429 トニーの場合②

 なるほど、これはこれで悪くねえな。


 その日は、トニーの記憶にある中で最も騒がしい日であり、最も楽しい日となった。


 今回トニーがやったのは市民に店を出すように通達し、金貨を配布し、道路沿いに建物を作っただけである。都市システムを使えばすぐに終わる事であり、まさかその程度の行動でここまで賑やかな光景が作り出せるとは、予想していなかった。店は作れても客を作る事はできないのだ。


 そして、例え店に並んでいるのがシステムで簡単に手に入るものであっても、それらを見て回るのは、意外にも楽しい事だった。


 どこに顔を出しても市民達は大手を振って歓迎してくれた。


 トニーのエリアは普段から比較的人が多いが、こんなに大勢が一箇所に集まるのは初めての事である。皆熱に浮かされているかのようだったが、たまにならばこういうのも悪くはないだろう。


 店を作った市民達は皆、トニー達を大歓迎してくれた。商品をただで渡そうとしてくる者もいたし、感激して気絶する者までいたくらいだ。


 店にも人を集める事にも現時点では特に意味はない。だが、配下達から何も文句が出ないのは、恐らくトニーと同じ事を考えているからなのだろう。その熱狂には、可能性が、未来があったのだ。


 日が暮れ、拠点に戻る。だが、まだ興奮は冷めそうにない。


「いやー、まさか俺のエリアにあんなに人がいたとはな。いや、数字ではわかっていたんだが」


「外の世界では毎日ああいう光景が見られる街もあるけど」


「マジでか!? そいつは、一度は見てみてえもんだな」


 この光景を作ったきっかけになった男――クライの言葉に、心底驚く。

 今日のトニーのエリアは恐らくコード史上最も賑わっていたのに、そんな光景が毎日見られる都市があるとは。


 その言葉に、混乱しながらも終始笑顔で都市を回っていたアリシャが目を輝かせて言う。


「クライ! 私に見せてくれるって言ったよね?」


「…………機会があったらね」


「おいおい、安請け合いするもんじゃないぜ」


 予想外と言えば、アリシャも予想外だった。


 アリシャ・コードは活発で明るい娘だった。最近になって何度か都市システムを通してその姿を確認していたが実際に見ると、事前に抱いていた印象以上のものがあった。

 ずっと幽閉されていたはずなのにその表情には陰がなく、何より――記録を確認する限り、ここ数日で明らかに成長している。


 外界の刺激を受け、感情を揺さぶられた結果、肉体的にも精神的にもアリシャは変化している。以前のアリシャは綺麗な人形のようだったが今の彼女を見て同じ印象を抱く者はいないだろう。


 問題は、もう王位争奪戦まで間もないという事だ。


 既に王位争奪戦の結果は見えている。

 アンガスが勝つ。負ける理由がないのだ。ノーラが知っているかどうかはわからないが、トニーにはアンガスの保有する戦力が大体見えていた。


 これまでは別にアンガスが勝っても構わなかったのだが、状況が少し変わった。


 兄が目指しているのはより強いコード。あの慎重で真面目な兄は恐らく、今回のトニーの行った施策を望まないし、アリシャの生存も望まないだろう。

 隠すものなどないので監視を妨害していなかったのが間違いだった。


 アンガスは間違いなく今日のトニー達の様子も確認しているだろう。そして、思ったはずだ。


 アリシャは危険だ、と。

 今のアリシャはただのスペアと断ずるには少しオーラがありすぎた。


 今日のショッピングでもトニーと同じくらいは騒がれていただろう。アリシャには人心を動かす力がある。

 

 今はまだ大した力ではないが、放っておけば厄介になるであろう力が。


 そしてそれを引き出したのがクライ・アンドリヒだ。

 アンガスが王位に就けば、アリシャとクライは間違いなく処刑されるだろう。そして、トニーが今回行ったような施策は禁止される。


 だがそれは余りにも――つまらない。


 何か打つ手がないものか……もう少しこの状況になるのが早かったらやりようもあったのだが……。


「王が変わったらどうなるかわからないんだからな。だが、外にはまず出られないだろうし、こういう真似もできないだろう」


「トニーお兄様が王になったら、お店を沢山出しますか?」


「それは無理ってもんだ。言っておくが、《雷帝》でも覆らないくらいの力が兄貴にはある」


 アンガスの戦力拡大はトニーが当初予想していたよりもずっと進んでいる。

 それを成し遂げたのが、外からやってきて参謀になったジーン・ゴードンだ。あの男は数年前にコードにやってくると、すぐにアンガス配下の貴族達を叩きのめし、参謀の席を得た。それからただでさえ多かったアンガスの戦力が盤石なものになるのに時間はかからなかった。


 どう計算してもまともに戦ったら勝ち目はない。


 だが、トニーの言葉にもクライは何の反応も見せなかった。ただ、にこにことアリシャに言う。


「まぁ大船に乗ったつもりで任せておきなよ。僕には僕のプランがある。悪いようにはしないよ」


「!! トニーお兄様、クライに任せましょう! 私の近衛は凄く優秀なんです!」


 アリシャが目を輝かせて、トニーの腕を揺すってくる。その表情には深い信頼があった。


 トニーにはそんなに信頼に値する男には見えない。

 確かに発言は面白いし色々信じられない結果も出しているが、所詮は総合評価4なのだ。評価基準は不明だが、評価には能力だけでなくやる気も含まれているという説が濃厚である。つまり眼の前の男は能力もなくやる気もないはずなのだ。


 だが――それが一番、か。


 今更ジタバタしても仕方ないのだ。それに、可能性もある。

 クライはシステムの穴を突き、王のかけたロックを解いた。アンガスを打倒するにはそのくらいの奇跡が必要だ。


 トニーはサングラスを外し、まじまじとクライの顔を見て言った。


「なるほど……アリシャがそこまで言うなら、全て任せてみるか。俺に何かできる事があったら、言ってくれ」


 それに多分、その選択が一番――面白い。


 トニーの言葉に目を瞬かせると、少しだけ考えて、中途半端な笑みを浮かべて言った。


「さしあたっては特に何もないんだけど――それじゃ、悪いんだけど壊してしまった小クモを直してくれるかな。おひいさまが乗りたがっているんだ」





§ § §





 結局、おひいさまを連れての観光計画は大成功に終わった。


 ザカリーさんに会い、ノーラさんに会い、トニーさんに会った。

 クウビを仲間に引き入れたりおひいさまが駄々をこねたりトニーさんの所に店が出来ていたり予想外は色々あったが、おひいさまが終始楽しそうだったので問題はないだろう。


 随分あちこち歩き回って色々な人と話したというのに、おひいさまは全く疲労を見せなかった。むしろ出発前と比べて、エネルギーで満ち溢れているように見える。


「クライ、楽しかったね!」


「うんうん、そうだね。それはよかったね」


 どうやらストレスも解消できたようで何よりだ。この間まで閉じ込められていたとは思えないよ、まったく。


「それで、明日はどこに行くの? 戻ってきちゃったみたいだけど――」


「それは…………そうだなあ。トニーさんが修理してくれたクモにでも乗ったら?」


「!!」


 こくこく頷くおひいさま。凄いバイタリティに負けそう。

 ノーラさんやトニーさんのエリアと違って余り人のいない道を通り、見知ったおひいさまのビルにたどり着く。おひいさまが中に入り、僕も続こうとしたところで、クールに声をかけられた。


「クライさん、それで……プランとはなんですか? 何かこちらに仕事があるのならば共有してほしいんですが」


「あー、プランね。大丈夫大丈夫、共有なんていらないいらない」


「…………」


 カイザーとサヤがアンガス王子を保護して合流してきたら他の王族全部連れて逃げ出すだけだから。


 具体的な作戦はカイザーとサヤが主体となって立ててくれるだろう。優秀な仲間がいると楽だぜ。


「…………私は好きにさせてもらうぞ、《千変万化》。何を考えているのかは知らんが、仲良しごっこには興味がないからな。プランとやらが始まったら、呼べ」


 クウビがそう言い捨て、去っていく。彼には自分が罪人である自覚がないのだろうか?

 今日おひいさまを案内している間もずっと何かを考えているようなしかめっ面だったし――。



「ではクライ、僕も戻るとしよう。対コード兵器の訓練をしなくては」



 物騒な事を言い残し去っていく《嘆きの悪霊》。皆元気が良すぎる。


 もう疲れたし、今日はさっさと寝よう。僕はため息をつくと、おひいさまのビルに入っていった。






§ § §








 ――そして、気がつくと、僕は不思議な部屋に寝そべっていた。


 きらきらと光る高い天井。どこまでも広い金属製の床に、透明な壁。


 まだ半分眠っている頭を数度振り、なんとか起き上がる。


 昨日は確か、観光を終えて、おひいさまの部屋の前にベッドを出して眠ったはずだ。


 混乱している僕の耳に、聞き覚えのある嗄れた声が入ってくる。



「よくぞまいった、クライ・アンドリヒ。コードの想定外よ」

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