413 観光④

 宝具のチャージスタンドは一見そんな大層な物には見えない設備だった。

 カウンターのような物に、雷のマークが書いてある箱が置かれているだけだ。


「その箱に、宝具を、入れると、チャージしてくれるの。チャージが終わったら、青く光るのよ」


 まだ落ち着いていない様子で、ルルが教えてくれる。その顔色は白く、平常に戻るにはもう少し時間がかかりそうだった。

 身体能力は見事なものだが、ハンターほど修羅場は潜っていないようだ。


 慌てて追いかけてきた残りの少年達も蒼白の表情だった。


「ま、まったく、もう終わったかと思ったぜ。まさかあんな強い風が吹くなんて――これまで一度もあんな事なかったのに」


「クライさんも無茶するよな。あの機装兵が間に合わない可能性だってあったのに、ルルを助けるために飛び降りるなんて…………」


 別に助けようとして飛び降りたわけではない。むしろ、僕の方が先に落ちていた可能性すらある。

 僕は指から指輪を抜き、順番にチャージスタンドの箱に入れながら言った。


「ま、まぁまぁ、結果的にみんな無事でよかったよ」


 普段あんな事がないというのならば、僕が助けたというよりもむしろ僕のせいでルルが落ちた可能性もある。今回の僕はいつもよりも冴えているが、いくら冴えていてもタイミングの悪さはどうにもならないのだ。

 ルルが服の裾をつまみ、もじもじしながら言う。


「遅くなっちゃったけど……助けてくれて、本当にありがとう、お兄ちゃん……ノーラ様の騎士になる前に死んじゃうところだったわ」


「いいんだよ、いいんだ。本当に、大した事はしてないから……」


 いや本当にすいませんでした……僕が悪いんだよ。全ては僕が悪いんだ。だからそんな感謝の眼差しを向けないでください。

 そもそも結果的に助かったのはおひいさまが貸してくれた機装兵のおかげだし、僕がやったことなんて本当に、ルルを掴んだ事くらいだ。

 何もしていないのに感謝される。何度経験しても居た堪れない気分になるものである。


 空気を変えるために宝具を詰め込んだ箱を指して言う。


「このチャージってどのくらいで終わるの?」


「…………おかしいなあ。すぐに終わるはずなんだけど……クライさん、何入れたの? ってか、多いね!」


 みみっくんがいたらもっと多かったんだよ。今持っているのは常に身に着けている宝具だけだ。

 だが、確かに結界指を十六個というのはルシアじゃないとチャージできない数である。全てを一度にチャージしようとするのはまずかったかな……。


 少しだけ反省していると、一瞬箱が赤く光り、続いて青色に点灯する。何だかわからないが、結界指を手にとってみると、確かにチャージが完了していた。

 コードの技術って凄い! この都市に住んだら宝具使いたい放題なのか…………惹かれるものがあるなあ。


 そして、チャージスタンドなんてものがあるのだから、他にもこの都市にはこの都市独自の施設があるかもしれない。護衛を貸してくれたおひいさまに何かお土産を手に入れたいところだ。


「おかしいなあ……何で一瞬、赤く光ったんだろう? チャージはしっかり完了してるみたいだし……」


 なんだか腑に落ちなさそうな表情をしている子ども達にお願いする。


「ねぇ、もしも時間があったらなんだけど、このあたりを案内してくれないかな? せっかくこの国にやってきたんだから、色々見て回りたいと思ってるんだ」


 やはり街の中の事はそこに住む人達に聞くのが一番だ。観光できる時間も限られているし、遊んでいる暇は僕にはない。急いで遊ばないと(矛盾)

 僕の提案に、子ども達はしばらく顔を見合わせると、こちらをまっすぐ見て言った。


「そりゃ、ルルが助けてもらったし、もちろんいいけど……」


「そうだ! そのかわり、あたし達に外の事を教えてくれる? お兄ちゃん、外から来たんでしょう? 最近外からやってきた人達もいっぱいいたし、ちょっと気になってたの!」


 目を輝かせるルル。この街の人はおひいさまといい、好奇心旺盛だ。もちろん、外の話をするくらいどうって事はない。僕ができる話なんて大したものじゃないけど。

 僕はチャージスタンドに入れた宝具を全て回収すると、ハードボイルドな笑みを浮かべて言った。


「よし、その案、乗ったよ。早速だけど、この街で宝具を手に入れる方法ってない?」 







§ § §




 外の人は本当に変わっているなぁ。それが、ノーラ王女の領域に住むクラス2の市民――ザザ達が、システムによる総合評価4点のクライ・アンドリヒを見て抱いた、正直な感想だった。


 最近、コードには外部から大量の移民がなだれ込んできた。そのほとんどはアンガス王子の領土に向かったらしいが、一部はザザ達の住むノーラ王女のエリアにもやってきた。

 目的が戦力の補充なだけあって、その者達は大体が威圧的で、暴力の気配を身に纏った、一言でいうと柄の悪い者達だった。


 新たなる移民の流入は少なからずザザ達の生活に影響を及ぼした。

 我が物顔で街のど真ん中を歩くその者達の態度は不愉快だったし、中には都市に入って早々にルールを破り、監獄送りになった者もいた。


 現在、ノーラ王女の領土にそういった移民がほとんどいないのは、ノーラ王女の怒りを買ったからだ。それは、ノーラ王女の近衛になる事を夢見て努力しているザザ達から見ても当然の結末だった。


 だが、偶然街で見つけたクライ・アンドリヒは、そういう連中とは何もかもが違っていた。

 威圧感の欠片もない佇まいに、時折見せるやる気のなさそうな笑み。

 システム評価4点というのはザザ達がこれまで見たことのない数値で、だが何より驚くべきは、その程度の評価しかないのにクラス6である事だろう。



 クラス6。それは、ザザのような市民達にとって到底手の届かない数字だった。いや……最近大勢入ってきた他の移民達の中でもクラス6を得た者など一人もいないだろう。



 クラス6とは下級貴族である。それは、現実的に平民に目指せる最高の地位だった。


 この都市で貴族となるには、相当な貢献と信頼が求められる。

 それは、下級貴族を任命できるのはノーラ王女を始めとするクラス8の王族だけであり、王族がクラス6を任命できる数が厳密に決まっているからだ。

 その原則を無視できるのは偉大なるコード王ただ一人だ。だから、王族は相当な理由がない限り貴族を作りたがらない。


 先ほどザザはクライに、強化騎士の中には貴族にしてもらった人もいると言ったが、ノーラ王女に貴族にしてもらうとするのならば、最低でも騎士団長クラスの地位にまで上り詰める必要があるだろう。クライが仕えるのはノーラ王女ではなくアリシャ王女なので選定基準もまた異なるのだろうが、偉業である事に間違いはない。


 ザザ達の仲間であるルルが歩いていたクライ・アンドリヒに話しかけたのも、情報として表示された地位と受ける印象が余りに乖離していたからだろう。


 本来、貴族に気軽に話しかけるなど、相当親しくない限りはありえない事なのだが、そんな事どうでもいいと感じてしまうくらい、その青年は貴族らしくなかったのだ。




 そして、最初にその姿を見て受けた印象は、行動を共にした後もほとんど変わる事はなかった。


 確かに、凄いところもある。いくら高性能の機装兵を連れているとは言え、風に煽られ迂闊にもビルから落ちてしまったルルを助けるために躊躇いなくビルから飛び降りるなど、簡単にできる事ではない。評価4では落下したら間違いなく死ぬだろうに――そういうところが近衛に任命された理由なのだとしたら、ある意味納得ではある。



 だが、それ以外の部分について、その青年は平凡だった。平凡というか、ぼんやりとしているというか、何を考えているかわからないというか……移民は一時期ノーラ王女のエリアにも沢山来ていたが、ザザ達に街の案内を頼む者など一人もいなかった。

 そもそも、移民という事は一応傭兵として来ているはずなのに、面白いものを探して街を見回ろうなど、気が抜けているとしか言いようがない。


 

 だが、それはザザ達にとっていい暇つぶしでもあった。強化騎士になるためのトレーニングは一日中やっているわけではない。

 コードの市民は基本的に一生コードの外の世界には出ない。ザザ達コードで生まれ育った者にとって外の世界というのは好奇心を刺激されるものだった。

 そしてまた、都市システムについて何も知らない外の人間に自分達の自慢の都市を案内するのも楽しい娯楽でもある。


 コードと一口に言っても、この都市ではどの王族が管理しているかによってエリアに様々な特色がある。そして、ノーラ王女が管理するこのエリアは身体能力の強化を推進していた。


 ノーラ王女がコードのシステムを使って推し進め研究開発した人を強化する技術は機装兵とすら戦える、人を超えた人――強化人間を生み出す。そのためには下地として高い身体能力を誇る頑健な肉体が必要であり、このエリアには強い人を生み出すための様々な設備が存在している。駈けて、跳ねて、登れる街並みはその一環でしかない。


 このコードで宝具が手に入る場所など限られている。ノーラ王女のエリアでは強化騎士団に入る以外に宝具を手に入れる方法は一つしかない。


 ザザ達が案内したのは、一際大きなビルの地下にある、地下の闘技場だった。


 円形の闘技場は人対人はもちろん、コードの生み出す機装兵や生物兵器とも余裕を持って戦えるほど広く、周囲には無数の観客席が存在している。


 ここで行われるのは実戦形式の試合だ。強化騎士団の訓練などにも使われるが、特に定期的に行われるトーナメントはノーラ王女のエリアでは最も人気のあるイベントであり、それを見ることを目的にノーラ王女のエリアに住む市民も少なくない。


 もちろん、腕に自信があるのならば参加できるし、好成績を収めれば強化騎士団の一員になる道も開ける。ザザ達もいずれはこの闘技場で戦う事になるだろう。


 ノーラ王女のエリアで宝具を手に入れる方法。それは、定期的に開催されるトーナメントで好成績を収める事だ。好成績を収める事で得られる賞品の一つが宝具なのである。


 このコードでは市民が都市システムから外れた武器や宝具を持つには貴族以上の許可が必要だ。

 他のエリアは知らないが、少なくともこのエリアで宝具を手に入れるにはトーナメントを勝ち抜き自分の価値を示すしかない。


 トーナメントには様々なジャンルが存在する。クライは総合評価を見るに能力が低いようだが、もしかしたら他の王族の近衛の実力が見られるかもしれない。


 そんな期待を隠して説明するザザに、クライは目を瞬かせ闘技場をぐるりと確認し、殴り合いをしているリング内を確認し、客席の方を確認し、貴賓席で目を細めてリングにあがった者達の実力を見定める強化騎士団のメンバー達を確認し、ザザを見て言った。


「……よし、大体わかった。ちなみに賞品の宝具ってどんなのがもらえるの?」


「日によって違うけど、剣が一番人気かなあ。コードが作れる兵器は射撃武器が多いから、外から持ち込まれた品も賞品になるんだぜ? 宝具の剣を持っているのは、一流の戦士の証なんだ!」


「剣、か。なるほどなるほど…………ちなみにスマホとかは――」


「え…………? 賞品は大体武器だよ。あ……たまに防具も出るけど」


 賞品を用意しているのはノーラ王女だ。最近は一気に外から人が入ってきたので少し価値も変わりつつあるが、外部から持ち込まれるアイテムというのはこの都市では非常に貴重なものである。

 物品の出入りを管理しているのは王族や、王にしか任命できないレベル7――上級貴族達であり、ザザ達からすれば相当な幸運がなければ手に入らないものだった。


 大体わかったとは、どういう事なのだろうか?


 首を傾げているザザ達の前で、新たな試合が始まる。ちらりと確認するが、両者ともに、間もなく強化人間に選ばれると目されている闘士の戦いだ。

 強化人間に選ばれる栄誉に与れる者は少ない。滅多に見られない好カードである。普段ならばザザ達も齧り付くように試合を見ていただろう。


 だが、クライはしばらく激しい試合を見ていたが、ふと顔をあげて言った。


「よし、そろそろ次に行こうか」


「え!? 結果、見ないの?」


 どちらが勝つのか気になるんだけど……これまでの戦績はほぼ五分五分である。双方ともに肉体は強化技術に耐えられる域にまで達しているだろう。

 勝敗はセンスとか、運とか、事前にどれだけ相手を研究してきたかで決まる。どちらが勝ってもおかしくはない熱い戦いだ。


「ああいう試合は外で散々見てきたからね。結果が気にならないわけじゃないけど、コードは広いし時間もないから…………」


 何を言っているんだろう、クライさん。これからずっとこの街にいるはずなのに、時間もないって――。


 いや……王様が亡くなったら、街を見て回るような余裕もなくなるって事か。


「はぁ…………わかったよ。せっかくいい試合なのに……」


 ザザはため息をつくと、視線を無理やり試合から外し、後ろ髪を引かれる思いで背を向けた。


 しかし、こんな試合予定されていたかな……普通こういういい試合は事前に告知して観客を集めるはずなんだけど――。






§ § §





 ザザ(ルルを含んだ少年達のグループのリーダーらしい)達に都市についての情報を色々聞きながらコードを見て回るのはなかなか楽しかった。

 やはり街の事は街の人間に聞くに限る。僕一人だったら無数にある似たようなビルの中から地下闘技場を探すなどできなかっただろう。


 どうやらノーラさんは本当に戦いというものが好きなようだった。ザザが案内してくれた場所も訓練場やら闘技場やら射撃場やら、戦闘関連の施設ばかり。そして、ノーラさんのエリアに住む市民達は日夜しのぎを削って自らを鍛えているらしい。こんなに便利な都市システムがあるのに自己研鑽を怠らないとか、僕の代わりにハンターになればいいのに。


 あちこち案内されて歩いている間に、日が暮れてくる。

 帝都の夜も明るいが、コードの夜は更に明るい。ノーラさんのエリアの中心部らしい通りにはまだ何人もの市民達が歩いている。

 一日中歩き回ったせいでもうくたくただ。激しい運動をしたわけでもないのに歩いただけで疲れるなんて、我が身の事ながら貧弱である。


 結局、ノーラさんのエリアでは、宝具を手に入れる事はできなかった。トーナメントで勝ち抜いた賞品とか考えるまでもなく無理だし、そもそも武器防具の宝具は今回の目的ではない。くれるって言うなら欲しいけど……。


 トレーニング中に声をかけてきたので僕よりも遥かに疲労しているはずなのに、全くその気配を見せないルルが言う。


「お兄ちゃん、今日はどこに泊まるの? もしよかったらうちに来る?」


「そりゃいい。部屋も余ってるし……それで、俺達に外の事を教えてよ。約束しただろ?」


 現在、僕が泊まっているのはおひいさまのビルである。帰ろうと思えばクモを呼べば帰れるけど…………まぁ、約束は約束だからな。

 おひいさまの近衛としての仕事はほぼ皆無みたいなものだし、一晩くらい帰らなくても大丈夫だろう。


「それじゃ、お世話になろうかな」


「やったぁ! 貴族のお客さんなんて、お兄ちゃんが初めてよ!」


「い、いや、貴族って言われたって……この都市の事余り知らないし、何か期待されても困るんだけど」


 歓声をあげるルルに慌てて言う。そもそもこの都市の事を良く知らないのに貴族になってしまった時点で何かがおかしいのだが……半ばオリビアさんへの当てつけみたいな感じでクラスが上げられたからな。

 そもそもこの国の貴族には何か役割とかあるのだろうか? さしあたって貴族になって良かった事はクラヒの解放申請を出せたことくらいだけど――。


 戸惑う僕を見て、ザザが目を見開き、ぽんと手を取って言った。


「そうか、クライさん来たばかりだから、知らないのか。このコードでは、クラスが上がらないとできない事があるんだよ」


「知ってるよ。重罪人の解放申請でしょ」


 即答する僕に、ザザが微妙な表情をする。


「…………何でそれだけ知ってるんだよ。それだけじゃない。食べ物だって、日用品だって、貴族じゃないと申請できないものがある。俺達じゃ仮想端末も使えないし――だから俺達もクラスを上げようとしてるんじゃん」


 なるほど……色々機能は確認したはずなんだけど、全く気づかなかった。説明がないからなあ。


 どうやら都市システムが食べ物を用意してくれる高度物理文明でも地位によって待遇が変わるのは同じらしい。まだまだコードには知らない事が沢山あるようだ。


「へー……それで、何を出して欲しいの?」


「えっとねー…………機装兵!! 練習に使うの! 後、身体を鍛えるための器具ね」


「ノーラ様が研究してくださったサプリがあるんだけど……それは、ノーラ様直属の貴族じゃないと無理、だよなあ。機密だし…………」


 …………ノーラさん、市民がトレーニング中毒になっていますよ。

 ちょうどいい、都市システムの使い方についても色々教えてもらおうか。






§ § §





「以上、クライ・アンドリヒは本日、強化騎士を志す市民の家に滞在するようです」


「…………突然私のエリアにやってきたと思えば――本当に何をしにきたんだ、あの男は」


 クライを監視させていた近衛からの報告に、ノーラは舌打ちした。

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