第10話
そんな出会いを経て、この半年で着こなしのコツを教えられたりお揃いの髪飾りを与えられたりドレスを譲られたりとずいぶんルクスにかわいがられ、すっかりその人を【ルクレシアお姉様】と慕う様になった聖女は。
会議室の中、これから仲良くやっていかねばならないはずの自身の聖守護騎士候補たちと、異様に重い雰囲気の中睨み合うことになっていた。
聖女による聖なる救世の旅、その壮行会として行われた夜会の翌日。
聖女と聖守護騎士候補たちは、これからの行動指針のうち、とある一つの議題について話し合っている。
互いを互いの敵とみなしているかのように険悪な、とても愛など芽生えそうにない殺伐とした空気の中で。
「だからね、僕ってば賢者なわけですよ。旅も修行も人助けも偉業もこれまでさんっざんやってきました。もうそんなの必要ないんです、この僕には。まだ未熟な皆さんの成長のためにも、僕は最初から聖女に同行すべきではありません。どうにもならなそうならその時は出てやりますから、それまで僕はこの国に残ります」
常に浮かべている軽薄な笑みをすっかり消して、凶悪に据わった目をしながらそう吐き捨てたのは、【知的好奇心のままに旅するエルフ】ことリンランディア。
それをギロリと睨み返して、次に主張するのは【チュートリアルちょろ王子】ことジェレミー・アークライト。
「リンランディア卿、この国の人間じゃないでしょ? ここに残るべきなのは、この国の王太子である僕に決まってる。彼女との付き合いだって一番長い。だいたい、そんなにお強いんだったら、君がサッと行ってバシッと諸々解決してくれば良いじゃん」
「使命忘れんな、聖女を輩出した国の王太子。お前ら、まだ一一歳のいたいけな俺様に過酷な旅しろとか、人の心ってのはないのかよ? その点俺様の兄様はまともで優しいから、俺様の代わりに行っても良いってさ。よって、偉大で有能で完璧な代理が立てられる俺様こそがここに残るべき。ただし、兄様に惚れんなよ、聖女」
苛立ちもあらわに軽くジェレミーを蹴って、でもすぐにきゅるんと(おそらく自身の兄にはそれで通じるのだろう)かわい子ぶった表情を作って、最後にはアンジェラを睨んでと実に目まぐるしい百面相を繰り広げながらそう言い放ったのは、【俺様ブラコン褐色ショタ】ことハリーファ・アール・サーイグ。
その背後に立つ【ハリーファのためなら死ねる系侍】ことモトキヨは何も言わないが、彼はハリーファと行動を共にすることが確定しているので、内心とっても主を応援している。
誰が聖女か判明してすぐにこうなるだろうと考え、皇帝陛下への連絡をしたのはモトキヨだ。
「自分、いてもいなくても関係ないと思うんですよね……。正直、なんで自分なんかが選ばれたのかわからないくらいですし。戦闘がそれほど得意なわけでもないので、華々しい活躍は皆さんにお任せして自分は静かに薔薇を護っていたいなー、なんて……」
大人しそうに、己を卑下しながらも、けれどちゃっかり自身の意見を押し出したのは【人より花を愛する地味コンプレックス陰キャ神官】ことフローラン・デュボワ。
そう、つまり全員が全員、『聖女の旅には同行したくない。この国に残って紅薔薇ルクレシア・カーライル侯爵令嬢の傍にいてあの方を護りたい』と主張し、バッチバチに睨み合っているのである。
互いが互いの意見を否定し却下し、不毛な堂々巡りがかれこれ何十分と続いていた。
「私だってあんたらなんかと旅なんてしたくないわよ……。女神様に与えられた名誉ある使命を放棄しようなんて、なんて人たちなの……。はあ、どうしてルクレシアお姉様を差し置いて、こんな人たちが……」
心底嫌そうに、まるで汚いものを見るような目で一同を見下げ、ぶつぶつとアンジェラは零した。
しかしそうは言っても聖女である彼女は複数人いる聖守護騎士候補とは違い、どうあがいてもその使命を全うしないわけにいかない。
聖女が旅に出ないという選択肢は、無い。
だから彼女は、そこでパンと一つ高らかに手を打った。
もはや議論ではなくただの口論、それすらも通り越して互いの悪口を言いあう子どもの口喧嘩のようなものを始めていた男性陣は、聖女のそれに注目して口を閉ざす。
一同の視線を集めたアンジェラは、淡々と言う。
「みなさんの意見はよーくわかりました。確かに、ルクレシアお姉様の身の安全は大切です。なによりも大切です。ですが、それを誰かに任せること、できますか? その護衛がお姉様に不埒な気持ちを持たないわけがない。よって、どうしたって全員が、自分の手でお姉様を護りたいと願わずにいられない。違いますか?」
ルクスのおかげで、この半年で堂々とすることに慣れたアンジェラは、一五歳の少女とは思えない風格で、長き時を生きるエルフすら圧倒する存在感を放ちながら、続ける。
「ならば、全員でお姉様をお護りするしかないでしょう。けれど、全員で使命をほっぽりだすわけにはいきません。世界が終わってしまいますから。そんなのはルクレシアお姉様を悲しませることになります。……だから!」
一段大きな声を出し、アンジェラはガタリと立ち上がり拳を握って主張する。
「だから、逆転の発想です! ルクレシアお姉様に、聖女の旅路に同行していただきましょう! お姉様をそのように扱うのは心苦しいですが、聖女の旅路には荷物持ちや侍女という非戦闘員が同行した例があります! お姉様を、私の侍女とし同行を願い、みんなでお姉様を護る! それしかないのではないでしょうか!」
「……なるほど。まあ、悪くはないですね。侯爵令嬢であるルクレシア嬢を旅に連れ出すというのは心苦しい部分もありますが、この僕であれば、彼女を少しも傷つけず疲れさせずどこまでも快適な環境を用意することが可能ですし」
「確かに、非戦闘員の同行者も、俺様の国の歴史書にその名を残している。侍女だって、聖女の供となれば大層な名誉らしいな」
「……」
最初に頷いたのはリンランディア、次いでハリーファ。その後ろには無言で頷くモトキヨ。
「まあ、下手な城や屋敷よりは、よほどこのメンバーのいる場の方が安全だね。聖女一行には女神様のご加護も与えられるらしいし、ついて来てもらうのが確かに安心かも」
ふむ、と納得した様子のジェレミー。
場の空気が一気に和らいだのにほっとしたのもあり、フローランはふにゃりと笑う。
「僕、防御の魔法が一番得意なんです。リンランディア卿と協力して、絶対に紅薔薇の姫君の御身の安全は確保します!」
「そこは聖女の安全じゃないのかよ、神官」
「ええと、聖女様も、もちろん。ええ」
ハリーファに鋭く指摘され、フローランがうろ、と視線を泳がせたりしながら。
ともかく、話はまとまった。
良い提案をしてうまく話をまとめた聖女アンジェラに、恋愛的な意味での好意はともかくとして、この旅のリーダーに相応しいという信頼感が一同から集まる。
「では、ルクレシアお姉様には、私の侍女として旅への同行を願う。全員で非戦闘員である彼女を護る。ということでよろしいですね? 抜け駆けはなし、正々堂々同じ条件で参りましょう」
アンジェラのまとめに、一つ二つ、その場の残る五人全員が賛同あるいは称賛の拍手を打った。
そこに。
ドンダン、ガチャッ
「た、大変です! ルクレシア・カーライル侯爵令嬢が姿を消されました……!!」
ノックの返答も待たずどころかノックの勢いのまま扉を押し開けて来た兵士が叫んだ言葉に、先ほどまで睨み合っていたはずの一同は、実に仲良く、揃ってまともな言葉にならない悲鳴を上げた。
――――
降ってわいたようなルクレシア・カーライル侯爵令嬢失踪の報。
城は、神殿は、国は、いやもしかすると世界中と言って差し支えないかもしれない範囲が、どえらい大騒ぎになった。
聖女アンジェラが神殿でヒステリックなまでに泣きわめき、賢者リンランディアが過去救ったあらゆる国と地域に伝令を飛ばし、王太子ジェレミーが国王に縋りつき、皇弟ハリーファが兄皇帝に涙ながらに訴え、神官フローランが実家の侯爵家を通して自国の王家に嘆願し……。
神殿が、あらゆる国が、その捜索に駆り出されることになる。
聖女も聖守護騎士も全員、ルクレシア・カーライル侯爵令嬢がいなければ旅に出ないとまで言うのだから仕方がない。
世界は世界の平和のために、ルクレシアを探さないわけにいかなくなった。
そんなどえらい規模の本格的な捜査が始まる前の、カーライル侯爵家の邸宅。
ルクレシアの失踪が判明し、それがこの家の外に伝わる少し前。
「逃げるぞ! 聖女たちが見出されたこのタイミングで、ルクレシアが動いた。奴らはルクレシアの信奉者だ。あいつ、きっと奴らに泣きついたに違いない!」
「我々の計画がバレていたのか!? クソッ。やっぱり双子なんて両方殺しておけば良かったんだ、忌々しい……!」
悪魔崇拝に傾倒し切った一人の父親と、その長男はそんな会話を交わし、屋敷を抜け出し出奔した。
カーライル侯爵家に残ったのは、この家の次男。
彼は、各国どころかあらゆる組織の連合と化した調査捜査隊に素直に出頭し、自らの罪を告白するのであった。
「父たちは、悪魔崇拝者なのです。奴らはルクレシアを、あの美しい妹を、悪魔の花嫁に捧げ、魔女へと堕とそうとしておりました。わ、わたしは、そこまで来て初めて、父が間違っているのではないかと、私はおそろしい事に手を貸そうとしているのではないかと気づき、その計画に反対していたのです」
「なっ……、る、ルクレシアお姉様を……? なんて、おぞましい……」
女の身だからこそわかる恐怖で震える聖女に申し訳なさげに頭を下げ、次男は続ける。
「おそらく、あの子はその計画に気が付き、自分の意志で屋敷を抜け出たのだと思います。周到な準備がされていました。攫われたと考えるには抵抗の跡がありませんでした。父も兄もこの屋敷になにかする前に、さっさと逃げて行きましたから、痕跡を消したわけではございません」
「ルクレシアが自分で逃げたってことは、少なくとも、あいつの身の安全は確保されてる可能性が高いってことだな?」
ハリーファの問いかけに、次男は頷く。
「はい。きっと。どこか事前に万全に用意した安全な場所に身を隠しているのだと。ただ、申し訳ありません、父と兄がまんまと逃げてしまいましたので、ルクレシアは奴らへの恐怖で、そこから表に出てくることは難しいかもしれない、とも思います」
「なら簡単ですよ。そいつらを捕えその首を晒せば、ルクレシア・カーライル嬢は表に出てきてくださるということでしょう。主、命じてください。私めがそやつらの首をとって参りましょう」
モトキヨは無駄に良い笑顔でそう言い放ち、席を立った。
「そういうことか。よしモトキヨ、行ってこい。兄様にも連絡するか。ルクレシアの捜索と同時進行で、実の娘に対しそんなおぞましいこと考えやがったクソバカの足取り捜査もさせなきゃ。生死を問わないで良い分、クソバカの方が早くどうにかなるかもな」
「単純に腹立つしね。なんだよ、悪魔の花嫁って! ルクレシア嬢を悪魔なんぞにくれてやって良いわけがないだろ! ハリーファ、それ、うちの国も連携するからよろしくー」
ハリーファとジェレミーがうなずき合えば、フローランとアンジェラが決意を見せる。
「悪魔崇拝者だなんて、神敵、神敵ですよおっぞましい! 神官として許すわけにはいきません。争い事はあまり得意ではありませんが、奴らと悪魔だけはなにがなんでも滅さねば……!」
「お姉様の捜索は各国に任せて、神殿は悪魔と悪魔崇拝者どもの対処を中心に切り替えた方が良いかもしれませんね。得意分野ですし。もちろん私も、聖女として全力で挑みます」
「悪魔崇拝者なんて、まだいたんですね……。ちゃんと根絶やしにしたと思ったのになぁ。悪い子には、見つけ次第きつーいお仕置きをしてあげなきゃですねぇ」
最後にリンランディアが笑っているのにちっとも目が笑っていない笑みでくつくつと笑って。
ルクレシア・カーライル侯爵令嬢失踪の報を聞いた最初の衝撃から立ち直り、聖女一行は、世界中を巻き込みながら動き出すことになる。
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