5 黄昏を待っている。

 意外にも無事に風呂を過ごし、夕食も過ごし、夜も無事に過ごし。

 そして朝も普通に起き、朝食を済ませ。


『そろそろ、口説いても良いかな?』

「却下」

《何で?》


「選べなかった場合、パトリックを選んだ場合、ウォルターを選んだ場合、どちらも選ばなかった場合って想定した?」


 そう、自慢じゃないが優柔不断だ。

 そして甲乙付け難いのに。


《何だそんな事か》

『もう話し合ったから大丈夫ですよ』


 あぁ、それで昨日は無事に過ごせたワケだ。


「いや、なら先に聞かせろよ」

《イーライがどう考えてるかが最優先なんだもの》

『私達の希望を押し付ける事は回避したいので』


「ウォルター、口調が」

『昨日の話し合いの中で何とか修正してみました』

《王族然としちゃうからね、キャサリンに電気ショック療法をお願いしたんだ》


「は?」

『あぁ、そんな強くないから大丈夫ですよ』

《ドアを触った時程度だから》


「いや凄ない?」

《本当にちょっとだよ?だから直ぐに廃嫡も出来たんだし》


 え、だって可能性は無限大だぞ?

 いや、だからか?


 いや、寧ろ試されてる?

 え?

 正解が分からない、平穏無事に生き抜く最適解は何だ?


 つか、もう、こう悩んでる時点で何か知ってるのバレてんじゃね?

 でも、信頼するなら。

 いや、野心を抱かせる事だって避けるべき事案で。


 ダメだ、判断が付かない。


「こう、資料が見たいんだけど」

《あぁ、ならまた王宮に行く?》


「あぁ、うん」

『なら私が厩務員グルームとして先に行って待っているから、君らは2人、ウチの馬で』

《そうだね、馬車って面倒だし》




 イーライが熱心に読んでる本は、禁書。

 それこそ王族の中でも本家、大公枠しか読めない禁書中の禁書。


 真剣に読む為に髪を上げてる、フサフサの睫毛。

 偶にムニムニ動く薄い唇。

 触りたいなぁ。


「なに」

《真剣だなぁと思って》


「つか時間を無駄にするなよ、君らだって迂闊には入れないんだろ」

《はいはい、ちょっと休憩してただけ》


 女王陛下が許可した大公2人が揃って、初めて使える特別な書庫。

 そして名付きの叡智の結晶であれば、僕かウォルターが一緒に居れば使える場所。

 入念だよね、結晶だけでは入れない所とか。


 つまりは結晶に対しても警戒はしてるって事か、結晶への安全面の配慮か。

 コレは多分、その両方。


 結構掛かりそうかも。

 何処かで一旦休憩させないと。


『暫く掛かりそうかな』

「まぁ、うん」

《じゃあお茶を用意させに行ってくるから、後で休憩しようね》


「おう」




 真面目で集中力も有り。

 可愛い。

 しかも甘い物が好き。

 欠点が無い。


『かなり、難しい顔をしていたけれど』

「あぁ、前はそう勉強とかしてこなかったから、頭の中で整理するのが大変で」

《メモは許されてるよ?》


「何某かを残したく無いんだよね、念の為に」


 慎重。

 美徳しか無い。


『信用問題、では?』

「君らがどうとかじゃないんだ、そっちは何を調べてたの?」


『合法的な重婚について』


「は?」

『どちらも選べない場合用に』

《良い情報は有った?》


『陛下か結晶限定、どうしても正室、側室となってしまうらしい』

《そっかぁ、けどそこは譲れないなぁ》

「え、ハーレム有りなの?」


《だって一緒に居たいなら仕方無いじゃな?》

『女系男系関係無しに、子孫はどうしても残さなければいけないなら、自然とそうなるかと』


「耐えられる?凄い大変だよ?」

《浮気された事有りそうだね》

『浮気とは違うと思う、それこそ最悪は譲れる相手だからこそ、かと』


「いや、でもだって」

《本当に魔道具を探しに行くつもりだし、それこそ僕らが妊娠するつもりも有るし》

『大変な事だからこそ、私達が寧ろ担うべきだと思う。死なれるなんて事になったら、それこそ子を愛せる自信が無い』


 幾らイーライに似ていたとしても、それはイーライでは無い。

 そのイーライを失う位なら、本当なら、子供さえ要らない。


「でも残せ、となると自分達で、か」

《それこそ既に存在しているなら王家が所有してる筈だから、先ずはそこからなんだけど》

『イーライの気持ちを最優先にさせる事が、私達の願いでも有るから』


「所有してなかったら?」

《旅に出る》

『3人で』


「それって、どちらかと一緒になりたいなら、だよね」

《どっちか、でもだよ》

『出先で何が有るか分からない、最悪は2人共に何か有れば、後悔しか残らないだろうから』


 大きな溜息の後、すっかり頭を抱えてしまって。

 混乱させてしまったんだろうか、困らせてしまったんだろうか。


「そう、こう、ココまで真剣に考えて貰った事が無くて。だからちょっと、考えてた事が吹っ飛んだんだけど、どうしてくれる?」

《嬉しい?》


「そら、本気なら、利用する気が無いなら」

《本気だし、寧ろ利用されたい位なんだけど》

『信用される為なら出来るだけの事はする、だからどうか要望を言って欲しい』


「凄い、口説き文句」




 全員男なのに、なんだこの甘酸っぱい状況は。

 両脇にイケメン、しかも。


《好き好き》

『愛してる、調べ物を終えたら家に帰ろう』


 何なの?

 好意は凄く嬉しいけど。

 調べ物して考えてる最中だったんだけど?


「嬉しいんだけど、邪魔するなら出てってくんない?」

《あ、ごめん、つい可愛くて》

『すまない、自重する』


 ノック。

 誰だろう。


【失礼します】

『私が見て来よう』


 何か揉めてるけど。


《来ちゃった》


 女王陛下。


「へ、メアリー」

《お邪魔しても良いからしら?》


「あぁ、はい、どうぞ」


 今日は魔道具職人の格好で。

 何してんだろ、この人。

 茶目っ気が過ぎるのでは。


《ふふふふ、それでね、もう出来上がったから持って来ちゃったの》

「ぁあ、どうも」


 陛下が丁寧に説明してくれているのは分かるのだけれど、正直、頭に入ってこない。


《で、以上なのだけど》

「すみません、全く頭に入って来ませんでした」

『だから言ったじゃないですか』


《えー、だって本題はココからなのだもの》

「本題、とは」


《記念碑の事もだけれど、今日調べてた事について、疑問が有るならお答えしようかと思ってたのだけれど》


「2人を結界外に置いて貰う事は可能ですか?」

《うん、大丈夫よ》


 そう言っていとも簡単に結界を作り上げた。

 しかも半円の上部だけ、口を読めない様にすりガラスの様になっていて、しかも凸凹も有って。


 そう、魔法に上位も下位も無い。

 如何に機能を追求し、効率的で素早く発動させるか。


「流石、慣れてらっしゃる」

《ふふふふ、ありがとう》


「ぁあ、魔法、雷電の事です」

《あぁ、それでなのね、キャサリンの事ね》


「はい」

《どうして、電気的な魔道具が無いのか》


「はい」

《先代達に禁じられているの、アナタは、そう。魔道具職人達には開発すれば呪いが掛るとされているの、そして実際に事故も多くて、それこそ死者も出てしまった。それと同時に雷電の魔法使いも、最悪は人を操れる魔法にまでなってしまうからと、呪われた魔法として忌み嫌われる様に仕向けた》


「その理屈は分かりました、けど」

《人の素地。素養、教養とでも言うべきかしら、少なくともそのステージに全国民が引き上げられるまで、開発も何もかもを封印状態にしてあるの》


「争いの、大きな争いの火種になるから」

《そう、例外無しにココでは病死や事故死と偽装し、保護する。キャサリンの場合もそう、後から雷電が使えると分かって、丁度良いからそのまま廃嫡させて貰ったの》


「他の人の行き先は」

《聞いてどうするの?》


「だって治療にも使えるんですよ?」

《そうして不死身の軍団でも作る気?持てば攻め入られる、守るには犠牲を伴う、そして悪人に捕まればどうなるか》


「人体、実験」

《そう。先代達が集めた情報の中には、悲惨な最後を向かえた者の情報も有るの。攫われて娼館に売られた子がね、それで、どんなに酷い目に遭っても》


 即死でもしない限り。

 死なない。

 死ねない。

 手当てをされれば、余程の状況で無ければ、死なない。


 しかも何度も死線を彷徨えば彷徨う程、回復速度すら上がる。

 生かす為ではない、殺さない為の防衛反応。


「他にも、ですよね」

《拷問を受けたり、実験されたり、中には拷問官になった子も居るけれど。結局は、よね》


「もう、そこまで」

《安全な場所で、ちゃんと守っているから大丈夫、その為にも医学が進歩したの》


「使わない、利用されないでも済む世界」

《必ず子や親に引き継がれるとも限らない、けれども何人も産ませれば》


「引き継がれるかも知れない」

《そう、だからこそ安全な場所で、健やかに。少しは不便を掛けているかも知れないけれど、その事をちゃんと分かっている子も居るから大丈夫》


「パトリック」

《さっきは凄い動揺だったけど、今は大丈夫》


「ありがとう」


《ふふふふふ》

「すみません」


《良いのよ。そう、寧ろ不便を感じさせてしまっているわよね、ごめんなさい》

「あ、いえ」


《もっと人々の魂のステージが上がれば良いのだけれど、そう、自分の子達で手一杯で。どうしても、他の者に底上げをお願いする事になってしまって、ごめんなさいね》


「いえ、維持にも労力が必要ですから」

《それこそ底上げには何倍もの労力、知恵や知識、お金が掛る》


「上に立つ者こそ倹約、節制をし、ノブレスオブリージュを達成すべき」

《ノブレスオブリージュとは、つまりは国民の教養の底上げ。そして王族とは、力を正しく安全に使える世界へと導く者、いつか来る世界平和を叶える為に》


「内部は大丈夫ですか」

《ふふ、そこは大丈夫、それこそ基礎だもの。ただ、それこそ王宮内部限定、パトリックの様な良い子を重用出来たのはあの子が自ら進んで来てくれたから。そう、どうしても些末にまでは目を配れない》


「いえ、中心部が安定しているだけでも大分楽なので。想定よりも安定していて、寧ろ安心しました」

《でも、まだまだ、でしょう?》


「まぁ、まぁまぁ」

《もう、本当、ごめんなさいね》


 小さく溜息をついて、顔を覆ってイヤイヤと。

 この人も人間、そしてまだまだな世界であると自覚していて。


 何だパトリック、手をひらひらと。


「なに」

《口説いてる?》


「は?」

《羞恥を強く感じたから》


「あぁ、してないしてない。後ちょっとだから待ってて」

《分かった》


《ふふふ、イヤね本当、真偽だけが分かると私も最初は侮ってて。だからコレ、付けたの、お陰で会議でも有利に事が運べる様になったんだけど。アナタも要る?》

「あぁ、いや別に、寧ろ助かってるんで。まだ、良いかなと」


《そう、けどいつでも言って頂戴ね、コレは既に作って有るから》

「あの、そこなんですけど、性別を変えられる魔法や魔道具は無いですかね?」


《それは外見だけ、の事では無いわよね?》

「はい、出来れば、妊娠が可能になる物。で」


《そう、それで、どちらを選ぶ気なの?》

「両方ってダメですかね?」


《全然、寧ろ全然アリよ。だってもうあの子達の子供を見るなんて諦めてたんですもの、ふふふ、アンが喜ぶわね》

「あの、病死、とだけしか聞いていないんですが」


《梅毒検査では確かに陽性が出るのだけれど、あの人は梅毒じゃなかった、心臓を傷めて死んでしまったの。それこそ最後の頼みに、ごめんなさい、雷電の子にウォルターが育つ様にお願いしてしまったの》


「何人もなら、ですけど、ウォルターだけなんですよね」

《そう、そして出産の時に。でも、甘く躾けたつもりは無いわ、それこそアンに怒られてしまうもの》


「なら、別に、少なくとも自分には責めるつもりは無いです」

《延命には使ってはならない、そこは今でもちゃんと守っているわ》


「知ってて使えないのは、お辛いかと」

《それこそ禁忌、対価、代償を支払う事になると分かっているから。しかも最も大切なモノが、理不尽にも奪われてしまう。だからもう、ウォルターの時はドキドキして、眠れない日が続いたわ》


「延命、では無いですし」

《そう開き直るまでに、どれだけ掛ったか、お陰でもうウンコが真っ黒になっちゃって。もう、そこでやっと開き直ったわ》


「あー、胃腸ですか」

《そうそう、アナタと同じ、ふふふふ。あ、魔法や魔道具の事よね。ごめんなさい、ココには置いて無いの》


「あぁ、ある意味で王族の延命になってしまうから、ですかね?」

《しかも継承権を持つ者が絡めばややこしくなるし、けれど所在は分かっているわ》


「え、本当ですか?」

《ただ、他国なのよ》


「えー」

《フィンランド、と言えば分かるかしら?》


「名と場所はザックリ、ですけど」

《イルマリネン、若しくはロウヒのどちらかが持っているとされているの》


「そう、王族の方は全てのデータを把握しているんですか?」

《ふふふふ、予め調べておいたの》


「すいません、ありがとうございます」

《良いのよ。けれどもし、手に入らないとしても、仕方無い》


「滅びるべき運命なら、ですね」

《そう、そう心構えをしておいて、決して無理をしてはダメ》


「はい。それで、キャサリンには?」

《あの子が外に出られているのは、治療魔法師としての素質が殆ど無いからなの。出来ても攻撃魔法だ、としか思っていないから》


「でも、目覚める危険性が有ったら」

《お願いするわね、あぁ、その為にも伝書紙が必要よね。後で運ばせるわ》


「はい」

《それと、記念碑ね》


「はい」

《学園に有るのよ、創立記念碑、アレがそう言う扱いなの》


「じゃあ、やっぱりあの学園って」

《ふふふ、興味本位以外なら答えるわ》


「今はもう、止めときます、色々と整理しないとなので」

《あぁ、燃した紙は土に混ぜてしまえば大丈夫、復元不可能よ。私の知る限り、現時点ではね》


「それで植木鉢なんですね」

《そうなの、けど枯れない様にしてあげてね、灰と相性が悪い子も居るから》


「はい、ありがとうございます」

《ふふふ、楽しかったわ。またね》


「はい」




 何を話してたのか。

 その全てを聞く事は出来ないけど、もし僕が王族でも何でも無かったら聞けない事。

 コレしか聞けないと思うか、コレだけ聞けると思うか。


 あの子も、こう思える子だったら少しはマシだったのに。


『じゃあ、いつ出ようか』

「いやちょっと待ってってば」

《だね、それこそ落ち着いて考えないとだし。まだローズの事も片付いて無いんだし》


「あ」

《そこを片付けてから、そんなに時間は掛からない筈だし。寧ろ焦らないで良いんじゃない?答えはまだ、一応は出て無いんだし》

『あぁ』


「それで思ったんだけど、追加されるってなったらどうするの?」


 コレはちょっと、僕らが甘かったかも。

 僕らが満足させられなかったら、それこそ、なんだし。


《そこは、十分に精査させて貰ってから》

『苦渋の選択だけれど、涙を飲んで、受け入れるしかないと思う』

「いやハッキリ言ってよ、どう考えてるかの話し合いなんだから」


《今はウォルターを受け入れるので手一杯、けど満足させられなかったらって、そこは考えて無かった。ごめん》

「そう悩んでの決断なの?」

『圧倒的に経験値が無い、ので』


「そこは、うん、気にしないで。今後も、そこは気にしない様に、先ずはイヤかどうか答えて」

『分かった』

《うん》


「よし、じゃあフィンについて調べよう」


 こうして前向きに調べてくれるって事は、受け入れてはくれてる。

 後は、何が問題なんだろう。




『どうすれば、受け入れて貰えるんだろうか』

《やっぱり、僕らが最悪は他の女性と行為に至る事を、受け入れるしか無いんだと思う》


『そこまで私達に価値が有ると思ってくれているのは嬉しいんだが』

《僕らにとっては、自分達にそこまでの価値が有るとは思えないって言うか、その意欲が無い》


『イーライの子供が欲しいかと言われれば、そうでも無い』

《もう居たらね、それなら、んだけど》


『根本的に、やはり私達は壊れているんだろうか』

《どうだろう、意外とほら、男共もどうでも良いってヤツは多いし》


『女性もなのか?』

《その場では高揚して子供が欲しいとか言うけど、いざってなるとね、だから学園でも性交は禁止なんだし》


『一応、念の為に検査は受けるべきなんだろうか』

《んー、だね、思いも寄らない感染も無くはないって聞くし。そのまま健康診断しちゃったら?イーライの健康診断って昨日とかだし》


『あぁ、パトリックもするか?』

《だね、折角だし。大人用も含めて入念にやって貰おう》


『あぁ、だな』


 コレでもし、母上の様に梅毒では無いのに陽性結果が出てしまったら。

 それこそ旅に同行する事も、妊娠も実質不可能になってしまう。


 もし、そうなってしまったら。

 流石に、身を引く事になるだろう。

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