427 ノーラの場合④

 おひいさまの予想外の言葉に、空気が凍る。だが、すぐにその言葉の意味を理解したノーラさんの叫び声が王座の間に響き渡った。


「!? そんなの、ダメに決まってるだろう!」


 ダメに決まってますよ。レースに勝ったお願いに王位を求めるって、どういう事?


「なんでもいいって言ったのに……」


「た、確かに言ったが…………アリシャ、お前、王になりたいのか? 王位を得るという事は、コードに住む全員の命を背負う事に等しい。本当にその覚悟があるの?」


 とつとつと諭すように言うノーラさん。その意外な姿に、騎士の人達が目を丸くしている。



 ノーラさんの説得におひいさまは一瞬沈黙したが、突然その場に倒れ込んだ。




 これは――まさか……!






「やーだー! アリシャ、王位がほしいの! お願い、ノーラお姉様! 王位頂戴? おーうーいーほーしーいーのー! 大事にすーるーかーらー!」






「……クライ、貴様、仮にも王族に、とんでもない知恵を吹き込みおって……」



 ジタバタするおひいさまに目もくれず、ゴミムシでも見るかのような眼差しを向けてくるノーラさん。何で僕が教えたってバレているのだろうか……いや、監視していたのか。


 いくら我儘だった頃のリィズでも、王位を欲しがり駄々こねする事なんてなかった。しかし、大して欲しくもなさそうなのに駄々をこねる辺りは昔のリィズちゃんを思い出させる。


「クライは、私のなの! だから、クラヒとクウビもわたしので! 王位も私のなのー!」


「なんとなく筋が通ってるのは駄々として失格だよ。駄々こねは説得じゃないんだ」


「言ってる場合か!」


 ノーラさんがばしんと頭を叩いてきて、結界指が発動する。


 確かに言ってる場合ではない。混沌とした場の中で、騎士の内の一人が言った。


「し、しかし、確かに、筋が通っているのは、事実。アリシャ様の言う事にも一理あるかと」


「近衛の力は、王族の力だからな。だが、たかがレースの結果で王位というのは――」


「ノーラ様はアリシャ様をお認めになった。卑怯な真似をしたアンガス王子よりはいい」


「強化もされていないのにあの動き、ノーラ様についていけるなんて、ポテンシャルは間違いなくある。きっと勉強すれば立派な王になるだろう」


「気軽にお散歩をして、お手を振ってくださるかもしれん。今のコード王は偉大だがほとんど王塔から下りられないからな」


「あるいはノーラ様と役割分担するという手も……ノーラ様が鞭を、アリシャ様が飴を」


 次から次へと話し合う騎士団の面々。この人たちの忠誠心はどうなっているのだろうか。


「め、めちゃくちゃ言うんじゃない。お前達は私とアリシャ、どちらの味方なのだ!」


 髪を振り乱し、顔を真っ赤にしてジタバタするおひいさまに、ノーラさんの騎士団達の心は完全に傾いていた。


 ザカリーさんもおひいさまの言う事を聞いていたし、ノーラさんもだいぶ態度が軟化しているように見える。おひいさまには何かそういうカリスマがあるのかもしれない。



 だが、このままではまずい。僕はノーラさんを見て言った。



「ノーラさん……駄々こねにはまだ先がある。そろそろ折れた方がいい」


「先…………だと? これ以上があるの!?」


 ノーラさんの頬がぴくぴくと引きつっている。おひいさまの動きが一瞬止まる。僕は言った。


「あぁ。これで折れないと次は――泥の中で駄々をこね始めるんだ」


「!? 泥の中に、だと!? それが王族としての姿か!?」


「それでもダメだと……服を脱ぎ始める」


「ッ!? ひ…………人と、しての、尊厳が――」


「や、やらないから!! 流石に!」


 青ざめ愕然とするノーラさんや騎士の人達に、おひいさまが顔を真っ赤にして叫ぶ。


 どうやら、リィズクラスは無理だったようだが、ノーラさんはもう動揺で話を聞いていなかった。




「わ、わかった。わかったぞ、アリシャ…………こうしよう。これで、どうだ? 王位は、譲ってやってもいい。だが……条件があるわ」



 床に転がったまま固まるおひいさまに、ノーラさんが真剣な、深刻そうな表情で言った。



「他の王族を、説得する事よ。アンガスを説得しろとは言わない。トニー、モリス、ザカリーを説得出来たら、私も甘んじて王位を譲る。これ以上の譲歩はしないわ。頷きなさい」


「わ、わかりました、ノーラお姉様………」



 最大限の譲歩をするノーラさんに、おひいさまが両手で顔を隠して受け入れる。


 指の隙間から見えるその顔は真っ赤に染まっていた。








§ § §





 第一王子、アンガス・コード。そのエリアの遥か地下。王位争奪戦を目の前に、全力で兵器を製造している施設で、アンガスは己の腹心であり、参謀でもあるジーン・ゴードンを睨みつけていた。


「ジーン、貴様――ノーラに奇襲を仕掛けたそうだな」


 その声に、ジーンが頭を下げ、仰々しく答える。


「御意に。それが必要な事であります故。殿下へのご報告が遅れました事は、お詫びいたします」


 本来、アンガスはノーラに奇襲など仕掛けるつもりはなかった。確かに、王からの通達はこれまで取れなかった作戦を立てるきっかけになりうるものだったが、そもそもノーラとアンガスの差は現時点で十分に離れている。


 外部からの傭兵達の多くは最終的にアンガスの元に集まった。場数を踏んだ半犯罪者達に加え大量に製造した兵器があればノーラの騎士団相手でも十分に戦える軍勢となる。

 圧倒的な兵数に加えてカイとサーヤの力があれば、王位はほとんど手に入ったようなものだ。場合によってはケンビだって使える。


 アンガスは慎重だ。慎重だが、必要以上の被害は出さないようにしている。


 何故ならば――ノーラの軍勢は王位を得た後にアンガスのものになる予定だからだ。

 そして、王になって圧倒的な権限が手に入っても人心は変えられない。王位争奪戦とはなりふり構わない戦いであると同時に一種試合のような色を持っている。


 下賤な策を使って勝利すれば人心は離れ、王としての権勢に影響しかねない。


 今回の奇襲はそれに加えて、ノーラの怒りを買うものだ。メリットよりデメリットの方が大きい。


「必要な事。必要な事、か。ジーン、貴様はこの私がノーラに対して敗北するかもしれない、と?」


「そうではございません、殿下。しかし、イレギュラーが発生しているのは確か。《雷帝》がノーラ王女に協力すれば万一も――」


「ありえんな。例え《雷帝》が協力しても、万一などありえん」


 ジーンの言葉に、アンガスは断言する。


「更に追加でノーラが封印指定――《空》の説得に成功したとしても、負ける可能性は低い。《空》が出てくればケンビが相手をする、そういう契約だ。お前が戦力拡充に全力を尽くしている事は知っているが、お前に権限を与えたのは、そのような行為をさせるためではない」


 ジーン・ゴードンは優秀だ。優秀だが、時にやりすぎる事があるのを、アンガスは知っていた。

 恐らく外の世界ではあらゆる手を使わねばならなかったのだろうが、このコードでは違う。


「今回の件は許す。だが私の言葉、肝に銘じておけ。捕らえたノーラの兵は生きているんだろうな?」


「もちろんです、殿下。彼らもこのコードの忠実なる市民でございます。傷つけるような真似は決していたしません」


 平伏するジーンを見下ろし、アンガスは鼻を鳴らす。


「ならば、よい。このような些事に悩まされるのも後僅かだ」


 アンガスの試算では、王の寿命は後数日だ。


 最後に想定外が幾つも重なったが、アンガスに匹敵する勢力はついに現れなかった。後はアンガスに逆らう勢力を蹴散らし王塔に向かうだけだ。

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