裏切りの集う世界

と、僅かな自己顕示欲

 美園みその 美桜みお、14歳の中学2年生。

 先程まで子ども部屋で本を読んでいたはずの彼女は今、荒廃した世界で立ち竦んでいた。

 

 教科書でしか見たことがない戦後のバラックのような建物があちこちにある。と、言うよりかつては建物だった残骸を、背の壁としてバラック小屋が建てられている。

 雲ひとつないはずなのに、太陽の明かりに乏しく薄暗い。ものすごく嫌な臭いがする上に、肌に湿気がまとわりつくような暑さで肘丈のブラウスを着ている美桜はイライラしていた。

「まるで梅雨の暑さみたい」と思いながら、臭いの出どころを見ようとバラックに近付いた。臭いの正体は排泄物で、カッとした美桜は壁を蹴った。板を立て掛けただけのバラック小屋に穴が開いた。

 

 

 *


 凌弥りょうやは人差し指を噛んだ。

 ここに来てもう1週間経ったはずなのに、何で前のところからトリップして来たのか、まだに分からない。

 分かったことは1つしかない。こっちでも「リョウヤ」という名前は発音が難しいらしい。で、ヤケになって「トム・カルーズ」って名乗ったら、ビル・カルーズという金髪糸目の男と同居することになった。ハリウッド俳優の名前を名乗ったらラッキーなことになった。

 

「そう言えばビル。何でオレと一緒に住んでんだ?みんな食に困ってる感じなのに」

「不景気だからね〜」

「不景気どころじゃないだろ」

 と、何度か聞こうと思ってもこんな具合で、いつもズレた返事しかない。

 ビルは頬杖をついた。

「知っているよ」


 もういいや。ため息をついた凌弥は指の皮を齧った。腹減った。草摘みに行こうにも、どれが食えるのか知らない。食べられる植物を禄に知らない凌弥はこの世界では珍しかった。

 まだ肉付きも肌艶もいい凌弥は、時々骸骨のように痩せばらえた男達に見られていた。そんな事情もあり、ビルの家に閉じこもっていた。ビルの提案だった。


「ビルっていくつ?」

「26歳」

「おっさん?」

「幸いなことに」と、ビルは肩を竦めた。表情は読み取れなかった。なぜか怒られなかったところに凌弥は闇を見た。

「何人家族?」

「1人暮らしだよ」

 そりゃ見れば分かるよ、と凌弥は口に出さなかった。

「前は4人家族だったのだけれど。君の所は?」

 不幸があったことを察した凌弥は「5人」と簡潔に答えた。


 言い方が最悪だが、毎日毎日生ゴミのような腐臭がすごい。毎日誰かしらが餓死している。

 でも夜になればハッキリする。すごく遠い所、多分10kmくらい離れた所では電気のようなものが燦々と輝いている。時々風に乗って笑い声も響いてくる。何となくこっちをバカにしているような笑いだ。

 そんな声が聞こえる夜はムラムラと怒りと屈辱感が沸き上がってくる。

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