馴染みを失った故郷

異世界トリップ続きから現実へ

 謎の光の空間から日本に戻り、目覚めた時。美桜はソファに寝っ転がっていた。


 トリップしてしまう直前に読んでいた小説が顔に被さっていた。小説を一旦サイドテーブルに置き、時間と日付を確かめてみたところ変わっていなかった。11月7日の7時。

 一瞬だけ夢なのかと思いかけたが、寝ていたにしては時間が1分も経っていない。腕にヤブに刺された後がある。異常に喉が乾いている。パジャマがビチョビチョに濡れるほどに汗をかいている。

 美桜は、変な夢を見て夜中に飛び起きた時のように頭が混乱していたが、美桜の足は冷静な判断を下し冷蔵庫に向かった。グラスに麦茶をついで飲んだが口の端からこぼれた。足に冷たい麦茶がかかり茶色の液体が床に広がっていくのを、美桜は他人事のようにぼんやりと見た。靴下がびちびちになり、冷たさで足が痛かった。冷蔵庫の明かりが異様に熱い無慈悲な太陽に見えた。冷蔵庫からピーという音が鳴り、動かない頭で反射的に冷蔵庫を閉じた。冷蔵庫の扉にガツンと顎をぶつけ、美桜は正気に戻った。

 まずはお風呂に入り直さないと。パジャマの替えは夏物しかない。11月に半袖は寒い。スウェットとジャージでいいかな。それから床を拭いて……。いや、逆だ。まずは床を拭こう。



 ***


 凌弥はここがどこなのか分からなかった。壁に囲まれた部屋だ。暗いためそれくらいしか分からなかった。


 ランタンかロウソクがどこにあるのかが分からず、壁をペタペタと触りながら移動してみると襖のような取っ手を見つけた。「引き戸だろう」と開けて見ると、柔らかく重い物がドサドサドサと音を立てて凌弥の上に降って来た。柔らかい物から脱出した凌弥はそのものの匂いを嗅いでみた、どこかで嗅いだ匂いだ。しかも、嗅ぎ慣れたような匂い……。柔らかいから一旦身を引くと、天井から下がっているのであろう紐にぶつかった。掴もうとするとぶつかり、掴みそこねてしまうことに苦戦しつつ、ようやく紐を掴んだ。小さなビーズが連なったような紐。引っ張ってみると灯りがついた。

 灯りがつき、壁にカレンダーが貼られていることに気がついた。八百屋の名前と電話番号が書かれたカレンダーだ。スラスラと何の違和感もなく読めたそれは日本語とアラビア数字で書かれている。カーテンはけばけばしい緑色で安物のようだ。時計はチクタクと動いており、7時10分だ。布団は一斉に落ちた来たせいで部屋中に柔軟剤の匂いが漂っている。


 ここは凌弥が住んでいた家だ。朝緑家だ。もうじき母さんがパートから帰ってくる。後1時間で父さんが夕魅を連れて帰ってくる。


 凌弥は布団にぼふんと顔を埋めた。

「帰ってきた……?」

 何もかもが、あまりにも久しかった。

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