第15話
「お兄様、色々と訊きたいことはあるのですが……。まず、お兄様お得意の防音の魔法とやらを使ってくださいます? 兄妹の会話を、あまり他の方に聞かれたくはないでしょう?」
ギルド二階の食堂。その隅の席に着き店員さんに注文を通すとすぐに、兄はにーっこりと、怖いくらいの迫力で私に微笑んだ。
「はいぃ……」
妹(兄)の姿なのに確かに兄の威厳を出してきた彼にちょっと半泣きになりながら、私はスーっと微弱な風の魔法を私たちの周囲に展開し、私たちの声が外に漏れないようにする。
「ねえルーシー、まず、【極炎の貴公子】ってのはなんなのかな?」
これはあくまでも音が外に漏れないようにするだけの魔法なので、表情こそ上品で美しい妹(兄)の微笑みのまま、けれど素の兄の声で兄はそう問いかけて来た。
私の方は表情を繕う余裕はそんなにないまま、答えていく。
「いや、それ、自分でもこっぱずかしいなとは思ってるんだよ。でもなんか最初は【極炎王子】とかって言われて、いやそれはさすがにどこかの組織に怒られない!? って拒否して、妥協してもらった結果というかで……」
「ええ……。なに、【極炎王子】って……」
「わかんない。私が自称したんじゃないし。さっき会ったいつも冷静な受付嬢さんが言い出したんだよ。彼女にしては珍しく、二つ名に関してだけは妙にぐいぐいと来られて、日頃お世話になってるしちょーっと断りづらい部分もあって……」
そこまで聞くと、ふう、と兄が疲れたようなため息を吐いて、ますます焦った私は、早口に言い訳を続ける。
「いや、一回は【貴公子】もちょっと……、って、食い下がってはみたんだよ! でもあの無表情で『爵位を騙るなら罪になるかもしれませんが、貴公子は身分に関わらず使って構わない称号です』『ちょっと、とはなんですか。明確な理由や理屈があるならおっしゃってください』って詰めに詰められて……」
結局、仕方なしに受け入れたというわけだ。
受付嬢さん、二つ名とか冒険譚とかなんかそういうのが好きなのかな、だからギルドの受付をやっているのかな、なんて思った。
とても恥ずかしい二つ名なんだけど、でもよく考えたら
「ねえルーシー、僕が聞きたいのは、どうして妥協してもらってもなお大仰すぎるくらいの、そんな二つ名を送られているの? 君はこの街で、どれほどの活躍をしたの? って話なんだけど」
兄にそう切り返されて、私はさてどこから説明したものかと考える。
「ああ、貴公子はなんか、私の雰囲気? から来てるらしいよ。まあ一応カーライル侯爵家の人間だしねぇ。それが男として振る舞っていれば貴公子呼ばわりも当然っていうか、お兄ちゃんの真似をしてたら自然とこうなった、みたいな」
『そこじゃない』
目は口ほどに物を言うのお手本のように、兄の私を見る目は確かにそう言っていた。
ですよね。
「極炎の方はさぁ、私も納得いってないよ。なにさ炎を極めたって。別に私、そこまで炎の魔法に拘ってないし。主な狩場が森なんだから、むしろ普段は風とか氷の魔法ばっかり使っているのに。ただまあ、この街の人にとっては、炎の印象が強かったのかなぁ……って」
私の説明を聞いた兄は、多少怒りを引っ込めた表情で、ことりと小首を傾げる。
「ふーん? ルーシーは、この街でいったいなにをしでかしたの?」
「し、しでかしたってひどいなぁ! ちゃんと良い事をしたんですよ! ほら、父とか悪魔崇拝者どもの企みをぶっ潰すために暗躍するって言っておいたじゃん! その一環!」
私の主張に、兄は、ああ、と手を打った。
その反応によし、と小さく拳を握って、私は畳みかける。
「この街、ゲームだともっと弱っててもっとずっと寂れているはずだったんだよ。というのも、ちょうど今年の春の終わり位に、この街を火竜が襲ったのね。で、火竜が街にむかって吹き降ろしてきた炎のブレスを、私がこう、もっと勢いのある炎で飲み込んで、火竜に返して見せた、ってのがたぶん、炎を極めた呼ばわりの根拠っぽい」
「なるほどねぇ……。まあ、街を護るため、しかもそもそもが僕らの父親の企みのせいなんじゃ、多少派手になっても全力で迎え撃たざるを得なかったのかぁ……」
ようやく納得してくれた兄に、ほっと息を吐こうとした、ら。
「でも、いつかはルクレシアスとしてやっていくつもりの僕は、自分には到底できっこない偉業を自分の名前で成し遂げられて、挙句そんな二つ名まで送られていることに、文句を言う権利があるよね?」
「おっしゃる通りです。本当にごめん、お兄ちゃん」
ニコリ、可憐な笑顔で告げられて、私はすぐに頭を下げた。
いやでも、【カーライル侯爵家の紅薔薇】だって大概だと思うんだけど。
フローランなんか【紅薔薇の姫君】とまで言っていたんだぞ。王族でもないのに良いのかよ。良いんだろうな。
そういえば、紅薔薇云々のことを考えて気が付いたけど、私に炎系統の二つ名が付いた理由、この瞳のせいもあるかもな。
金髪の人はけっこういるけど、ここまで深い赤の目ってあんまり見ないから、どうも印象に残るのだろう。ハリーファなんかも赤い目だけど、あちらはもっと朱に近い。
「まあ二つ名の件はもう良いかな。あんまりルーシーを虐めてもかわいそうだし。あと気になっているのは、君の相棒とやらの話なんだけど……」
兄はすっかり落ち着いた表情で、そう切り出してきた。
うーん、話が変わっているようであまり変わっていないな。
私の相棒、原作ゲームでは【悪堕ち熱血ヒーロー】ギディオンとして元気に中ボスをやっていた彼。
奴との出会いは、正に今話していた今年の春の終わりの火竜の襲撃事件の時のことだ。
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