第14話
私が冒険者ルクレシアスとして活動するにあたって拠点としている国、バルダヴィーニ共和国。単に共和国と呼ばれることも多い。
ここは、冒険者たちの国だ。
魔の森と呼ばれる強大なモンスターが生息する広大な森がその国土のほとんどを占め、かつてこの国は、魔の森からのモンスターの氾濫によって人がまともに住める国ではなくなった。
その際にこの地を支配していたかつての王家は国を捨て逃げ出し、以後ここは共和国となっている。
そこに世界中から優秀な冒険者たちが集い、数多の犠牲を出しながらもモンスターたちを狩りに狩り、魔の森をどうにか安定させるまでに至ったそうだ。
現在では冒険者たちにとって魔の森はむしろ素材の宝庫、美味しい狩場。
この国の住人たちはかつての歴史から冒険者たちを大切にしてくれており、また世界中に支部を持つ冒険者ギルドの本部が置かれていることからも、冒険者たちにとって非常に活動がしやすい国だ。
余談だが、この地を支配していたかつての王家とやらの遠い子孫がカーライル侯爵家らしく、先祖のがっかり加減にちょっとがっかりしてしまう。
そんな縁(?)もあってか、原作ゲームシナリオでは後にこの共和国で父の最後の企みが実行され、ここが悪魔崇拝者たちと聖女様御一行との最終決戦の舞台になったりする。
つまり、魔の森=ラストダンジョン。
兄のパワーレベリングにも最適というわけですね。
早朝、共和国へと向かうべくカーライル侯爵領北の村を出発し、更に北西へ。
侍女らしい地味な服でもその美しさを全く隠し切れていない兄と、男装の冒険者姿の私は再びの空の旅。
当然兄をお姫様抱っこをしているのだが、これは私が細身とはいえそれなりに背がある兄を軽々抱えられるほど鍛えに鍛えたマッチョなわけではなく、魔法で自分の体を強化しているのでできていることだ。
まあ、インドア派の兄よりは多少は素の身体能力も鍛えているけど。
妹に抱き上げられることが不満なのか女装継続が不服なのか、なんだかしょんぼり気味だった兄は、しかしいざ空を飛び始め朝日がキラキラと輝く中を行くうちに、やはりハイテンションにはしゃぎ始めてくれた。
そんなわけで、またしても兄の声援を受けてかなりかっ飛ばして空を飛ぶこと約半日。
私たちは共和国へと到着。
一旦魔の森に降りたって、数日ここに籠っていましたみたいな顔をしながら森から出、冒険者ギルド本部のある街へと向かった。
不法入国じゃないかって?
空に国境はないし、空経由の入国を縛る法律とか今のところどの国にもないって(原作ゲームで)【知的好奇心のままに旅するエルフ】リンランディアが言っていた。
あの人も好き勝手色んな国に飛んで行ってるはずだけど、特に咎められていない。
よって、これは、強いて言うなら脱法入国なのである。
空を飛ぶのってかなり難しいらしいんだよね。
少なくとも、私は私とリンランディア以外にできる人を知らない。
よって、そんなのを縛る法律をどこの国もわざわざ作っていないのだろう。
きちんと国境を越えていない兄の扱いはちょっと難しくなるが、兄の扱いが難しいのは元々なので気にしない。
そんなこんなで兄とともに街へ入り、とある人物と合流するあるいは合流できるよう手配してもらうために、冒険者ギルド本部へと向かう。
「きゃー! ルクレシアス様よ!」
「ああ、【極炎の貴公子】ルクレシアスのお出ましか。あいつがここに来ると女どもがうっせーんだよな……」
「ずいぶん久しぶりにルクレシアス様のお姿を見た気がするわ。ご無事で良かった……!」
「ルクレシアス様ー!」
ギルドに入った途端、いつも通り騒ぐ女性陣に手を振って、巻き起こった騒ぎに嫌そうな顔をしている男性陣にはぺこりと軽く頭を下げた。男性陣は『しかたねーな』とばかりに苦笑いを返してくれる。
ふと見れば、上品な場しか知らない兄は冒険者ギルドの雑多な雰囲気に驚いているらしく、入り口で固まってしまっていた。
「おや、かわいい君は、びっくりしてしまったかい?」
兄を振り返りそっと手を差し出してエスコートをしようと試みると、兄はなにをそんなにビビっているのか、おそるおそるそーっと私の手に手を重ねる。
「ひっ」
「ええっ!?」
「な、なんで!」
「いやぁっ!」
瞬間、ざわっとレディの皆様方が短い悲鳴を上げ、何事かと私は周囲を見渡す。
すると、そのうちの一人と目が合った。この子、っていうか、女性陣みんな随分顔色が悪いな。なにがあったんだろ。
「ル、ルクレシアス様、そ、そちらの美しい女性は……、ルクレシアス様と、どういう関係で……?」
「ああ、僕の妹だよ。美人でしょう?」
「……妹! 妹様! なるほどなるほどなるほどぉっ! ルクレシアス様そっくりな黄金の御髪に、深紅の瞳。確かに確かにその方はルクレシアス様の妹様に間違いないですねっ!」
レディの問いかけに答えると、ぱああと、彼女と周囲の女性の表情が明るく輝き、うんうんと納得してくれた。
……? 兄が美しすぎて人外かなにかかとでも思ったのかな……?
まあ良いや。
ついでにテキトーに話しておこう。
「妹は、とある貴族家の屋敷にいたんだけどね。この子ってば、これだけの美貌だろう? やっかいな人に目をつけられてしまって、身の危険があるから隠して連れてきたんだ」
「ああ……」
私の説明に、一同から納得の声が出た。
嘘は言っていない。
兄はカーライル侯爵家の屋敷にいたし、やっかいな人(父)に目を付けられていたのも事実だ。
人形がいざとなれば兄を護るため戦う予定だったが結局未遂事件すらまだ起こっていないが、父は兄を魔女にしようとしていたのだろうから。
ただ、侍女の服を着ている兄にこの説明を付けると、どこかの使用人をしていたけれど手籠めにされそうになったから逃げて来たみたいな感じにみんな誤解するだろうな。それで良い。
「そんなわけで、みんな、この子のことはできるだけナイショにしておいてくれると嬉しいな」
「親を人質にとられたって言いません」
「どのような拷問をされようと、決して口を割らないことを誓います」
「バラした奴は、全員で袋叩きにします」
「袋叩きじゃヌルいわよ。手足の骨全部逆に折ってから魔の森に叩き込みましょう」
「そうね。おいわかったか男ども。裏切ったらギルド中の女が敵に回るからな」
「言わねーって。ルクレシアスにゃ世話になってるし、あんな美人のお嬢ちゃんのためだしな」
「そうそう。さすがに俺らだってそこまでバカじゃねーよ。あの子のことは誰にも言わない、絶対に」
私の頼みに、すぐに女性陣が、次いでそれにひきつった顔をしつつ男性陣も、みんな力強く返してくれた。
いや、一応嘘も吐いておいたしすぐに魔の森に籠る予定だし、別にそこまで重く考えてくれなくても良いんだけど……。
仲間意識ってやつかしら。冒険者の結託って、強いなぁ。
「……お兄様。あなたという人は……」
兄は心底呆れたような声音でそう呟いて、頭痛を堪えるようにこめかみをもんでいる。
しまった。私がここでレディの皆様を無差別に口説いてまわっているみたいな誤解をされたか?
「えっと、違うんだよ。冒険者ってほら、強い奴はすごいみたいな感じでね? そう、ここのみんなは僕の魔法の腕を評価してくれていて……」
「はいはい、そうですね。ほら、いつまでも出入り口で騒いでいては皆さんの迷惑になりますから。さっさと用事を済ませてしまいましょう、お兄様」
わかってくれている気がしない。
でもまあ、さっさと用事を済ませた方が良いのは事実。
さらりと私の主張を流して私の背を押す兄に促されるままに、私は受付へと向かった。
いくつか並んでいる窓口のうち、接客があまりに冷たすぎて(余計な会話をしない分仕事が早いのもあって)いつでも空いている受付嬢さんの前に立ち、尋ねる。
「僕の相棒、今どの辺にいるのかな? あまり遠くには行かないように頼んでおいたんだけど……」
「ギディオン様は、今日は南二番通りで荷の積み下ろし作業に行ってますね。あと一時間もしないうちに一度戻ってくるかと」
「何やってんのあいつ。そんな新人冒険者の仕事奪うなよ、このギルドでも随一の実力者が。よほど暇だったのか、筋トレの代わりにってところかな……。まあ良いや。そしたら、あいつが戻ったら伝言をお願いできるかな? 僕らここの二階の食堂でご飯食べてるから、そっちに来てくれって」
「承知しました」
さらりと答えた受付嬢さんは、さらさらと手元のメモに書きつけると、私から視線を外してもう対応を終えたという態度をあからさまにした。
「ありがとう。よろしくね」
私が笑顔で礼を言っても、そんなものには意味も感じないし興味もないとばかりに、まるで私のことは無視して彼女は事務仕事に取り掛かる。
うん、やっぱり良いな。
この人以外の受付嬢さんだと『なら、私もいっしょに……』とか『今夜のご予定は……』とか『週末に観劇に……』とかなんか余計な話が始まって長くなるんだよな。
だから私は、いつもこの塩対応の冷たい態度の受付嬢さんの受付に来るようにしている。仕事できるし。
さー、なにを食べようかな。
相棒と合流したら早速森に入ろうと思っているから、ここでちょっと贅沢に食べておきたいな。
そんなことを考えながら、私は兄の手を引き冒険者ギルドの二階、その一角に併設されている食堂へと向かった。
――――
双子が立ち去った、一階。
「ルクレシアスの妹ちゃん、ビビるくらいの美人だったな……」
「ああ、ルクレシアスが最初ここに来たときも相当騒ぎになったが、ありゃやべぇ」
「手は出せねーけどな。【極炎の貴公子】ルクレシアス様を敵に回したら、女どもに殺される」
「女どもがなにもしなくたって、まずルクレシアス単独に勝てねっつの」
「違いねぇ」
男性陣はそんな風に笑い。
「妹様があの顔なのだもの、やっぱりルクレシアス様って、絶対美形よね……」
「ええ。いつか仮面の下を拝見したいわ……」
「火傷の跡があるとのことだけど……」
「そんなのどうでもいいわよ! ルクレシアス様ならば、それすらも美しいわ!」
ため息交じりにルーシーへの賛美を交わす女性陣。
その中から、冷静な顔で主張する者が一人。
「でも御本人が仮面で隠すほど火傷の事を気になさっているなら、私たちでお金を出し合って治療費を用立てるってのはどう?」
「……アークライト王国に、聖女が現れたらしいね」
「聖女なら古傷だって治せるはずよ」
「いくら積めば良いのかなぁ?」
「待って。まずツテがいるでしょ。そんな大物、金よりなによりまずどこかのお偉方に頼まなきゃ話をすることすら……」
「皆さん」
ひどく真剣に女性陣が話し合っているそこに、先ほどルーシーの受付をしていた受付嬢の、冷たく鋭い声が響いた。
しまった。さすがに騒ぎ過ぎたか。
この受付嬢はドが付くほど真面目だし堅物だし、態度が冷たいし冗談が通じないし怒らせると怖い。淡々と理詰めで大男だって泣くまで追い詰めるタイプ。
そんな人からの説教はどうにか回避したい。
そんな風に焦る女性陣に、あくまでも冷静な声音で、受付嬢は言う。
「当本部のギルドマスターであれば、聖女との渡りを付けることも可能でしょう。ギルド員の中でも特別優秀で将来性もありなによりこのギルドへの貢献度も高いルクレシアス様のためであれば、あの人も動くはずです」
「……え?」
女性陣はその意外過ぎる言葉に揃ってぽかんとした。
が、そんなことは気にもかけずに、ただ淡々と彼女は続ける。
「また、当ギルドは、皆様の報酬を口座預かりとする業務も行っております。聖女に依頼するほどの大金を私たちがコツコツ貯めるには、ギルドに一つ共同口座を作ってそこにプールするのがよろしいかと」
「わ、私たちって、それじゃ、あなたも……」
「ええ。ルクレシアス様のためならば、私も全面協力いたしましょう。ギルドマスターは私が絶対にどうにかしてみせます。ギルドの受付は皆様ほど派手に稼げる仕事ではありませんが、安定はしているので毎月一定金額を収めることができるでしょう」
『こいつもルクレシアス様のファンか!』
『なんだ、意外と話がわかる人じゃない!』
受付嬢の宣言を聞き終えた女性陣は、先ほどの彼女に委縮していた様子から一転して、そんな気持ちでいっぱいになる。
「ふぅー! やるじゃん!」「わーわー!」「いいぞいいぞー!」
そんな大歓声がどわっと湧き上がったその中心で、憧れの冒険者ルクレシアス様=ルーシーの前では緊張のあまり無表情と塩対応に拍車がかかってしまう受付嬢は、意外なほど子どもっぽく、照れくさそうに微笑んだ。
これを機に、この受付嬢は女性冒険者と一気に打ち解け、むしろなんだか妙に仲良くなったとか。
仕事はできるが周囲との協調性や人付き合いの面を不安視されていた彼女は、そこから一気に昇進を重ね、ギルドマスターを脅すまでもなく自力で聖女とコンタクトをとれるほどのひとかどの人物となるとか。
それは、もう少し先のこと。
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