ごくごく小さなすれ違い、大きな歩み寄り

 頭を掻きむしりながら凌弥はハァッと息を吐いた。


「どうしたの?」と、ビルは気がかりそうに尋ねた。「想い人のことで悩んでいるの?」


「なんでだよ」

 凌弥はぶっきらぼうに答えた。

 状況的にビルが指す「想い人」は大方、美桜のことだろうが美桜に恋することは万に一つもない、と凌弥は思っていた。ビルには上手く質問しては過去に何があったか回収して行っているのに、凌弥には関わろうとしない奴だ。誰があんな人によって態度を変える奴を。


 *


「ビル!」

 山菜を探していた美桜は、手ぶらのままピョンっと家に入ってきた。

「ねえビル。そう言えばね、何であんな予言が出たの」

 ビルは目を逸した。


 美桜は仕方がない、という風に肩を竦めた。

 だが諦めてはいない。この情報は知りたいから。なぜそんなことが起きたのか、どうすれば防げたのか。知りたい。


「そうだ、ちょっと散歩に行ってくる」と、凌弥が立ち上がった。

 暇なんだろうな。ここゲームもインターネットもないもの。そんなものが無いと満足できないタイプの人間なんて。


「そうだ、『ソフィア』も行ってくれば?」

「え?」「え?」

 私と凌弥は異口同音に困惑した。不本意だけれど、仕方がない。

「私、今戻って来たばかり……」

「運動は大事だよ」と、ビルは圧のある調子だ。


 面倒くさくなって、私も凌弥も小屋を出た。

 バラックだらけの街を歩いているうちに何となく気まずくなってきた。沈黙が。でも、共通の話題なんてない。ため息が漏れる。


 凌弥が突然足を止めた。美桜は止まるのも面倒くさく、そのまま歩いていると凌弥も歩き出した。

「美園ンとこって何人兄弟」

「一人っ子よ」

 あなたは、と聞こうとして止めた。浅緑 凌弥の兄弟構成なら知っているから。

「妹さんと弟さんはお元気?」

「美園もテレビ観んのかよ」

「夕魅ちゃん、この間うちの父とテレビで共演していたじゃない」

「美園のお父さんって?」

「教育評論家よ」

「よく分かんねえけどすげぇ」

 美桜は、父の姿を浮かべ、口まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。父は子育てに関わったのなんて、進学先を決める時くらいだった。

「あなたのお父さんは育児に積極的?」

「変な質問だな」と、凌弥はこめかみを掻いた。「まあ、積極的なんじゃねえの? 弟の洗濯物ほとんど親父がやってるし」

「お父さん、イクメンなんだね……」

 お父さんも、これくらい子どもを大事にしてほしかったな。私なんてほとんど、お父さんの商売道具。

 凌弥はうーん、と唸った。

「イクメンなんて今更言わねえだろ」

「確かに。流行語大賞になったのは10年前だものね」

「お前の頭ン中年表詰まってんの?」

 子育て成功じゃん、と凌弥は呟いた。

 美桜は黙々と歩いた。耳の隅に凌弥の「育児評論家ってすげぇんだな」という言葉がこびつくように入ってきた。

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