421 ザカリーの場合

 ようやく面と向かって話す事ができるのか。

 ザカリー・コードはズリィから送られてきた連絡に、にやりと笑みを浮かべた。


 下級民を集めたザカリーの軍勢は着々と勢力を増していた。特にその速度は《雷帝》が食客としてやってきてから加速しており、既に想定していた以上の人数まで膨れ上がっている。

 いくら下級民などと言っても、勝ち目のない勢力への協力には二の足を踏むものだ。この勢力の増加は《雷帝》の名がそれだけ下級民達にとって希望になっている証左だった。


 王位を得るのに必要なのは、人望ではない。誰よりも先に王の証――王杖を手に取る事のみ。


 ザカリーの勢力がアンガスやノーラとは比べ物にならないほど小規模な事は認めざるを得ないが、《雷帝》の力と大勢の武装した下級民達がいれば、ザカリーにも王杖を手に入れる目は十分あった。


《雷帝》は協力する条件に、アリシャ・コードの近衛――クライの許可を得ることを挙げた。正直、アリシャなどに構っている暇はないが、《雷帝》がそこまでいうのならば、やむを得ない。


 それに、アリシャには興味はなくとも、近衛であり《雷帝》を助けたクライの方には興味がある。

 王に警告を送らせる程の無能にして、王がロックしたアリシャの部屋の扉をシステムの穴をつき解錠した男。ついでにあのノーラが狙っていた《雷帝》を掠め取り、許された男でもある。


 良かれ悪しかれ、只者ではない。もしも実際に話してみて有能そうなら、ザカリーが王位についた後に《雷帝》同様、高い地位を用意してやってもいいだろう。

 側近の男。数少ない市民である仲間が、ザカリーの元にメッセージを届けにくる。


「殿下、アリシャ王女も同行するらしいです。歓迎の準備は如何しますか?」


「チッ。いらねえよ。今の俺達の姿が、真の姿だ。そうだろ?」


 都市システムを使いザカリーが取り寄せた兵器類や物資が乱雑に積まれた部屋。武装した下級民達が何人も警備につく部屋に存在するザカリーの玉座は、他の王族と比べればずっと暴力的だろう。

 だが、武力によるコードの転覆こそが、ザカリーの嘘偽りない目的だ。始めから王位争奪戦から外れているアリシャ相手に気を使う必要があろうか。


 協力を得る交換条件としては、王位についた後のアリシャの命でも保障してやればいいだろう。


 ひりつく空気。緊張感。この玉座の間は常に戦場さながらの空気に満ちている。アリシャがそれにあてられたとしても、ザカリーには関係のない事だ。

 もしも相容れないようならば、軽く脅しつけてやればいい。他の王族のようにザカリーを見くびるのならば、仕置してやればいい。


 ずっと閉じ込められていた王女の相手など、赤子の手をひねるようなものだ。


「ザカリー殿下、アリシャ王女御一行がお見えです」


「入れろ」


 大きな両開きの扉が、銃器を背負った警備の手で開かれる。


 入ってきたのは、動きやすそうな丈の短いドレスを着た女だった。膝まで伸びた明るめの金髪に、薄緑の双眸。ザカリーとは似ても似つかぬその姿はどこか儚く、下級民も市民も、そしてザカリーや他の王族でも持たない空気を纏っていた。


 何度か都市システムを介して姿は確認していたが、実際に自分の目で見ると見え方も変わってくる。


 これが――王族のスペア。生まれた時から部屋に閉じ込められ都市システムに育てられ、最終的に処分が決まっていた娘。


 警備の内の何人かが、その姿に見惚れている。そこには、一種のオーラがあった。後ろからついてきた冴えない男――クライ・アンドリヒ(ちなみにこちらは実際に目で見ても何の違いもなかった)が見えなくなってしまう程のオーラが。


 ただそこにいるだけで部屋の空気が浄化されていくようだ。


 その立ち振舞に、形容しがたい苛立ちが心の内に湧いてくる。


 それは嫉妬か、それとも怒りか。

 思わず舌打ちが出た。他の王侯貴族を打倒するために革命を起こす自分が、この如何にも特別な女と手を組まねばならないというのは、耐え難い事だ。


 その形のいい瞳が、部屋の中を見る。兵器の扱いを覚え習熟した精鋭の警備兵。部屋の隅に積み上げられた兵器や物資の入った無数の箱。そして、その目が無骨な玉座に腰を下ろしたザカリーを見る。


 苛立ちが更に高まる。歯を食いしばった。我慢の限界が近づいているのを感じる。


 見つめられれば見つめられる程、自分が矮小な存在になる気がして――。


 そして、ザカリーが声をあげようとしたところで、アリシャ・コードはドレスの裾をつまむと、緊張した様子でお辞儀をして言った。


「初めまして、ザカリーお兄様! アリシャです! こうして実際にお会いできて、アリシャは感動で胸がいっぱいです!」


「!? お、おう!?」


 予想外のその言葉と所作に、ザカリーは一瞬で苛立ちを忘れた。


 そのように丁寧な挨拶を受けるのは初めてだった。下級民達の支持を得るために貫いていた悠然とした態度が崩れる。そんなザカリーを見て、アリシャの表情が花開くように笑みを浮かべる。


 その声には、表情には、負の色が全くなかった。恐怖も怯えもない。侮りもなければ、からかっている様子もない。

 都市システムによる測定も同様の結果を示している。まるでこの世が善意百パーセントで出来ていると信じているかのように――生まれつき周りから侮られ、恐れられてきたザカリーには信じられない事だ。


 ザカリーの周りを固めていた兵士達も似たり寄ったりの反応だった。

 コードにおける下級民とは、人たる扱いをされない者。ザカリーと同じくらい人間の負というものを見てきた者達でもある。



「まだ外に出た、ばかり、なので、何か無礼があったら、お許しください。ザカリーお兄様」


「…………許す。ああ、許してやろう。アリシャ・コード。お前の不憫な身の上は知っているぜ」


「!! 感謝します、ザカリー、お兄様。そして――私は、お兄様の妹です。どうか、アリシャとお呼びください」



 これが……これが、妹なのか?


 父の顔はほとんど見た事もなく、母ともすぐに引き離された。兄姉は王位を狙う上で生まれつき自分よりも優位な立ち位置にある、憎らしいライバルであり、戦うことが義務付けられていた。

 かたや、このアリシャは自分よりも悲惨な境遇にありながら、ザカリーに見惚れるような笑顔を向けている。クラス8にも関わらず王位争奪戦から外された彼女はライバルでもない。


 ならば、何なのか?


 余りの衝撃に答えが出てこないザカリーに、アリシャがきらきら輝く笑顔で言った。


「それに、私は、不憫な身の上では、ありません。こうして、部屋から出て、初めてザカリーお兄様に会えたのですから」


 ――守るべきものだ。

 アリシャの言葉を聞き、ザカリーは、直感した。


 ザカリーはきっとこの妹を、何もなく状況が進めば処分されていたこの妹を、守るために下級民達を集め決起したのだ。


 これまで守るものなど何もなかった。下級民達は仲間であると同時に王位を取るための駒であり、ザカリーにあったのは滅ぼすべき相手と奪うべき王位だけだった。


 だが、今そこに理由ができた。


 アリシャを守るために、兄姉を滅ぼし王位を奪う。そして、悲劇的な運命から救い出す。

 そのためならばあらゆる手段を取ろう。


「おい」


「ッ…………は、はい、何でしょう。ザカリー殿下」


 隣に控えていた側近が、今気づいたかのように返事をする。だらしのないその態度は普段ならば失態だが、今だけは許してやろう。妹の前だ。


 ザカリーはこれみよがしと舌打ちをすると、低い声で命令した。


「何をやっている。この、俺の妹を歓迎する準備をしろ、今すぐに、だ」


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