第19話
そんなこんなで宿に入り、荷物を置かせてもらう都合上借りっぱなしにしている二部屋のうち一部屋で、私たちは軽いミーティングを行っている。
追手が来られないだろうここまで無事に来られたことだし、ギディオンにはこれからしばらく兄のレベルアップのために力を貸してもらうわけだし、森を出た後も父とのことで協力を願うだろうし。
そんなわけで、父が悪魔崇拝者であること、ルクレシアの身が父に狙われているため兄は逃げて来たことだけを、ギディオンにざっくり説明したところで。
「先手を打って、その悪魔崇拝者のオヤジを殺すってのはダメなのか?」
「父が悪魔崇拝者である証拠を世に示せればまだしも、表面上うまいこと侯爵をやっている父をどうこうすると、僕らが犯罪者になっちゃうかな……」
「一応私どもの父ですし、できれば穏便に済ませられればと……」
さらりと物騒な事を尋ねてきたギディオンに、私と兄は揃って苦笑いしながらそう返した。
正直、考えないでもなかったけどさ。こっそり暗殺とか、事故を装ってとか、魔女にされそうなその時に反撃して勢いのまま正当防衛でうっかりとか、何かしら手段はあるんじゃないかって。
企みを一個一個潰すのではなく、最初から諸悪の根源を断ってしまえば良いのでは、ってね。
ただ、兄の言った通り、一応私たちの父親なんだよね、あの人。
企みが悉く上手くいかなかった結果、改心とまではいかなくとも心折れて挫折してくれるならその方が良い。
それに、父ってば、『生身で聖女様ご一行と戦闘して負けて悪魔の力でアンデッドになって二回戦』の人だし。
それもラスボス一歩手前の終盤に出る中ボスなので、アンデッド状態の父を討伐するには、相当レベルが高い聖女が必要。
なので、現状父には手出しができない。
ギディオンにこんなことまで明かすことはできないんだけどさ。前提として、私の秘密の全部を話さなければいけないから。
まだそこまでは彼を信用しきれていない。主に、うっかり秘密を暴露しかねないなという意味で。
ギディオン、良い人は良い人なんだけど、嘘を吐くだの秘密を守るだのが得意な方だとはとても思えないんだよな。良くも悪くも裏表が無い。無さすぎる。
「まあ、父の事は良いんだよ。この宿の中はまず安全だし、この広大な森の中で父の追手に見つけられることはまずないだろうけど、一応警戒はしておいてくれというだけで。今はとにかく、父に対抗すべく、ここでこの子に自分の身を守る力をつけさせたいんだ」
私が話を切り替えると、兄は小首を傾げながら尋ねてくる。
「えっと、ここでモンスターの狩り、のようなことをするのですよね? そうすると強くなるとお兄様はおっしゃってましたが……、私のように、これまで鍛錬らしい鍛錬をしたことのない者でも平気なのでしょうか?」
「ああ、妹さんはモンスターを倒したことがないのか。まあ侯爵家のご令嬢ならそんなもんか。一応、女神様や人類の敵にあたる存在を倒すと、その働きに対する報酬として女神様の祝福が与えられその人の才能が開花するって言われているが、実際経験してみないとよくわかんないだろうな」
つまり、レベルアップとそれに伴うステータスアップとスキルや魔法の取得ですね。
って、元の世界の人にならさっくり理解してもらえるだろうになー。
この世界では、『なんかよくわかんないけど実際にモンスターを倒せば倒すほど強くなるし色々できるようになる。きっと女神様が祝福を与えてくださっているに違いない』みたいな理解なのだ。
レベルもステータスもきちんと数値化されていたりはしない。より強い敵を倒した方がより早く強くなれるということは実体験を元に広く知られているが、経験値なんて概念もない。
「まあ、よくわかってなくてもここで何日か狩りをすればすぐに実感すると思うよ。それにあたって、ルクレシアにどの武器を使ってもらおうかな……。ギディオン、どう思う?」
「んー、妹さんは全くの素人なわけだよな? なら、刃物は止めておいた方が良い気がする。ルクレシアスも魔法使いタイプだし、無難にメイス系統っていうのはどうだ?」
私がアドバイスを求めると、ギディオンは難しい顔をしながらそう答えた。
「なるほど。じゃあこの辺かな……。あー、これはちょっと重いか。こっち、か、コレ……?」
宿の一画に雑に積んでいる武器類の中から、兄に良さそうな物を選ぶ。
ゲーム的に一番強かったのは今私が右手に持っている物だけど、装飾過多で兄が持つとかわいすぎるかな……。本人嫌がるかも……。
いやでも、この魔法少女な雰囲気漂う装飾過多なメイスを持つ兄、見た過ぎる。これでいこう。
「おまっ、それを持たせるのかよ……」
「ルクレシア、これなんか使いやすいと思うんだ。ちょっと持ってみてくれる?」
私が持ち出した装飾過多なメイスを見てギディオンが漏らした言葉を無視しながら、私は兄にそれを差し出した。
一瞬だけメイスを見る目が険しくなった兄だったが、ギディオンの手前『もうちょっと男らしいのが良い』とは言えない彼は、ニコリと微笑みそれを受け取る。
「ありがとうございます、お兄様。……けれど、これほど美しい物をモンスターに打ち付けるというのは、なんだか躊躇われますね……」
「ああ、これはまず絶対に壊れないよ、ヒヒイロカネでできてるから。どんな硬い敵だって、ガンガン殴って大丈夫。うん、やっぱり君にはこの輝く赤が似合うな」
諦め悪く迂遠な遠慮をしようとした兄に、私はニコリと微笑んで返した。
「……は?」
幻の金属ヒヒイロカネでできた武器。
自分の手の中のそれがあまりに信じがたかったらしい兄は割と素の声でそうこぼし、それをギディオンが宥めに(?)かかる。
「諦めろ妹さん。ルクレシアスに、常識は通用しないんだ……! どこでどうやって見つけて来たんだよこんなもんって武器を、ぽんぽん出してくるような男なんだこいつは……!」
どこでどうやって見つけて来たって、ゲーム知識をフル活用して、良さげな店売りの武器を買いに行ったり入手イベントをこなしたりしたんですよ。普通に。
盗んだり拾ったりした物ではないのだから、責められる謂れはない。
まあ、入手イベントがある武器なんてのは、各キャラの最強武器ってやつだけどさ。
今兄が手にしているのは、確か【
武器名も確か……、やめようかこの話。原作ゲームネイサンの闇があまりに深い。
「……破損を気にせず使える武器というのは、とても便利ですね。助かります。ありがとうございます、お兄様」
私が原作ネイサンに思いをはせているうちに、兄の覚悟が完了したらしい。
兄は、実に良い笑顔でメイスを握りしめながらそう告げた。
ギディオンは、そんな兄に出来の良い後輩を見るような優しいまなざしを向けうんうんと頷く。
「そう、その気持ちだ。ついでに、妹さん、出発前に今ここでひとしきり驚いておこうか。ルクレシアス、怪我をしたらどうすれば良いんだ?」
「僕とギディオンが揃っていてけが人が出るなんて、いくら魔の森でもまずないでしょ。でも、万が一の時は、エルフから手に入れた秘薬があるから、損傷部位にかければだいたいの怪我は一瞬で治るよ! あ。これ、ルクレシアにも何本か持っておいてもらった方が良いか。はい」
「えっ、エルフの秘薬って、各国王家がどうにか一、二本確保しているような物じゃ……、えっ、こ、こんな何本も、えっ!?」
「あー、ここの宿、こんなところにあるだけ感謝しなきゃいけないけどさ、ちょっと布団がペラペラだよなー」
兄の戸惑う声にかぶせる様に、ギディオンはどこかわざとらしくそう言った。
「ここには最低限の設備しかないものね。安心してルクレシア。この棚にこの周辺で現地調達した毛皮を何十枚か置いておいたから、敷くにも掛けるにも、何枚でも使うと良いよ」
私が棚を開けて中の一枚を取り出し広げながら示すと、兄は額を掌で押さえながら首を振る。
「待って、待ってくださいお兄様。その、現地調達した毛皮とやらと同じ物、私神聖帝国の宮殿で見ましたわ。それも、皇帝陛下がお気に召していると聞いたような……」
「ああ、これすごい手触り良いし耐火性能が高いもんね。良い毛皮だよ。でも、この辺りじゃ珍しい物ではないから、気にせず気軽に使うと良い」
くるくるっと巻いて毛皮を棚に戻しながらの私の助言を聞いた兄は、バッとギディオンを振り返った。
『そんなことはない。あるわけない』とでも言うように半笑いで首を横に振っているギディオンを見た兄は、「くっ……」と苦悶の声を上げる。
「なあルクレシアス、まさかこの辺鄙な宿で風呂なんてとても望めないよな?」
「お風呂、欲しかったよね……。露天で良いなら作れそうな気もするけど、安全地帯がそこまで広くなさそうだし、さすがにちょっと難しいかな」
そんなギディオンと私のやり取りに、兄はがっかりではなく、なぜかちょっと嬉しそうにほっと息を吐いた。
「でもねルクレシア、僕が魔法でお湯は出せるよ。大きめの桶を以前に持ってきて宿に置かせてもらっているから、顔と髪をただお湯で洗うことと、お湯に浸した布で体を拭うことくらいはできるからね」
私がそう続けると、兄の表情はぴしりと凍り付き、横からギディオンの呆れたような声が聞こえる。
「くらい、じゃなくて、この辺じゃそれが普通だっての。それすらもロクにしてないのだって、冒険者の男には多い。湯船につかるなんざ、お貴族様の美容法の一種だろ」
まあこの辺、日本と違って湿度が低いから、それで十分って説もあるけど。
元日本人としては、本当は毎日お風呂に入りたいところだ。
「妹さん、食事に関しては比較的普通だ。俺らが街から持ち込んできた調味料があるから、ここらで狩ったモンスターの肉を中心に食う」
「ああ、ようやく常識的な話が……。良かった……。あの、ギディオンさん、なんというか、これまで困惑が多かったでしょう。うちの兄が、申し訳ありません……」
「良いさ。相棒には、その分助けてもらっている。でもまあ、お互いに苦労するよな……」
ギディオンと兄はそんなやり取りをして、ニコ……、と力ない笑みを交わした。
兄は私がどこからその常識外の知識を手に入れたか知っているわけだし、そこまで言わなくても良いんじゃないかなと思うんだけど……、まあ、ギディオンと兄が何か通じ合ったみたいで良かった。ということにしておこう。
私の中のかわいいの一番の座を取り合うライバルのように兄は一瞬考えたようだけど、そこから比べるとかなり友好的な関係を築けたものだ。
「さ、おしゃべりと休憩はこのくらいにして、さっそくモンスターを狩りに行こう! ルクレシア、僕とギディオンで無力化まではする。君は僕の指示を待ってとどめを。ギディオン、第一にルクレシアの身の安全を優先。その上で敵を程よく弱らせようか」
「承知しました、お兄様」
「おう。任せろ」
私の誘いに、兄は楚々とした笑顔で、ギディオンは力強く、それぞれ応えた。
こうして並ぶと、美女と野獣みたいな雰囲気がちょっとあるな、この二人。
美女(男)だけど。
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