430 王の場合

 声の方向を見る。そこで僕は、初めてこの部屋に唯一存在するものに気づいた。


 玉座だ。


 白いシンプルな玉座に、一人の老人が座っていた。くぼんだ瞳に僕よりも細い骨ばった腕。


 何年生きているのかも不明な年老いた男が、まだ状況がわかっていない僕に言う。



「悪いが、私はもう動けん。寿命で、間もなくこの命は消えるだろう。今日、お前を呼んだのは――礼を言うためだ」


 ようやくその言葉で、僕は気付いた。

 

 この人、コード王だ。声も頭の中に響き渡っていたあれとほぼ同じである。


 そしてこの状況。どうやらあの声の主は本当にこの国の王だったらしい。


 僕は大きく深呼吸をすると、ゆっくりコード王に近づいた。


 コード王の目は既に僕を見ていなかった。ただ、威厳のない声で続ける。


「お前にはアリシャが世話になった。ここ数日、ずっとお前を観察していた。いいものを見せてもらった。私には子が何人もいるが、その成長を実感したのは今日が初めてだ。強き王を生み出すためにずっと人生をかけてきたが、もしかしたら私は……とても勿体ない事をしたのかもしれん」


 どこか満足げな声。


 素人目に見ても明らかにコード王は長く持ちそうになかった。いや、むしろまだこうしてしっかり会話を交わせているのが不思議なくらいだ。


 まぁ、死ぬのは仕方ないだろう。

 寿命だと言っているし、ハンターは死と隣合わせの仕事だから僕でもこういうのには慣れている。


 だから、僕はため息をついて言った。


「王様、そういう事なら、貴方は――僕じゃない人を呼ぶべきだ。悔いが残るでしょ」


「そうかもしれないな。だが、私は合わせる顔がない、何しろ、事情があるとは言え――子ども達に王の座を競わせるように仕組んだのだから」



 事情、か。つまりそれって……貴族に言う事を聞かされてやったって事かな?



「終わった事は仕方ないよ。まぁ、結果だけ見るなら、おひいさまはもちろんだけど、ザカリーさんもノーラさんもトニーさんも、皆悪い人間じゃなかった。王様が心配するような事にはならない」


「私は――他人が信用できなかった。私は、かつて、裏切られた。そして、王には重責があった。私は小人物だ、だからこのような方法でしか問題を解決できず、今まで誤りにも気づかなかった。そして、誰でもない全く無関係なお前にこうして話をしているのだ」



 全然全く状況がわからないのだが、僕はとりあえず話を聞く事にした。


 これは独り言のようなものだろうし、僕が色々口を挟んだら王様の体力がなくなって死ぬかもしれない。


「前回の王位争奪戦。その混乱をついて探協が攻めてきた話は知っているだろう。コードについてよく知る協力者がいた事も。あの時、コードを逃げ出し、探協に駆け込んだのは――私の恋人だ。美しく活発で何をするか予想できない、私の恋人だった。今のアリシャのような――これは、今では誰も知らない事だ。ずっと忘れていたが――アリシャがそれにそっくりなのは、恐らく都市システムにはその女に私の心が残っている事が明らかだったからだろう」


 眼の前の空間に一枚の写真が表示される。金髪で長い髪、翠の目をした、どこかおひいさまに面影のある女性の写真だ。


 確かにそう言われてみると依頼を受ける際、前回コードを攻めた時には協力者がいたという話をしていたかもしれない。


 僕は後々報告書を書くためにしっかりと頭の中にメモをする事にした。


「王になった私は、恋人が差し向けてきたハンター達を打倒するのに必死だった。怒りのままに私の失墜を願う兄弟姉妹を皆殺しにし、恐怖の余り、一度しか使えない『王命グランド・コード』を使い、魔術を防ぐフィールドを構築してしまった。王命は、もっと有効に活用すべきものだったのに――そして、私は、私のような悲劇が二度と起こらぬように、様々なルールを定めたのだ。次代の王をより強きものにするためのルールを。私は子ども達が殺し合っても仕方ないとさえ思っていた」



 ただのやばい人であった。だが、ある意味、凄い人だ。僕ならば例えコードの王になったとしても絶対に同じ事はできない。



「それは間違えていた。今思うと、恐らくそれが解っていたからこそ私は、子ども達の成長する様子から目を背け、使命に没頭していたのだろう。決意が揺らぐ気がして――私は戦わねばならなかった。クライ・アンドリヒ、このコードには使命がある。王しか知らない、使命が。それは、このコードの起動キーだった王杖を手にした者にしか理解できないものだ」


 コード王が震える腕をあげる。床が開き、台座に突き刺さった一本の杖が現れる。


 杖頭に大きな丸い宝石が浮かぶ変わった杖だ……と、ちょっと待った。なんかこの杖、見覚えがあるぞ?



 よく見る前に、杖が再び床に消える。コード王は何事もなかったかのように続けた。



「この杖は王に、コードの情報を教えてくれる。クライよ。この高機動要塞都市コードは――高機動要塞都市ではないのだ。これは本来のコードの使命の事を知り、初代王が『王命』を使い無理やり拡張した、ただの小規模の浮遊都市でしかない。いや――違うな。ただ家、だ。個人用の、レジャー用の浮遊都市なのだ。軍備も相応しか備わっていない、な。本来、これとは比べ物にならないくらい巨大な、高機動要塞都市が存在していたのだ」


 どこか熱に浮かされたような王様から放たれたその言葉は信じがたいものだった。

 これほど巨大で探協ですら手を出せなかった都市が、ただの個人用の浮遊都市とは…………個人用の浮遊都市って何?


「だが、問題なのはそこではない。問題なのは――コードには戦う相手がいたという事だ。かつて高度物理文明を滅ぼした恐ろしい敵が。そして、本当の高機動要塞都市が存在しない今、この都市は――この都市の王は、近く顕現するであろう、天敵と戦う使命があった」


 マナ・マテリアルによる顕現にはある程度の法則がある。

 高度物理文明時代の宝物殿にはその時代の宝具が顕現しやすかったり、剣と鞘は一緒に顕現しやすかったり、魔王が出現する宝物殿でその魔王を殺せる聖剣が顕現したなんて記録もある。

 怪物と戦う使命がある要塞都市の顕現が天敵の顕現を示唆しているというのは、あながち間違いとも言い切れないだろう。


 …………まぁ、僕ならば多分大丈夫で済ませるけど。


「そのために、先代の王は兵器を作り、国を滅ぼし吸収し、都市の力を高めた。私は探協の襲撃による損耗の回復に努め、より強い王を作り万全を期した。私が死んだら、子ども達は王の座を求め、血で血を洗う戦争を始めるだろう。だが、クライよ、私に子ども達を止める権利はないのだ」



 なるほど……なんとなくわかったぞ。つまり、皆が度々言っていた王位争奪戦ってのはこの事か。


 そして、王が死ぬから王位争奪戦が始まる、と。今日の僕は冴えてる。


 僕にはこの王様が名君とは思えないが、まぁ、ここまでやってしまったのならば仕方ない。前向きに考えよう。


 大切なのは未来だよ。僕はハードボイルドに言った。


「何も心配いらない。悲劇は起きないよ、何故なら僕達がいるからね。僕には僕のプランがある。残念ながら王様の死は止められないけど、後の事は任せると良い」


「そう、か…………うぅッ……」


 感極まったように呻く王様。どこの馬の骨とも知らない男の言葉に救われるとは、どうやら王も随分孤独な人生を送ってきたらしい。


 大丈夫、対処するのは天下無敵のレベル8ハンターが三人だ。これほど手厚い扱いはない。

 王様が亡くなったのなら保護対象は六人、時間が来るまでに保護しないと――。





 ……………………ん? …………時間?



「そう言えば確認しなくちゃならない事があった。都市の機動能力って後どのくらいで直るの?」


「機動……能力? 既に修復は終わっておるわ。次代の王がすぐに動き出せるようにな。それが、私の最後の仕事だ」



 余計な事を……まぁいい。つまり、急がないといけないって事ね。


 緊急事態だが大丈夫、いつもの事だ……いつも緊急事態ってやばくない?



「最後に…………全て終わったら、子ども達に謝罪しておいて欲しい。私が間違えていた、と」



 不意に胸元のカードが熱を持つ。慌てて確認すると、カードの表示が変わるところだった。


 銀のカード、輝く金の星一つから――金のカード、漆黒の星一つに。これまで見たことのないそれは恐らくクラス7――上級貴族の証だった。


 王にしか設定できない、王に認められた証だ。


 床から箱の乗った台がせり上がってくる。箱は僕の眼の前で自動的に開かれた。


 中から出てきたのは見覚えのある銀の包装紙に包まれた棒――チョコレートバーだ。



「それを、アリシャに。皆の者を頼んだぞ」



 かすれた王の声。それを最後に、王は動かなくなった。


 王を乗せた玉座が音もなく床に沈み、ガラスが黒に塗りつぶされる。


 チョコレートバーを手に取ると、強い目眩と共に転送が始まった。

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