第20話

 私とギディオンは今やほとんどレベルがカンストしていて、世界最強格を自称しても差し支えないだろうラインまできている。

 現状人類サイドで私たちと張り合えるのは、リンランディアくらいのものだろう。

 そんな私とギディオンにとっては、たとえラストダンジョンである魔の森の最深部に出現するモンスターだろうと、大した敵ではない。

 余裕を持って相手取ることが可能であり、攻撃手段を潰し身動きを封じあとほんの少しで絶命するだろう瀕死の状態まで追い込むことだって朝飯前、というほどではないがまあできなくはない。


「えいっ」


 そんな気の抜けるような掛け声とともに兄が放つ、擬音を付ければポコッ程度だろうあまりに可憐な弱弱しい一撃。

 しかし、兄が握っているのは原作ゲームにおける最強武器だ。

 装備武器によるステータスの底上げが大きく、なによりそれで倒せる程度(というか、正直放っておけば勝手に倒れてしまいそうなぐらい)にまで私とギディオンが痛めつけているため、モンスターたちはあっさりと絶命に至る。

 それをひたすら繰り返すうちに、兄の動きは見る間に洗練されていった。


 より早く、より鋭く、より力強く、より美しく。

 ステータスやレベルなんてこの世界では目に見えないのに、目に見えて、目を見張る程、面白いくらいに、兄はどんどん強くなっていく。


「……あ。


 やがてその瞬間がやって来た。

 レベルアップを繰り返すうちに、兄はなにかスキル、あるいは魔法を覚えたのだろう。

 少し先を行っていたギディオンが私と兄の元へと戻ってきて、尋ねる。


「けっこう早かったな。妹さん、いったいどんなのを覚えたんだ?」


「えっと、魔法、みたいです。【速さの祝福】という魔法の名前と効果とその使い方が、私の頭にふっと浮かび上がって来て、使えるようになった感じがしています。【祝福】系統は、他者の能力を底上げする魔法のようです。なんともふしぎな感覚ですね、これは」


「やっぱり魔法使い系統か。良かった。妹さん、失礼ながら直接戦う事はあまり向いていないもんな。俺にその祝福とやらをかけてみてくれ。その上で俺がモンスターを倒せば、妹さんも強くなる……、んだよな?」


 兄の返答に失礼な事をぶっこきつつ、ギディオンは最後は私に視線を寄越して尋ねてきた。

 うん、兄が祝福バフをかけたギディオンがモンスターを倒せば、今までのように直接兄が攻撃しなくとも兄にも経験値が入るはずだ。


「その理解であっているよ。ここからは手加減なんて考えず、全力で戦ってくれ、ギディオン」


「よっしゃ任せろ! だいぶやりやすくなって助かる! いやー、良い系統に目覚めたな、妹さん!」


 そんな私と相棒のやり取りに、兄はむぅ、と不服そうに頬を膨らませた。


「そう拗ねないでくれよ、僕のかわいい。君は本来人に守られるべき立場なんだし、自ら戦うのに向いていなくても当然だろう?」


「そうそう。直接戦闘なんざ、野蛮な庶民にやらせときゃ良いんだよ。……って考えで、モンスターと戦って己を鍛えるのを好ましく思わない層が、お貴族様には多いらしいな。特に、自分の妻や娘があまり強いというのは気に食わない男が多いとか」


 兄を宥めにかかった私に続いたギディオンの相槌に、私は表面上はうんうんと頷きながら、内心若干焦る。


 マジか。私、レベルがほぼカンストしているんだが。

 兄ならどれほど強かろうがその魅力は少しも揺るがないだろうが、私、そういう意味でも、嫁の貰い手がいない……?

 そういえば、母も魔法の才能こそありそうだったのに、あまり鍛えていた感じはなかったな。

 ……まあ、貴族ではそういう層が一定数いるという噂を、ギディオンが聞いたことがあるというだけだろうし。

 庶民では全然そんなことはないだろう。というか実際ないわ。冒険者ギルドでは、むしろレベルの高そうなレディの方がモテていた。男でも女でも強い奴がすごい奴。よしセーフ。


「私の非力さは元より理解しておりますわ。まして、一流の冒険者であるお二人に張り合おうなどとは思っておりません。ただ、ギディオンさんとが、随分仲が良さそうに盛り上がっていらしたので、私をのけ者にしないでくださいませ、と言いたかっただけです」


 ひとしきり拗ね終わったのか、ふいにふうとため息を吐きながら、兄は言った。

 別に結婚できなくても良いか! 私にはこんなにもかわいい妹(兄)がいるし!


「ふふ、そりゃ、戦闘面ではギディオンは僕の相棒だけれども。僕が一番大切にしているのは君だよ、僕の片割れ、最愛の君」


 私が兄の髪をそっと撫でながら告げると、兄の頬は薔薇色に染まり、ギディオンが呆れたような表情で同意する。


「そうそう。こいつ、けっこう俺の扱い雑だぜー? ……いやまあ、その雑な扱いも、俺ならできるだろうみたいな信頼感を感じちまう自分もいるんだが。いや本当、お前の兄貴めちゃくちゃタチ悪いぞ、お前さん以外に対しては」


「もう、お兄様ってば、調子の良いことばっかりおっしゃって……。本当、うちの兄は質が悪いですね、ギディオンさん。申し訳ありませんでした、私のためにしていただいているのに、余計な時間を取らせて。さ、続きをお願いしますわ。……【速さの祝福】!」


 気持ちの整理がついたらしい兄は、可憐な声音で覚えたばかりの魔法を唱え、ギディオンにかける。

 キラキラキラと黄金に輝く光がギディオンに降り注ぎ……、なんかお兄ちゃんの魔法、えらいキレイなエフェクトかかってるな、初期魔法のくせに……。こんなの初めて見るんだけど。

 なんでだ。兄が美少女(男)だからか。

 無駄にかわいいメイスを持っているせいもあって、見た目が完全に魔法少女(男)って感じになっているんだが、うちの兄。

 世界から兄へのひいきを感じる。


「おおー。お、おおー? ……やべえ。何かが変わっているんだろうが何が変わったのかよくわからねぇ。戦ってみればわかるか……? ちょっと行ってくるわ!」


 とんとん、とその場で足踏みをし、素振りをし、しかしギディオンは兄のかけたバフの効果があまり実感できないようで、ひとしきり首を捻ったかと思うと走り出した。

 兄とギディオンのレベル差とステータス差、エグイからなぁ。

 ギディオンが実感を抱けるほどのバフは、まだかけられない、のかもしれない。

 いやうちの相棒があまりに大ざっぱすぎる可能性もあるけれど。


「はーい気をつけてー」


 既にもう聞こえてないかもな、という所まで走って行っている相棒の背に声をかければ、『おうよ!』とでも言うかのようにギディオンが大剣を軽く振るのが見える。

 そのままの勢いで、ギディオンは駆けて行った先の樹の枝に斬りかかった。

 どうやらそこに枝に擬態し身を隠していた虫型のモンスターがいたらしく、戦闘が始まり、そしてあっさりとギディオンの勝利で終わる。

 あんなとこにモンスターいたんだ。気づいてなかった……。あいつの野生の勘すごいな。

 というか、ギディオン、こうして見ると普段の1.1倍速くらいで動けているような? 兄の魔法も無意味ではなさそう。


 その辺りまで考えたところで、私の服の袖をくいくいとひっぱるのは、可憐な魔法少女(兄)。


「なんだい、ルクレシア?」

「お兄様、私、ギディオンさんに、負けませんから。誰にも、譲りませんから」


 私が尋ねると、兄は決意を秘めた眼差しでそう宣言した。

 この勝ち負けは、戦闘能力の話ではなく、私からの愛情を競う的な話だろう、たぶん。


 攻略対象者片っ端からおとしたの、私のためって言っていたよね? 私の結婚相手ないし交際相手を用意してくれていたのでは? なのに、誰にも譲らないの?

 とは、万が一にもギディオンに聞かれたら困るので言えないが。


「……僕のために、条件の良い人を集めていたのに?」


 一応小声にしながらそうとだけ問いかければ、これだけで理解してくれたらしい兄は、うっと気まず気に視線を逸らし、ぼそぼそと答える。


「あの人達は、私が見極めた方々ですし……。それに、ギディオンさんの場合、なんだか妙に親し気というか、家族やきょうだいの距離感にいるような気がして……」


 なるほど。ルクレシアの優秀な信奉者は幾人いても良いけれど、きょうだいのポジションは誰にも譲りたくない、と。

 実に複雑な兄心だ。


「いや、うん、僕とギディオンは男同士の友情を築いているわけだから。それで心酔だの信奉に至っていてたら、逆にこわいだろう」

「それは、そうですけど……」


 私の指摘に、兄はシュン、としょぼくれたように、でも仕方なさそうに頷いた。


 でもそういえばうちの相棒、これまで兄(ルクレシアのすがた)に、見惚れたり見蕩れたりすらしてないな。

 それはたぶん、ギディオンが私と先に知り合っていたかつ彼がとても義に厚いので、(主に火竜の件で)恩のある相棒の大切な妹を邪な目で見るわけにはいかないという強い自制心が働いているのだろうと思うけれど。それにしたってすごい。

 兄にとっては、そこも思い通りにいかない、普通と違う、という感じがして、なんだか不安になってしまうのかもしれない。


 賢者と呼ばれるエルフに魅了の魔法を使っていると疑われる程に周囲を魅了しまくったあげくその賢者すらもおとした少女が、ちっとも自分の思い通りになってくれないただ一人の男に出会った。

 これで兄が真実ただの美少女であれば、なんだか恋物語でも始まりそうな流れなのだけれども。

 兄は男であり、しかもどうやら聖女ヒロインアンジェラちゃんに惹かれつつあるところなのだ。残念。

 むしろギディオンは、私と(主に戦闘で)息の合ったところを見せれば見せる程、きょうだいポジションを争うライバルと目され警戒されてしまうようだ。


 ……まあ、兄が多少面白くなく思ってくれているくらいの方が、ギディオンの自制心が揺らがなくて良いか。これ以上の泥沼はいらない。


 そんな結論に達した私は、先ほどの虫型のモンスターがどうやら死の際に救援を求めるフェロモンでも発していたらしく、大量の虫型のモンスターが飛来しつつあるのにおたおたしている相棒を助けるべく、氷の魔法を放つ。


 あ。

 兄に私にバフかけてもらうの忘れてたな。せっかく大量の経験値があっちからやって来てくれたのに。

 それに気が付いた頃には、大量の虫型モンスターは全て凍り付き地に落ち、端からギディオンに砕かれつつあるところだった。


 ……ギディオンがとどめをさしたから、セーフ? かな?

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