423 ノーラの場合

「第三地下訓練場が襲撃を受けました! 襲撃者は一人、訓練生達は全員連れ去られました!」


「市民に紛れさせていた協力者から報告がなくなりました。捕縛されたものかと」


「強化人間技術の候補生の数がどんどん減っています! 追放した外の連中がエリアに忍び込んだ形跡が――」


 あのクソ野郎、こうなったら全面戦争だ。王位争奪戦に入る前にぶっ殺してやる。

 続々入ってくる報告に、ノーラ・コードは即座に命令を出す。


「報復だ! やつめ……自分だけ情報を握っていると思うなよ。あの男の兵器工場を爆破する。奴のバックにいる貴族もぶっ殺してリソースを減らしてやるッ!」


「し、しかし強化騎士団はノーラ様所有です。コード王の怒りを買う恐れが――」


 今更な事を言い出す配下にずいと顔を突き出し、ノーラは嗤った。


「それなら、一時的に所有を変えればいいわ。それが、システムの穴だ。そうだろ?」


 現在、ノーラ・コードのエリアは未知の敵からの襲撃を受けていた。


 いや――未知ではない。これは、ノーラ・コードの最大のライバル、アンガスからの戦力を削るための攻撃だ。そして、それは一つの禁忌が破られた事を意味していた。


 これまで、このようなあからさまな攻撃はなかった。コード王の怒りを買う危険があったから、アンガスもノーラも攻撃の手を控えていたのだ。


 発端はわかっている。先日のコード王からの通達だ。


 アリシャ・コードの扉のロックがシステムの穴をつかれ破られた。

 王のかけたロックが破られた事自体が信じがたい事だったが、それ以上に重要なのは、それをコード王が認め、罰を与えなかった事だ。




 それは、つまり、これまで存在していたシステムの穴――限りなく黒に近いグレーゾーンの行為を、コード王が認めた事を意味していた。



 といっても、ノーラはすぐにグレーゾーンに踏み込むつもりはなかった。まだコード王からペナルティを受ける可能性があったからだ。だが、アンガスは即座に踏み込んだ。その結果が、現在ノーラに集まっている被害報告である。




 ノーラの保有する騎士団は近衛騎士団だけではない。システム的に近衛に任命できる数は限られているから、それに溢れた騎士達で作られた騎士団が幾つも存在していた。


 それらは騎士達の能力という意味では近衛騎士団のメンバーに満たなくても、数という意味では遥かに勝っている、ノーラ・コードの主力である。

 今回損害を被ったのは、ノーラのエリアの各所で秘密裏に訓練していたそれらの騎士団だった。



 アンガスが破ったのは、王族の誰もがその穴に気づきつつ踏み込まなかった『暗黙の了解』である。



 コード王は王位争奪戦発生前の王族同士の戦いを禁じた。だが、それは、全ての戦いを禁じていたわけではない。

 戦いには様々な側面が存在するし、単純に戦いを禁じてしまうと王位争奪戦発生前の戦力備蓄すら戦いに含まれてしまう可能性がある。何が含まれ何が含まれていないのか、論じている時間が無駄になる。

 

 故に、コード王が定めたルールはもっと具体的だ。



 コード王は、王族の戦力の中核――近衛同士の戦いを禁じたのである。



 つまり、それは近衛以外について言及していないという事だ。



 といっても、王が王位争奪戦まで王族同士の戦いを禁止したのは、コードの有する戦力が無駄に損耗する事を避けるためだ。

 近衛以外ならば攻撃しても構わないとするのは、些か暴論が過ぎる。ルールの本質を見極められぬ愚物は王の資格なしと判断されてもおかしくはない。


 故に、これまでは、近衛に限らず誰も他の王族の勢力を攻撃する事はなかった。




 見誤った。見くびっていたと、言わざるを得ない。



 あの慎重で陰湿なアンガスが――リスクのある手を打つ必要などない最大級の戦力を誇る男が、このような大胆不敵でリスクの高い策を即座に打ってくるなんて――。



 だが、この件で王に陳情するつもりはなかった。


 陳情してそれが認められたとしても、ノーラの騎士達は戻ってこないだろう。先日のコード王からの通達で勘違いしたという事で、アンガスはお咎めなしになる可能性が高い。それで今後そういった奇襲は認めないと言われてしまえば、ノーラの戦力が減ったという結果だけ残る。そんなものを認めるわけにはいかない。


 ノーラもアンガスが隠している情報を幾つも掴んでいる。そもそも、都市システムを通した監視が可能なこの都市で完全に隠し事をするなど不可能に近いのだ。


 だが、それらを破壊したところで、まだまだ奇襲で開いた差は覆らないだろう。アンガスの兵器工場の本丸はアンガスの拠点である要塞の内部に存在している。

 さすがにそこは手出し出来ない。そもそも、兵器工場などまた建てればいいのだ。だが、騎士団の損耗はそう簡単に埋められない。


 ただでさえ存在していた差が更に開いてしまった。なにか挽回の一手を考えなければ――。


 王に後どれほどの時間が残されているのはわからない。ノーラの拠点では参謀である貴族達が今後打つべき手を考えている。


 その時、怒りを必死に抑え冷静さを保とうとしているノーラの下に、配下の一人がやってきた。


「ノーラ様、クライ・アンドリヒがノーラ様に面会したいと。《雷帝》と……その…………アリシャ王女を、連れています」


「………………通せ」


 配下の言葉に、ノーラは顔をあげると、低い声で言った。


 程なくして、クライ・アンドリヒ一行がやってくる。今回は先日やってきた時と違い、大所帯だ。


 クライ・アンドリヒに、相変わらず精悍でノーラ好みの《雷帝》とそのパーティ。そして――白いドレスを着た女――何度か都市システムを通して姿を見た、スペア。アリシャ・コード。

 クライは通されると、相変わらず王族の前である事を微塵も感じさせないのんびりした声で言う。


「やぁ、ノーラさん、また来たよ。今日は随分、慌ただしいね」


「クライ、スペア――アリシャの部屋の扉のロックを開けたのは貴様か?」


 せっかく同行してきた《雷帝》に挨拶もせず開口一番に出されたノーラの問いに、騎士達の間に緊張感が奔る。クライはそれに気づいた様子もなく少しだけ考えると、あっけらかんと答えた。


「…………んー……まぁ、そうとも言えなくもないかな」


 こいつ……まさか、疫病神か?


 今考えれば、ノーラの計画は常にこの男に狂わされてきた。


《雷帝》は掠め取られ、協力を得るために譲歩しようとすればアリシャの呼び方を巡って騎士達が下らない陳情を始め、今回に至ってはこの男の行動によってまだ崩御が起こっていないのに戦争の火蓋が切られた。特に今回の件は、無能の一言で片付けられる問題ではない。


 ノーラは深呼吸をして少し気分を落ち着けて、尋ねる。


「これは純粋な疑問なのだが――王の施錠した扉のシステムのどこに穴があった?」


 アンガスやノーラがつこうとしているシステムの穴とクライがついたというシステムの穴には大きな差がある。

 前者は大したものではない、誰でも気づく、言うなれば屁理屈に近いしょうもない類のものだが、クライが開けた扉は王が己の権限によってロックした扉だ。


 確かに、ノーラはその扉を開けようと試みた事はない。アンガスも同様だろう。

 だが、普通は上位のクラスの者が閉めた扉を下位の者が開ける事は出来ない。鍵を閉めるという単純な行為だからこそ付け入る隙はないはずなのだ。


 クライはノーラの問いにしばらく眉根を顰めていたが、ため息をついて言った。


「まぁ、なんかわからないけど開いたんだよ。それよりも、おひいさまを連れてきた。ノーラさんに会いたいと言っていたからさ」


 なんかわからないけど開いたのか……もはや指摘する気力もない。ノーラは忙しいのだ。


 クライの言葉に、その後ろについていたアリシャ・コードが前に出る。


 アリシャはどこか儚げな雰囲気を持つ女だった。髪色も雰囲気もノーラとは全く違うが――確かにどこか不思議なオーラを感じる。

 スペアではあっても王族であるのは間違いないという事か。


 アリシャはノーラを見ると、たどたどしい口調で言った。


「はじめまして、ノーラお姉さま。アリシャ・コードです。お会いできて光栄です。クライから話を聞いて……お姉様には一度会いたいと、思っていました」


 正直、リソースを持たない妹に興味などない。クライを差し置いて部屋の扉が開かれ勃発した諍いの責任を問うつもりもないが、ノーラは何しろ忙しい。

 ずっと幽閉されていたにも関わらずそれなりの挨拶をするアリシャに、ノーラの騎士達から感心したような雰囲気が伝わってくる。


 だが及第点程度に興味はない。


「ほう…………なかなか礼節は弁えているようだな、アリシャ・コード。私はノーラ・コードよ。ちなみに、そこの男からどのような話を聞いているの?」


 すこぶる機嫌の悪いノーラの問いに対してアリシャは、自分の額に手を伸ばして言った。


「はい。クライがお土産に持ってきたこの強化装身具とサプリを研究した人、だと」


「……クライ、貴様、私の研究成果をお土産扱いしたのか!?」


「だって、それしかなかったし……」


 確かに協力関係を結ぶために研究成果を与えたのはノーラだが、まさかお土産にするとは、敬意が不足しているとかそういう話ではない。


 だが、何より信じられないのは――。


 ノーラは、アリシャが示した強化装身具を確認して、眉を顰めた。


「貴様、強化装身具に弾かれなかったのか」


 強化装身具は誰にでも使える便利な装置ではない。鍛え上げられた者を更に高みに連れていくための装置なのだ。

 日々、騎士を目指して鍛錬に勤しんでいるノーラの市民達でも、強化装身具に拒否されない者は多くはないだろう。ずっと幽閉されていた身の上を考えれば、まずありえないはずの事である。


「はい。ノーラお姉さま、私は、外に出た事はないけど、王族として鍛錬の手を抜いた事は、ない」


「都市システムの教育プログラム…………面白いな。ただのスペアではないようだな」


 強化装身具は強化人間技術の一部だ。それを使えるとは即ち、強化技術に耐える見込みがあるという事。


 ノーラは玉座から立ち上がると、自分の額に指を当て、強化装身具を取り外す。


 強化人間技術とはより強い人を作り出す技術。そして、より強靭な王を作り出す技術でもある。


 当然、ノーラ自身もその恩恵を受け、自身を鍛え上げている。

 王位争奪戦。王塔までたどり着けば最終的に重要になるのは素の人間としての能力だ。


 ノーラから見れば、アンガスは武器で怠惰を誤魔化す王として風上にも置けない男である。


「王女だからと言って、戦えなくていいわけではない。スペア、喜べ。このノーラが直々に、貴様を試してやるぞ」


「はい、ノーラお姉様!」


 ノーラの言葉に、アリシャが即座に答える。ノーラの言葉を聞き、全く萎縮していない。


 ノーラを目の前にして自然体でいられる者は珍しい。どうやら、アリシャは見た目も性格も何もかもノーラと違うと思っていたが、胆力という部分では少し共通するものがあったらしかった。もしもアリシャがスペアではなくリソースのある王族だったら、協力関係になれたかもしれない。


 禁忌が侵されてから不愉快な報告ばかり受けて気が滅入っていたが、久々に楽しめそうだ。

 と、その時、黙って主とノーラのやり取りを見ていたクライがしかめっ面で言った。


「ノーラさん、呼び名! 協力する代わりに、『とっても可愛い妹のアリシャちゃん』って呼ぶって約束したでしょ?」


「ッ!? まだしてないわッ!」


 空気を読まずとんでもない事を言い出す男だ。アリシャも目を瞬かせてその単語を呟いている。

 まさか己の近衛が勝手にそんな約束をしているとは思っていないのだろう。


 その純粋な目がなんだか恥ずかしくなって、クライに怒鳴りつける。


「そもそも、私は言ったはずだ! 貴様の馬鹿みたいな条件を受け入れて欲しくば能力を示せ。監獄で封印指定を懐柔してみせろ、と!」


 そうだ……封印指定、だ。

 あのアンガスが手出し不可能と判断した最悪の囚人。その価値はアンガスからの卑劣な攻撃によって更に高まっている。ノーラは封印指定の力を実際に見た事はないが、起死回生の一手があるとするのならばそれ以外に思いつかない。


 ノーラの言葉に対して、クライは小さくため息をつき、仕方なさそうに言った。


「……わかったよ。封印指定、封印指定、ね。試すだけ、試してみるさ」


「先に言っておくが、これはこの私でも手こずる案件だ。何しろ、奴は今、その力で都市システムだけでない、あらゆる干渉を跳ね除けているのだからな。その男が封印指定となったのは、まだ使い道があったから、という理由もあるが、処分できなかった、という理由もある」


「クラヒ、君にもついてきてもらうよ。そのために同行してもらったんだから」


「あぁ、もちろんだ。僕より地下深くに収監されている魔導師……楽しみだな」


 クラヒが爽やかかつ獰猛な、魅力的な笑みを浮かべる。そのクラヒの実力も、あの封印指定と比べれば可愛いものだ。


《雷帝》の力と違って、アレの力は解析すらできないのだから。



「監獄には連絡しておこう。気をつけていってきなさい。私はその間、アリシャと遊んでるわ」



 あの男を懐柔できる可能性は万に一つもない。だが、もしも懐柔できるようならば――認めてもいいだろう。

 クライ・アンドリヒがノーラにとって有用な男である事を。

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