422 ザカリーの場合②

「ふん……あんたがクライ・アンドリヒか。どうやったのかは知らねえが、一応、妹――アリシャを助けてくれた事、礼を言おう。もう知っているとは思うが、念の為。俺はザカリー・コード。このコードの五番目のクラス8だ」


「あ、はい」


 燃えるような赤い髪に、血走った三白眼。野獣のような顔立ちの男が、その顔からは想像できない落ち着いた様子で挨拶してくる。


 だが、相変わらず事前に何も説明されていなかった僕は、ただただ困惑の中にいた。


 ビルを出た僕は、クラヒのいる場所に案内してくれるようにズリィに頼んだはずなのだが――これはつまり、仕事の早いクラヒがさくっと王族を探してくれたという認識でいいのだろうか?


それにしても……事前に王族を見つけましたよという報告があってもいいのでは?


 ザカリーを名乗ったその王族の拠点はおひいさまのエリアに存在するビルの一つ、その地下に存在していた。何故おひいさまのエリアに他の王族の拠点があるのか不思議だが、こんな所に隠れるようにいた王族を見つけるなんて、クラヒのハンターとしての実力の高さがよく分かる。


 ただひたすら困惑し、どうしていいかわからない僕とは逆におひいさまは、一瞬で状況に順応していた。

 僕はビルに入った瞬間に現れた重装備の人達に囲まれ気が気ではなかったと言うのに、もしかしたらおひいさまには外の世界の危険性をもう少し教えるべきだったのかもしれない。


 幸いだったのは、ザカリーさんが僕達に好意的な事だろう。


 部屋に入った際、骸骨を模した趣味の悪い漆黒の玉座に座るガラの悪い男が目に入ってきた時はどうなるのかと思ったが、それはただのセンスの問題で中身は理性的な人だったらしい。


 周りを固めている者達も完全武装していたが、悪い人達ではないようだ。最初はやたらピリピリしていた空気も、ルシャ直伝のおひいさまの挨拶によって、すぐに解消され、そこから先は歓迎ムードに変わり、実際に歓迎会まで開いてくれた(ちなみに僕は状況が理解できず流されるままだった)。


 果たしてルシャが教えた挨拶が王族として正しい挨拶なのかはわからないが、結果良ければ全てよしである。


 そして、だが、やはりザカリーさんも貴族に言う事を聞かされている様子はなかった。周りを固めている人達も市民どころか市民権を持たない下級民のようだったし、どちらかというと反体制側に見える。


 と、そこまで考えたその時、僕は気付いた。


 もしかしてザカリーさんって……探索者協会に依頼を送った依頼人なのでは?


 王族の持つ権限があれば、探索者協会に依頼が届くように手はずを整える事も可能のはずである。


「もしかして、ザカリーさんって僕を呼んだ人?」


「ん? あぁ? あぁ、そうだよ。俺が、お前と会いたいと《雷帝》に呼んでもらった。アリシャが一緒に来るのは想定外だったが――」


 やはり、ザカリーさんは依頼人なのか。ならばこの若干ゲリラっぽい人達に囲まれているのも、貴族達に言う事を聞かされていないのも、納得だ。


 壁際に立っていたクラヒが、感心したような、呆れたような声で言う。


「何をしているのかと思ったら、まさか扉のロックを解除するなんて、クライ、君はいつも僕の予想を越えてくるな。しかも力ずくでぶち破るのならともかく、正攻法とは……僕の雷魔法でもどうにもならなかったのに」


「…………扉にはかなり高い雷耐性がありますからね」


「……普通は無理」


 しばらく会わないうちに少しやつれた様子のクールと、鎧と盾で他の者とは別の意味で重装備のエリーゼが言う。

 とりあえず君たち、全員無事にやってるようで何よりだよ。できれば報告はして欲しかったけど。


「おい、アリシャに武器を触らせるんじゃねえ! あぶねえだろ!」


「は、はい……すみません、ザカリー殿下。そういう事なので、アリシャ様、すみません」


 好奇心の強いおひいさまに詰め寄られ武器を見せていた部下の一人に、ザカリーさんの叱責が飛ぶ。

 さっきからザカリーさんはおひいさまを見てばかりだった。歓迎会でもずいぶん気にかけていたようだし、やはり、幽閉を気にしていたのだろう。


 その様子をしげしげ見ていると、ザカリーさんが小さく咳払いをして、誤魔化すかのように強い語気で言った。


「呼んだのは他でもない。クライ・アンドリヒ、俺に協力しろ。全てはアリシャのためだ」


「……ん?」


「俺に協力している下級民は既に千人を超えている。《雷帝》の力があれば十分、王位を取る勝算はある。アリシャを救い出してくれた近衛だ、悪いようにはしねえ、俺の指揮下に入れ」



 …………あれ? なんか当初に聞いていた話と違うな?


 当初の話では目的は王族の保護であり、コードの暴虐を止める事であり、王位を取ることではなかったはず。いやまぁ、ザカリーさんが王位を取って貴族達を追い出せば目的は達成ではあるのだが、それにしても話が違う。


 もしかしてクラヒが何か言ったのだろうか? チラリとクラヒを見ると、何も聞いていないのにクラヒがペラペラと話し始める。


「まぁ、武器を持っていても、一人一人の能力は並ってところか。少し訓練に付き合ったけど、力というのは短時間じゃ上がらない。だから作戦の成否は敵対戦力にもかかってくるけど――うまくいったとしても、かなり被害は出るだろうね。下級民相手なら都市の機能で薙ぎ払えるみたいだし」


 おひいさまに和んでいた場に深刻そうな空気が立ち込める。


 ところで、別に僕はクラヒにそんな事、聞いてないんだけど……。


「都市の警備システムは俺が止める……が、止めきれねえだろうな。クライ・アンドリヒ、クール達に聞いた話ではお前は――あらゆる難事件を解決した、神算鬼謀らしいな」


 神算鬼謀の噂が僕の知らないところでどんどん広がっていく……僕は無力だ。


「何の冗談かと思ったが――お前は、王以外に絶対に解錠できないはずのアリシャの部屋の扉を開けてみせた。それに、お前はアリシャの恩人だ。今ならば信頼できる。何か、策はあるか?」


 真面目なザカリーさんの表情。

 いやいや……策も何も、前提の話が変わっているでしょう。


 僕は王族を保護するつもりできたのだ。カイザーやサヤだってそうだろう。場合によっては戦闘に入る事も覚悟はしていたが、何もかもを蹴散らして王位を取るとなると話は違う。


 大体、その話、カイザー達は同意してるの? 《雷帝》がいるからって気が大きくなっていない?


 ハンター稼業で依頼人の気が変わるのはよくあることだ。大体は依頼内容より大きな成果を求めてくるのだが、それを受け入れるのを探協は良しとしていない。

 ザカリーさんが依頼人ならば、僕が場所を覚えていなくて参加出来なかった待ち合わせの時間にカイザーやサヤ達と話したはずだ。だが、作戦変更の案をカイザー達は受け入れてないはずである。


 そもそも、ザカリーさんの指揮下に入る事自体余り良くはない。高レベルハンター並の力を求められて困難な仕事を与えられたら即死するし、どう考えてもザカリーさん達に迷惑をかけてしまう。

 僕はザカリーさんの凶相を正面から見ると、はっきりと言った。


「悪いけど、ザカリーさんの指揮下に入るわけにはいかない。策はないけど、僕にもプランがある」


「…………何、だとッ!?」


 ザカリーさんの恫喝じみた声に周囲がざわつく。おひいさまが目を丸くし、クール達が息を呑む。


 凄まれたって無駄さ。僕はハードボイルドな笑みを浮かべ背筋を伸ばした。


 ここにはクラヒがいる。おひいさまがいるので近衛機装兵だっている。結界指だってある。


「悪いようにはしないよ。死傷者だってザカリーさんの作戦よりもずっと少ないはずさ」


「…………そのプランで、俺やアリシャはどうなる?」


 やれやれ、何を言っているのだろうか。都市システムを動かす権限を持つ王族を全員保護して外に連れ出すというプランを立てたのは依頼人であるザカリーさんだろうに。


 外に連れ出した後どうなるのかは探索者協会の預かりだろうが、そんな酷い目には遭わないだろう。何しろ、『保護』だからな。


 僕は目を丸くしているおひいさまの方をちらりと見て、言葉を選んで言った。


「まぁ、未来は君達次第だけど……もっと広い世界を見て回る事になるだろうね。このコードよりももっと広い世界を」


「…………」


「!! ザカリーお兄様、アリシャはもっと広い世界を見てみたいです! ザカリーお兄様!」


 黙り込むザカリーさん。すかさずおひいさまがその腕を掴み、揺らしながら『おねだり』をする。


 いや、おひいさまが好みそうな言葉を選んだのは僕なのだが、なんか我儘になってない?


 ザカリーお兄様は深刻そうな表情で身体を揺すられていたが、やがて深々とため息をついた。



「…………いいだろう。俺は、お前のプランに乗ってもいい。《雷帝》の力があっても、こっちの作戦の勝率は決して高くないからな……俺は奴らに痛い目を見せられるなら死んでもいいが、妹を巻き込むわけにはいかねえ」


「ザカリー殿下!?」



 その絞り出すような声に、仲間の人達がざわつく。ザカリーさんはまだ身体を揺すっているおひいさまの手を外すと、眉を寄せて僕を見た。


「だが、決断するのは今じゃねえ。お前のプランを確認してから、だ。もしも失敗しそうだったら、俺達は俺達で動くぜ。お前は王族じゃねえ。我を通すなら、その力を見せてみな」


「望むところだよ」




 力を見せる、だって? 誰に物を言っているのか。





 プランを遂行しているのはレベル8だ。このトレジャーハンター黄金時代にトップに限りなく近い領域に踏み込んだ英雄なのだ。


《破軍天舞》と《夜宴祭殿》を知らないとは、世間知らずとは恐ろしいものだ。

 まぁ、監視されている事を考慮してあえて言わなかったんだろうけど……ザカリーさんは間もなく高レベルハンターの真の実力を知る事になるだろう。




§




 ザカリーさんのところで一晩を過ごし、次の目的地に出発する。


 次の目的地はノーラさんの所である。一度見て回っているし、ザザ達など僕の知り合いもいるので無難だろう。きっとおひいさまなら、僕があまり楽しめなかった闘技場も楽しめるに違いない。

 今回はクラヒを連れていけるので、ノーラさんも機嫌がいいはずだ。


 たった一晩の滞在でだいぶ打ち解けたのか、おひいさまがザカリーさんの仲間に囲まれている。


「おひいさま、どうかお気をつけて」


「いつでも戻ってきてください。おひいさまがいればザカリー殿下も優しいですし」


 中には涙ぐみ、おひいさまと握手している者もいる。その表情たるやまるで今生の別れでも交わしているかのようで、おひいさまも若干の困り顔だ。


「アリシャ。今の立場が嫌になったらいつでも来い。匿ってやるからな」


 最後に、ザカリーさんがおひいさまを見下ろして言う。

 最初に会った時は目の血走った如何にもチンピラのような男といった印象を受けたが、今は雰囲気が少し柔らかくなった気がした。


「ありがとうございます、ザカリーお兄様。ですが、アリシャはこれでも王族、立場を放り出すような事はしません」


「…………そうか。おい、クライ。俺の妹を……頼んだぞ」


 ザカリーさんが僕を睨みつけて言う。なんというか、こう……彼になら『可愛い妹のアリシャちゃん』呼びさせるのも楽勝な気がする。僕もルシアが妹になった時は可愛がったものだが、客観的に見るとこう見えるわけか……新たな知見を得てしまった。



 でもそのアリシャちゃん、ルシャの入れ知恵でキャラ変わってるから。



 ビルの外に呼び出したクモに乗り込む。今回は僕とおひいさま、《嘆きの悪霊》のメンバーという大所帯なので、二台呼びだ。


 おひいさまは呼び出されてやってきたクモに目を輝かせていた。昨日、ザカリーさんのビルに行く時にも乗ったのだが、どうやら知識で知っているのと実際に乗るのとでは違ったらしい。


 クモに揺られ、窓の外を眺めていたおひいさまが聞いてくる。


「クライ……今日はどこに行くの?」


「ノーラさんの所だ。ほら、お土産に渡した強化装身具とサプリを作った人だよ」


「あぁ……これ?」


 アリシャが前髪をあげて額に触れる。かちりと音がして、手を離した時にはペンダントのような物――お土産にあげた強化装身具が握られていた。



 …………へー、強化装身具って頭につけるもんだったんだ。

 念じればいいと言われて念じたら弾かれた僕には関係ないものだが……てか、つけとるんかい! つけてるの全然目立たないねそれ。


「頭部に入り込んで全身に身体能力を向上させるための特殊な神経回路を張り巡らせる」


「…………それって危険性はないの?」


「……危険がある場合だと、弾かれるはず。コードの技術は、安全性を考慮しているから」


 なるほどなるほど、弾かれましたね。コードの技術って、すげー。

 おひいさまがもう一度強化装身具を額に当てる。次に手を離した時には、強化装身具は影も形もなかった。躊躇いなく未知の技術を使うおひいさま、度胸がありすぎる。


「あの能力強化のサプリも…………作った人は、かなり凄いと思う。少し、無茶をしてリソースを使いすぎている気がするけど……」


 そう言えば君、食事の時にサプリ飲んでたね。

 壊れた小クモも大喜びで受け取っていたし、おひいさまはもしかしたら何を貰っても嬉しいのかもしれない。


「でもお、ノーラ王女の所に、お兄ちゃんを連れて行って本当に大丈夫なんですかぁ? 私、あの人けっこう苦手なタイプですう」


「あの人の方も僕達の事はあまり好きじゃないと思いますが」


 一緒のクモに乗り込んでいたルシャとクールが言う。


「そんな事ないよ。なんだかんだ色々配慮して融通してくれたし、根は悪い人ではないと思う。クラヒの事も結局自分で納得して諦めてくれたし……理由はわからないけど」


 それに、君達忘れていそうだけど、ノーラさんは僕の保護対象の一人なんだよ。依頼はカイザー達がメインでやってくれているけど、どうせ時間があるのだから顔を繋いでおくべきだ。


「私は、会ってみたい。ノーラお姉様に」


「でも、私の教えたおねだりは逆効果だと思いますよお、あの人は」


 ルシャ、君ってけっこう計算高いよね。だが、僕はおひいさまの事は余り心配していない。


 ずっと幽閉され外界とのコミュニケーションをほとんど絶たれていたにしては、おひいさまは頑張っている。

 うまくいかない事を考えても仕方ないし、ポジティブにいこうじゃないか。

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