第13話
そして現在。
私は兄とともに、夫婦となったマリリン一六歳とネイサン二〇歳のおうちにお邪魔させてもらっていた。
村の他の家々と比べると、少し広めでしっかりとした作りの家。
この家は私から彼らへの報酬の一つであるのだが、若い夫婦には過分だのなんのと本人たちから言われ、一室いつでも私が使って良い客間とやらにされている。
将来的にこの家の住人が増えたら遠慮なく客間ではなくしてくれと言ってはあるのだが、彼らの気持ちは正直嬉しい。
父らのもとから逃げ出した現在、私も兄もほんのり家なき子になってる気がしないでもないから。
いや、兄の場合は信奉者のうちの誰かに泣きつけば、きっと安全な隠れ家でも隠れ屋敷(?)でも隠れ城(??)でもぽんと貰えるだろうけど。
私にとっては、今はここが一番安心して過ごせる我が家的存在かもしれない。
そんなあたたかな家で。
人形を返しつつ兄を【妹のルクレシア】と紹介したり、兄のあまりの美しさにマリリンが兄の本当の性別を知っているのに険しい顔をしたり、ネイサンが自分の妻だけを見ながら(この兄に目を奪われないなんて!)それにデレデレしたり、今の状況を説明したりした。
それから、私は改めて彼らへ礼を言う。
「ありがとう、ネイサン、マリリン。君たちのおかげで、こうして無事、妹を救い出すことができたよ。頼んでいた人形の稼働は、そろそろ終わりにしてくれ。明日の、そうだな、昼前くらいに全部崩してもらっても良いかな?」
「ああ、わかった。……しかしまあ、あれらに使った素材だってそう安くはないのに、全部崩せとか、お貴族様は豪気だな」
まあ、確かに母が持たせてくれた準備資金はけっこう潤沢にあったけど。
人形の素材に関しては、自分の稼ぎで買った物や自分で採掘してきたものばかりなんだけど。
でも、そんなことわざわざ言わなくて良いか。
豪気くらいに思われていた方が、今後もしなにか頼む時に引き受けてくれやすいだろうから。
ニコリと曖昧な笑顔でごまかしてから、私は早速ネイサンとマリリンに一つ頼み事をする。
「で、申し訳ないんだけどさ、もう一つ頼みたいことがあるんだ。うちの妹、今夜はここのうちの客間で休ませてあげてくれない?」
「別にあの部屋はルクレシアスの好きに使って良いんだからかまわないが……、お前の泊まってる宿じゃダメなのか?」
「うちの妹の目撃情報がこの村にあると、すごくめんどくさいことになると思う」
見た目が美女である兄を家に泊めることに、マリリンを不安にさせやしないかと心配したのだろう。
チラチラと妻の顔を窺いながら問うてきたネイサンに、私は端的に答えた。
確かに宿にもう一人泊めさせてくれと言っても宿的には問題ないだろうけど、兄には追手がかかると思うからなー。
兄の目撃証言はできるだけ減らしておきたい。
国内で、ましてカーライル侯爵家の領内で兄の目撃証言なんて出たら、もういなくなったと主張してもしつこくこの村を探られそう。たぶんすごくめんどくさいことになる。宿に迷惑もかかるだろう。
……なんか、今あらためて考えて気づいちゃったんだけど、兄に対する追手って、もしや実家からだけじゃなくて兄の信奉者たちからもかかるかな?
カーライル侯爵家の紅薔薇誘拐犯であるところの私に、
……あれ? やらかし、た?
「良いんじゃないかしら。貴族のお嬢様からしたらそんなに良い布団でもベッドでもないだろうけど、それで良ければ。それに、【ルクレシアス様】が女を宿に連れ込んだなんて、村中の女の子が泣いちゃうもの」
じわり、嫌な汗がにじみ出たところに、そんな冷静なマリリンの声が響いた。
ハッと顔をあげれば、その隣ではネイサンがうんうんと頷いている。
「ああ、そういえばそうだな。マリリン以外の村の若い娘は全員『ルクレシアス様なら愛人扱いでも良い、むしろルクレシアス様の愛人になりたい! だって愛があるんでしょう!?』なーんて言ってるくらいだ」
「まあ……。お兄様? 幾人の女性を泣かせていらっしゃるので?」
じとりと兄が私を睨みつけてきて、先程とは違う種類の冷や汗が吹き出た。
美人の睨み顔は、実に迫力がある。
「ちがっ、ちがう違うよルクレシア! 誰にも手は出していない。わかるだろう? 本当に何もしていない。女の子を純粋に文字通りの意味でただ抱きしめたことすらないから!」
私は必死に主張した。
性別を偽っている以上、そんなうかつなことするわけないのに!
兄の名誉をこの上なく大切にしてるし、そもそも女の子をナンパする趣味とかないし!
そりゃ、普通に女の子ってみんなかわいいなとかキレイだなとかは思うけど、私の恋愛対象ではないし……。
なのに、ルクレシアス名乗って変なことしてるみたいに兄に思われたら、泣いちゃう。
「それはそうだけど、こいつ若かろうと年寄りだろうとブスだろうと美人だろうと全員を【レディ】呼ばわりしてすごく丁寧に扱うからな。軽く手を出さない紳士的なところもステキ、くらいのものなわけ」
「そうよそうよ。いくら仮面で顔を隠していたって、目が綺麗だなとかはわかるじゃない。見えてる範囲だけでも美形ってことが伝わっちゃうし、仕草なんかがすごくスマートなものだから、村のみーんなメロメロなのよ」
「そうだそうだ。【小さなレディ】呼ばわりされた三歳児が、いっちょまえの恋する女の顔をしてたことすらあったぞ。なあ妹さん、こいつ、自分に向けられる恋心を主食にして生きてるバケモノかなんかなわけ?」
事情を知らないネイサンはともかく、私の正しい性別を知っているマリリンまでひどくないかなぁ!!
息ぴったりに人聞きの悪いことを言いやがった二人に、私の焦りは加速する。
「ちがうっ、嘘だよ信じないでルクレシア! この村だと、ほら、外の人とか冒険者とかってちょっと珍しいから、ほんのちょっときゃーきゃー言ってくれるレディのみなさん方がいるだけで……」
「お兄様、自覚がないっていうのが、一番
私の主張を、兄は呆れ果てたとばかりの冷たい態度で切り捨てた。
お兄ちゃんにだけは言われたくない!
絶対、お兄ちゃんの方が質が悪いし!
私、お兄ちゃんみたくわざとこいつらおとしてやろうみたいなことしてないもん!
いや本当に。
村のお嬢さん方の私に対する態度って、あくまでも、きゃーきゃーもてはやすのが楽しいみたいな感じだもん。
私は、兄のようにガチ恋勢を乱造してるわけじゃない。せいぜい地元のアイドルくらいのポジション。
愛人志望なんてみんな冗談……、いや、何割かは田舎でつまらん男と結婚するくらいなら誰かの愛人でも良いからなって都会に行きたいわーみたいな気持ちから半分本気で言ってるかもだけど。
それは、私にというより貴族関係者っぽい感じの男に対する感情なわけで。
だいたい、私、女なのに。仮面なのに。こんな怪しげでそう男らしくもない私に、ガチ恋勢なんているわけないだろう。
兄の如く、兄のために女の子口説いておこうとか斜め上の活躍繰り広げてないし。
とはいえ、事情をあかしていないネイサンの前で、素のルーシーとして反論するわけにもいかない。
「……ううう。違うんだよルクレシア~」
とにかくそれだけを言って兄に縋り付いた私に、兄は、はあ、と仕方なそうなため息を吐く。
「お二方、うちの兄が申し訳ありません。よく言って聞かせます。とはいえ、この人の魅力は天性のものなので、制御ができるとは思えませんが……」
「だろうな」
「そうでしょうね」
苦い顔で謝罪をした兄に、すかさずネイサンとマリリンが同情をたっぷりこめた声音で追従した。
当事者の私を無視して、『うんうん』『わかるわかる』『困ったものだね』『お互い苦労するよな』とでも言っているかのような、なんとも生暖かい笑顔とアイコンタクトを、三人は交わしている。
納得いかない。
あまりの勢いで周囲を魅了し過ぎて賢者に怪しまれた上に、その賢者まで自分に惚れ込ませた兄よ。
せいぜい地元のアイドルくらいのかわいがられ方をしているだけの妹を非難する権利は、あなたにだけはないと思う。理不尽。
いやまあ、良いけどさ。
私の悪口(?)で盛り上がったおかげで、なんか三人が打ち解けあえたみたいだし。
これから一晩お世話になる二人と打ち解けられて、良かったねお兄ちゃんくらいのものだ。
咳払いを一つして、改めて切り出す。
「コホン。まあとにかく、妹を頼むよ。明日の早朝に、この家から出発しようと思う。できるだけ早くにこの国を離れるつもりだ」
そう、とんでもない言いがかりをつけられたせいでうっかり忘れていたが、ヤバめの追手がかけられるかもしれないのだ。
ゆっくりしっかり休んでいる暇はないだろう。
「わかった。しかし目撃証言云々と言うなら、まず妹さんのそのきらびやかなドレスをやめさせるべきじゃないか? 無駄に目立つだろ」
確かに。
ネイサンの指摘に、私と兄は顔を見合わせた。
「私の服をあげても良いけど、ルクレシアさんはすらりと背が高いから、私の服じゃ袖が足りなさそうよね。大きめの服があったかしら……」
そんなマリリンの言葉に、ネイサンが続く。
「いっそ俺の服……はダメだな。わかってるさマリリン。服の一枚まで全て、俺はお前だけのものだよ、マリリン」
「ネイサン……!」
ネイサンの言葉に、男装ができると希望を抱いたらしい兄の瞳が一瞬キラリと光ったが、まあそういうわけですぐに撤回された。
いや、うん、兄は本当は兄でネイサンと同性だから問題ないと思うんだけど。相変わらず嫉妬深いなマリリン。
しかし、そう考えるとむしろ兄がマリリンの服を借りる方が問題があるわけで、大きめの服とやらがあったとしても譲ってもらうわけにいかないな。……ややこしいな。
それに、この国を出た後は、私が冒険者として活動を行っている国に向かうつもりだ。
あちらでは私が男性冒険者ルクレシアスをやっていることから、兄には妹(兄)(うん、ややこしい)であってもらわねばならない。
よって、私の着替えを貸すわけにもいかない。
この国でこれから服を買いに行くのも難しい。
となると……。
ぎゅうと抱きしめ合っている
「ルクレシア、ちょうどここにうちの屋敷から持ち出してきた服があるから、これに着替えるしかないと思うんだ」
「侍女の服、ですか。まあ、サイズは足りそうですしドレスよりは目立たないでしょうが……」
『ねえ、ルーシー、せっかくあの家を脱出できたのに、僕ってまだ女装続けなきゃダメなの……?』
なにがひっかかっているのか言えないがあからさまになにかひっかかってますという言葉を口にしつつ、兄の視線は雄弁にそう語っていた。
『うん、ダメだよ。まだしばらく女装しておいてね。ルクレシアスが二人いたらややこしいからね。一五年やってきたんだし、もうちょっとだけがんばろうね』
そんな思いを込めてニコリと微笑みながらぽんぽんと彼の肩を叩くと、兄はガクリとうなだれた。
ごめん。
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