだった。

 いや、ステータスが上がったので、その『えいや』だってそこそこの威力はあるんだよ。

 ただ、兄が自分から積極的に攻撃するとなると……、うん……。


「ま、まあ、自分にも祝福をかけられるようになったわけだし、それで威力をあげれば君の炎の魔法も攻撃に使えないって程じゃない。いざという時の自衛の手段はメイスもあるのだから、それほど問題ではない……んじゃないかな?」


 あまりのへこみっぷりに思わずフォローしてみたものの、兄はただうりゅうりゅの涙目で私を睨むばかりだ。


『それはそうだけど! 僕は! もっと! 男らしく戦えるようになりたかった!!』


 そんな兄の心の叫びが聞こえてくるような視線だ。

 自分にも祝福をかけられるはかけられるのだけれども、兄が輝くのは誰かに守ってもらいながらその誰かの力を底上げする時なのだ。どうしても。

 だって、兄には戦闘センスがないから。直接戦うのは他の人に任せた方が良い。

 私が派手な攻撃魔法を、ギディオンが強力な大剣スキルを使ってガンガン敵をぶっ倒すのを目の前で見続けたせいもあって、それがとても不服なのだろうな……。


 しかも、レベルアップに伴い覚えた兄の魔法が、悉くキレイ系かカワイイ系の無駄にキッラキラのエフェクトがかかっていたものだから。

 私セレクトの装飾過多なメイスも相まって、完全にサポート系魔法少女(男)って感じに仕上がってしまった。

 なんか申し訳ない。

 でも、いくら私にゲーム知識があっても、レベルはあげられても系統は変えられないんだ……! 無力な私を許してくれ、兄よ……!


 そんな私の祈りが通じたのか、兄は吹っ切るようにそっと眦の涙を指先で拭い(掌や拳で雑に拭ったりしないところがうちの兄は可憐だよなとしみじみ思う)、背筋を伸ばしてから深々と頭を下げる。


「とにもかくにも、ここまで私を育てていただき、ありがとうございました。お兄様、ギディオンさん」


「どういたしまして。よくがんばったね、ルクレシア」

「そう、妹さんはがんばった! とにかく身を守れるだけの力はついたわけだからな! 胸を張って良い!」


 私とギディオンがそう応じると、兄は顔をあげて、照れくさそうにふにゃりとはにかみ笑いを浮かべた。

 うん、男らしいの女々しいのはともかくとして、こうして無事に兄のレベルは上がったのだから、目標達成! めでたい! とりあえず一安心! ということで。

 次は洗礼を受けに行って、兄を聖守護騎士候補と認めてもらうターンだ。聖守護騎士云々はギディオンには言わないけど。


「さて、それじゃあ、これからのことだけど……。僕とルクレシアは、神殿に洗礼を受けに行きたいんだよね」


 私がそう切り出すと、ギディオンがふしぎそうに首を傾げる。


「洗礼? って、なんか意味があるのか? お貴族様はなんかみんな受けているみたいだけど、悪魔を実際に退けるような力や加護みたいなのがもらえるとかではないんだろ?」


「まあ、それはないけどね。父が悪魔崇拝者だという話はしただろう? 彼は僕らに洗礼を受けさせることを嫌がっていた。ならば、何か意味がある、のかもしれない。少なくとも、僕らが父と決別したというのは示せるだろう。父の正体を暴くことに成功した際に、大きな意味が出ると思う」


「はー、そんなもんか。じゃあ、これから全員で森を出て、どこかの村か街の神殿に向かう感じか?」


 私の嘘ではないがそれだけでもない説明に、ギディオンは納得してくれた。のは、良かったのだけれど。

 そうだよね。普通ギディオンもいっしょに来る流れだよね。

 兄のあまりの貧弱さに、『俺が守護らねばならぬ』みたいな気持ちになっているっぽいし。


 ただ、さすがに神殿に洗礼を受けに行くのに、性別と名前を偽ったままというわけにはいかない。

 ギディオンについてこられると、正直困る。

 あと、『せいぜい大混乱してくれよ、カーライル侯爵家!』と兄を攫うのに合わせていきなり侍女や奥様が砂のように崩れ落ちる怪奇現象を仕込んできたわけだけど、その結果も気になっている。大混乱してくれただろうか。

 というわけで。


「申し訳ないのだけれど、ギディオンには、別に頼みたいことがあるんだ。この二週間で、魔の森の外の世間がどのようになっているのか、特にルクレシアが消えてカーライル侯爵家がどうなったかの情報を集めてくれないだろうか?」


「私どもが人々に聞いてまわるわけにはいきませんし、私の捜索状況によっては、大きな街にただ行くことも控えた方が良いかもしれないので……」


 私からギディオンへの頼みに兄が控えめに補足を付け加えると、ギディオンはふんふんと頷いてくれる。


「ああ、なるほどな。じゃあ、俺は人の多い所に……、一度ギルド本部に戻って色々聞いてまわってくるか。追手がそこまで来ていたり、俺らが妹さんを連れまわしていることがバレてても、俺一人ならどうとでもできるしな。で、その後はどうやって合流すりゃ良い?」


「僕らはそれほど人の多くない村で洗礼を受けるつもりだから、一通りの情報を集め次第、ギディオンにもそっちに来てもらおうかな」


 そう答えてから、さてどの村で洗礼を受けようかなと考える。

 村だと神殿自体がない所も多いからな。【人形遣い】ネイサンとその妻マリリンのいる村にもなかったし。

 いやまあ、カーライル侯爵領は全体的に神殿が少ないんだけど。さすが悪魔崇拝者の支配する領地。


「うん、あそこにしよう。あの、魔の森の南側にある温泉がある村が良い。それほど大きな村ではないけど、温泉に保養に来るような層を狙ってか、村の規模に見合わないようなしっかりとした神殿があるから」


「ああ、ルクレシアスお気に入りの村か……。どうせお前はまた、クソ高い宿のクソ高い部屋に泊まるんだろうな……」


 私の説明に、ギディオンは呆れたようにそう返してきた。


 仕方ないでしょうが。私、性別を偽っている以上、大衆浴場なんかいけないんだから。

 そして、ここらで温泉というと日本の温泉旅館っぽさは全然なくてスパな雰囲気なんだけど、それでも温泉とあらば入りたいのが元日本人の性。

 となれば、個室に温泉を引いた浴室が付いている部屋一択ですよ。そうすると、村でも最高級の宿の一番高い部屋になっちゃうんだけどさ。

 そんな所にしかも一人で泊まる私に、このお金の使い方は理解できないとギディオンは前々から呆れているのだ。


 でも今回は、お兄ちゃんがいるもんね。

 この二週間の労をねぎらうためにも、二人で高級宿を堪能しちゃおーっと。

 温泉でますます綺麗になっちゃおうねー、お兄ちゃん。


 この辺りの村事情がよくわからないためか話についてこられず小首を傾げている兄に、私はそんな思いを込めてニヤッと笑いかける。


 ……二週間の森籠りでもちっとも衰え知らずのこの美を更に磨くだなんて、もはやなにがしかの法に触れるか……? とも一瞬思ったが、それは気のせいということにしておこう。うん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る