警戒に満ちた束の間の__
悪夢を見、飛び起きてから眠れずにいる。寝返りを打つ度、眠さがどんどん遠ざかって行く。何度も寝返りを打っていると、頭が冴え始めた。
熟睡しているビルを挟んだ向こう側には窓がある。当然、雨戸代わりの板が付けられていた。(どう言う絡繰なのか凌弥には理解出来なかったが、外側からは破壊しない限り開けられないそうだ)
その雨戸の隙間から月光が覗き込んでいた。蒸し暑く汗がジトジトと貼り付くような嫌な夜だと言うのに、月だけは冴え冴えと冷たい光を放っていた。
凌弥は涼を求めるように月光の一本筋を見つめていた。
*
美桜は眠らなかった。
当然だ。死と隣り合わせのこの町に、14歳のひ弱な少女が降り立った。女でおり子どもである美桜には身の危険が多すぎた。護身術は身につけていたが、食料がほとんどないこの町では消費エネルギーを抑えた方がいいだろう。だが休養のための睡眠は、無防備な状態であるため、人目のない夜に寝ない方がいいだろう。
そう判断し、美桜は寝ずの番に立っていた。
それでも限界はあり、時折人がいないことを念入りに確認してから目を瞑るだけの時間も取っていた。
ザクッという足音を検知した美桜はそちらに注意を向けた。5つある感覚のうち、3つに全神経を注ぎ始めた。
1分ほど経ち相手はどこかにいってしまった。単なる偶然か、自分の命を狙っていたのか判断はつかなかったが、美桜はドッと疲れた。全神経を一気に集中させたため、頭に沸騰したような感覚が残りボーッとしてしまった。何度も「限界」の2文字が脳裏を過ったが、振り払い続けた。
ボーッとした頭で美桜の視界に月が入った。見事な満月だった。団子が食べたくなった。みたらし団子がいい。
*
凌弥は
小屋から抜け出し、辺りに注意を払いながら静かに歩き始めた。何もない町だった。教科書で見た戦後の町並みに似ていて、あちこちにある建物の残骸を壁にして板を立て掛けて小屋にしている。いつ戦争があったのか。一体どれだけの人がなくなったのか。
雪が積もる季節ですらないのに、歩く度にザクッザクッという音がする。
ふと凌弥は立ち止まった。
向こうに人がいる。人食いか?
凌弥は小屋の陰に隠れ、相手を遠目から睨み威嚇した。昔から「目力がある」と言われるんだから少しは効果があると思う。どうやら相手もこちらに気づいたようで、睨んでいる。向こうもこっちを警戒しているのか?
凌弥は警戒体勢を緩めると相手を観察した。体格からして、凌弥と同年代の女性だ。黒い髪に黄色い肌。ん?アジア人?
凌弥は一歩近づいたが、あちらが尋常でないほどに警戒していると気が付き、引き返した。
朝が明けたら、また探そう。
***
「ちょっと外行ってくる」
凌弥はビルに声を掛けてみた。
ほぼダメ元だ。夜中の外出がバレてなかったら多分イケる。あ、でも待てよ。白人ばっかのこの世界じゃ黄色い肌って普通に目立つよな?ビルもしかしてもう見掛けたりしてないか?あと、もしかしたらただの黄色い肌じゃなくて、日焼けしただけの可能性も……。あ、でもビルは日焼けしてる割に黄色くないよな。小麦色っぽいよな。
凌弥が悶々と考え込んでいる中ビルは雨戸を開け、外を確認した。相変わらず陽射しがキツイ上に湿気が強い。日射病になりうる。だが、13歳の子どもなら育ち盛りだ。しかも13歳という割には小柄で、顔色も黄色っぽく病弱に見える。外に出た方がいいか。
「気をつけてね」
予想外の答えに凌弥は驚くと、ビルの気が変わるまでに、と家を出ていった。
「行ってきまーす!」
「イッテキマァス?」
知らない言葉にビルは首を傾げた。「トム」の故郷で使われる言葉なのだろうか?先日もタンポポを、渋い顔をしながら「イタダキマス」と言ってから食べていた。
*
美桜の脳は処理回路がパンクしてしまったのか、今彼女の視線は空に向かっている。「あの雀食べられるのかな」ということを考えている。
目の前には美桜と同じ、黄色い肌の少年がいる、極東アジアの顔だ。青銅色の瞳にライトブラウンの髪、という点を除けば日本人らしい顔立ちをしている。しかも見覚えがある顔だ。去年、中学で同級生だった子と同じ顔。
「朝緑さん?」と、一か八かで呼んでみた。ファーストネームまでは覚えていなかったが。
凌弥はフェっと変な声を上げた。
自分の名前を知っていた。見知らぬこの世界で。名字呼び、ということは中学の人?花ケ迫さんの友達?取り巻き?机に落書きされていた。剣道部からのリンチに遭った。靴を隠された挙げ句、ダメにされた。先生は何もしてくれなかった、どんどん悪化した。机にハチの死骸があった。マットに巻かれ50分放置された。日本人らしくない顔を揶揄され続けた。ゴミ箱が降って来た。
脳裏に記憶が過り続けた。
凌弥は胸を抑えた。ひゅっひゅっひゅっと浅い呼吸音が響き、倒れ込んだ。
1年前は1年1組の学級委員長だった美桜は、異変を感じ取ると、凌弥のもとに駆け寄り恐る恐る彼の肩に触れた。「大丈夫です。ゆっくり息を吐いて」と、背中を擦った。
大丈夫なことなど何一つない、と思いながらも美桜は「大丈夫ですよ」と息を吐くように誘導を続けた。
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