428 トニーの場合

 ノーラさんの拠点で一泊する。ノーラさんのエリアでも、おひいさまは大人気だった。

 何しろおひいさまは明るく気さくだし、ノーラさんのように気後れするようなオーラもない。もしかしたら僕がこれまで出会ってきた王女の中ではセレンの次くらいに人気があるかもしれない。


 そして外部と交流する事で、おひいさまの調子も一段と良くなってきている気がする。やはり、幽閉された状態では何か満たされないものがあったのだろうか。


 出立の前、ノーラさんがわざわざビルの前まで出てきて挨拶をしてくれる。


「また気が向いたら来ると良い。なんなら、長期滞在しても構わんぞ。いい刺激になるだろう」


「ありがとうございます、ノーラお姉様!」


 おひいさまが涙目でお礼を言う。駄々こねした時はどうなるかと思ったが、一晩旧交を温めた(会うのは昨日が初めてみたいだけど)事で、二人ともいい関係を築けたらしかった。


「《雷帝》、クウビ、アリシャを頼んだぞ。トニーのエリアで問題が起きるとは思えんが……アリシャは特殊な立場だ。不届き者がいないとも限らんからな」


「安心したまえ、ノーラ。我々三人がいるのだ、君の妹はこのコードで一番安全だよ」


 クラヒが鷹揚に笑い、クウビがつまらなそうに鼻を鳴らす。そこで、ノーラさんが思い出したように僕を見た。


「そう言えば、クライ。貴様、この人物に見覚えはあるか?」


 ノーラさんがぱちんと指を鳴らし、空中に映像を出現させる。


 そこに映っていたのは――気味の悪い仮面を被った大柄の男がノーラさんの騎士達を襲う姿だった。


 思わずその姿に視線を奪われる。

 おかしな言い方だが、その舞うような独特の足運びには自然と視線を向けてしまう奇妙な魅力――強制力があった。


 ノーラさんの騎士達がほぼ無抵抗でばたばたと倒れさていく。


 てか、この画像の人、どう見ても僕と一緒にコードに入ってきたカイザーですね。

 仮面をつけたくらいで僕の目は誤魔化せない。


「あるよ。カイザーだ。テンペスト・ダンシングで国を幾つも救った最強のダンサーだよ」


「ダン……サー……?」


 聞き返さないで欲しい。僕だって若干半信半疑だったが、これは確かに踊りだなあ。


「アンガスが送って来た手の者だ。仮面で操られている。まさか私の鍛えた強化騎士団が抵抗出来ずにやられるとは、な。恐らく最大の敵になるだろう」


 仮面に操られ…………?僕はその言葉に、目を丸くした。


 再び映像に視線を向けると、騎士達が倒れたその場に沢山のごろつきがぞろぞろ現れ、倒れた騎士達をどこかに運んでいるところだった。



 ふむふむ、なるほど。これは――。



「心配いらないよ、ノーラさん。彼は操られてなんていない」


「何!?」


 レベル8ハンターとは英雄である。幻影の中には人を操ってくる類の妖魔も少なくないし、洗脳耐性は完璧のはずだ。


「操られている振りをしているだけだよ。その証拠にほら、一人も死んでないじゃん。カイザーが本気を出したら誰一人生きていないよ」


「うーむ……………」


 半信半疑の表情で唸るノーラさん。僕も正直、カイザーがどういう意図でノーラさんの騎士団を襲ったのかはわからないが、アンガス王子を保護する上で必要な行為なのだろう。

 カイザーやサヤは甘めに見積もっても僕の百倍は仕事ができるはずだから、何の心配もいらない。


「まぁ、全て任せておきなよ。餅は餅屋だ」


「…………お前は一体、何なんだ」


 ノーラさんが深々とため息をつく。


 今は言えない。だが、すぐに分かる事になるだろう。既に保護完了まで秒読みだ(適当)。全ての決着が付く前に次のエリアの観光に行こう。




§




 トニーさんのエリアは数日前に訪れた時に見た光景とは一変していた。

 クモで移動している時点で気付いたのだが、道路の両脇にこの前まではなかった建物ができている。


 道に出ている人の数も前回よりもずっと多い。おひいさまが目を輝かせている。隣で見下ろしていたクールが目を見開いて言った。


「あれ、もしかして屋台じゃないですか?」


 そんな馬鹿な……この街に店などないはずだ。ノーラさんにも聞いたし、トニーさんにも確認したし、ザザ達にも聞いた。皆が口を揃えてそんな物必要ないと言っていたのに……だが、確かにそう言われてみれば、屋台にそっくりだ。群がっていた人も何かを持って外に出てきている。


 クモに指示を出し、飛び移っていたビルの上から地上に下ろす。


 道路に着地するのを見計らったかのように、隣に真っ青なスマートなフォルムのクモが着地した。

 

 トニーさんがクモから飛び降り、こちらに手を挙げ、フランクに声をかけてくる。


「よう、クライ。どうだ? 俺の街は? 大したものだろう?」


「これどうしたの?」


「試してみたんだよ。あんたに言われた言葉をな。確かにどうしてなかなか、悪くないな」


 トニーがにやりと笑みを浮かべる。


 そう言われてみると……前回合った時に、いらない店でもやってみたら案外面白いかもしれないみたいな話をした気がする。アドバイスとかではなかったのだが……。


 そして、たった3日かそこらしか経っていないのにここまでするなんて、行動力が凄い。


 僕のついてクモから降りたアリシャが、笑顔で挨拶をする。もう三人目だから慣れたものだ。


「初めまして、トニーお兄様。アリシャ・コードです」


「おう、知っているぜ。見ていたからな。といっても、ノーラの所や、最初のビルの中では妨害がかかっていたから、何があったのかは知らないが……随分楽しんでいたみてえだな」


「はい! トニーお兄様のエリアも気になっていました。クライから小さいクモをお土産にもらって……トニーお兄様が作った物だと聞いて――」


 おひいさま、僕からのお土産に興味津々すぎでは? なんか申し訳なくなってしまう。


 その言葉にトニーさんはにやりと笑みを浮かべる。


「そうかそうか、クライ、あんたも災難だったな。といっても、あの後、俺も王に散々叱られたんだが――さすがに王の警戒網に突っ込んだら無理ってもんだぜ。まぁ、だが、今後の参考にはなった」


 小クモを使った時の様子も見ていたらしい。僕、あれで死にかけたんだけど……。


 トニーさんが、中身の詰まった手のひらに乗るくらいの革袋を取り出し、おひいさまに渡す。

 中に入っていたピカピカの金貨に、おひいさまの目が輝いた。


「小遣いをやろう。その辺の店で使える、見て回るといい。と言っても、商品はシステムで出せる物ばかりなんだが――何しろ出せる物も膨大だから、見た事ない物もある」


「トニーお兄様!! ありがとうございます!」


 …………ちらりと見えたんだけど、トニーさんが渡していた金貨、ゼブルディアの金貨だったんだが?


 この人、他の王族の人達と比べても自由過ぎる。


「金貨は俺だけが作れるようにして、市民に配ったんだ。市民の間じゃあ、金貨を集める事がステータスになっている。長く続くかはわからねえが、皆、都市システムにアクセスしてより売れる商品を探しているみたいだ。面白いだろ?」


「うんうん、そうだね。活気もあるし、いいんじゃない?」


 お祭りみたいで好きだよ僕は。ちょっと街並みがシンプル過ぎると思っていたし。


「皆、金貨を手に入れる事ばかり考えて、本来の仕事の方が疎かになっているけどな」


 仕事と生活が結びつかないとそうなるのか……。

 金貨の袋を片手にそわそわしていたおひいさまが、僕の腕を引っ張って言う。


「クライ、早く買い物にいこ! トニーお兄様も一緒に!」


「仕方ないな。この俺が直々に案内してやろう」


 トニーさんが、楽しそうに笑みを浮かべる。王子王女が二人で買い物するとか、騒がれそうだな。


 僕は、早くもその姿を見つけざわついている人達を見て、頭を掻いた。

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