410 観光
この世界の街の文明レベルは付近に存在する宝物殿のタイプの影響を受ける。高度物理文明時代の宝物殿は少ないため、その影響を受けた都市も少ない。恐らく、ここまで高度物理文明の恩恵を受けた都市は世界広しと言えど、このコードくらいだろう。
レベル9認定試験を受ける事になったのは不運だったが、結果的にコードという都市を見て回れるのは不幸中の幸いと言えた。
理屈はわからないが、この都市では、本来、宝具や幻影として顕現するはずの機装兵すら製造できるだけの能力を持っている。
僕が都市システムにアクセスするのに使っている端末も明らかにユグドラで失ったスマホより高度だし、この都市ならばスマホなんて簡単に手に入るはずだ。他にも様々な便利な道具が手に入るに違いない。
おひいさまが貸してくれた機装兵の護衛がいるため、今日はクモを呼び出す必要もなかった。
背の高いビルが乱立する、帝都とは一風変わった景色を眺めながらのんびりと歩いていく。たまには散歩もいいよね。
陽光を反射しない、不思議な金属で作られた幅の広い道路。
緑がほとんどない町並みは未来的だが、見える限りではどこにも人はおらず、なんだかおかしな夢でも見ているかのような気分になってくる。
どうやらこのコードという都市は住民の数に対してビルの数が多すぎるようだった。
都市システムが清掃をしているのか荒れ果てたりはしていないが、人っ子一人姿の見えない無人のビル群はどこか宝物殿めいた不自然さがある。
さて、まずどこに行けばいいだろうか。そもそも、衣食住の全てを都市システムが提供してくれるこのコードに、外の世界でいう店のようなものはあるのだろうか?
少なくともレストランや甘味処は必要なさそうである。
この間、近衛になってくれる人を探すために外に出た時にはすぐに人を発見できたのだが、今回は全く見当たらなかった。
ノーラさんがいたビルの周りには人が歩いていたんだけど、この辺には余り人が住んでいないのかもしれない。
しばらくぶらぶらしてみたが、いつまで経っても景色は変わり映えしなかった。真っ直ぐどこまで歩いてもビル、ビル、ビルだ。
クール達は調べ物であちこち出歩いているみたいだし、連絡を取るべきだろうか……でも今回の散策は仕事じゃなくて趣味だしなあ。
その辺にいるなら連れ歩くのも吝かではないが、わざわざ連絡するのは気が引けた。こうなると、ティノのありがたみがわかる。
ずっと歩いていたから、疲れてしまった。僕は椅子と飲み物を呼び出すと、大通りの端っこで小休止を取ることにした。
いい天気だ。ぽかぽかした陽気になんだか眠くなってくる。たまには日干しも大切だね。
高層ビルと高層ビルの隙間に見える空を見上げながら、ため息をつく。
「せめて地図でもあればなあ…………」
その時、後ろからついてきた機装兵の内の一体が、無言で僕の眼の前に手を翳した。
僕の眼の前、広範囲に半透明の像が浮き上がってくる。
いや――それは、地図だった。無数に映えたビルと、その間に存在するクモが駆け回れる大きな通りを精巧に示した立体の地図。
まるで魔法だ。そして、その通りの内の一箇所、端っこに椅子に腰をかけた小さな僕がいるのを見て、僕は思わずため息をついた。
「凄いなあ……まるで『
『
主に宝物殿を探索する際にマッピングの手間を省いてくれる極めて有用な宝具なのだが、そんな宝具だって立体で像を表示するような力はない。
これがコードの都市システム、か。驚かされるのは何度目だろうか。
だが、その立体地図も完璧ではないようだった。表示されているのはどうやらコード全体を示す地図のようだが、何故か僕が現在いる場所を含む一定範囲から外側が全て暗く表示されている。明るい部分は歩いている人やクモまで表示されているが、暗い部分についてはそれらの詳細情報を出してくれないようだった。
「この背の高いビルは……おひいさまのビルか」
明るい部分の中心に存在している高いビルを確認し、ここまで歩いてきた道を振り返る。
この地図が正しければ、どうやら今、おひいさまは壁を透明にして外を眺めているようだ。それにしても、細かいなあ。
明るくなっている部分はその中でも本当に極一部だった。全体と比べると十分の一もない。
僕はうんうん頷き、立体地図を出してくれた機装兵――赤、青、緑の三体の内の、青色の機装兵を見た。
「なるほどなるほど、これは…………そういう事か」
僕は持っていないのだが、『
この立体地図も同様のシステムなのだろう。最初から地図を出してくれないのは面倒だが、地図を埋めるという楽しみもある。
ここは町中だ。おひいさまから借りた護衛もいるし、そこまで危険な事はないだろう。ここは一つ、久々に冒険といこうか。
何かいいものを見つけたらおひいさまにお土産として持っていってあげよう。
僕はとりあえず、現在立体地図上で明るく表示されているエリアから脱出する事を目標に定めると、椅子から立ち上がった。
§ § §
「旦那が……外に出してくれる?」
クトリーの言葉に、アリシャ王女がにこにこしながらこくこく頷く。一体どうやって? という言葉を、クトリー・スミャートはぎりぎりで飲み込んだ。
このコードのシステムは盤石だ。クトリーも自分の権限の許す限り様々な機能を使ってみたが、抜け道のようなものは見つからなかった。
王がかけたアリシャ王女の部屋のロックは王にしか外せない。
コードの建物を作っている建材は信じられないくらい頑丈で、力技での突破はほぼ不可能だ。クラヒが全力を出せば破壊できるだろうが、逆に言えばそのくらいしなければ傷もつかないし、そんな手段で脱出したとしても都市システムに追われる事になる。
クトリーにはアリシャ王女を部屋から出す方法など、見当もつかなかった。
もしかして、王となんらかの交渉を行ったのだろうか?
ルシャから話は聞いていた。《千変万化》が、アリシャ王女に駄々をこねさせた挙げ句、その最中に不意に姿が消え、戻ってきた時には王と会話してきたらしいという事は。
これが仲間からの情報でなかったら、与太話と捉えるところだ。いや、ルシャは抜けているところもあるから、今でもクトリーは半ば信じきれていない。
相変わらず、めちゃくちゃだぜ、あの旦那は……二つ名、《千変万化》よりは《荒唐無稽》の方がいいんじゃねえか?
アリシャ王女が幽閉されているのは、彼女が王位争奪戦における面倒事になりかねないからだ。クトリーから見ても少しばかり過剰な対応に思えるが、王位継承というのはどこの国でもセンシティブな問題である。特にこの国では王子王女は都市システムの上で全て対等なので尚更なのだろう。
それを…………外に出す?
それは、この都市では口に出すのも憚られる危険な言葉だった。
高い権限の持ち主は過去の映像を遡って確認する事ができる上に、あらゆるセンサーが反抗の芽が生じていないか常にチェックしている。
てっきりアリシャ王女の保護は、王位交代の瞬間、都市の混乱の隙をついてなんとかするのだと思っていたが、もしかしたら違うのだろうか?
現段階でアリシャ王女を外に出すなんて言ったら、いたずらに周囲を警戒させるだけだというのに――。
「それで、その旦那はどこにいるんだ?」
「外出時のルートを確認に行った…………すぐに帰って来る、はず」
困ったな。ルシャが、ザカリー・コードと会った事を伝えるのを忘れたというから来たのだが…………まぁ、旦那なら言わなくても知っている、か。
ザカリーには今のところ、アリシャ王女を害する意思はない。だが、陣営には危うい雰囲気が漂っていた。
ザカリーも、そしてザカリーについている下級民達も――おかしな熱に浮かされているかのように、王の崩御の時を待っている。
下級民の中には自爆すら辞さない覚悟を持っている者もいる。
覚悟を決めた者は強い。このままでは大惨事が起きるかもしれない。
ザカリーはアリシャの近衛長であるクライと話したがっている。王が亡くなる前になんとか渡りをつけるべきだろう。
「悪いんだが、旦那が戻ってきたら伝えてくれ。オレ達は例の男の所にいるとな」
「…………わかった」
都市システムでメッセージを送るのは危険だ。メッセージはより上位の権限者に監視されている恐れがある。
自ら下級民にコンタクトを取っていた、ザカリーが下級民達の王となっている事を予想しているはずの《千変万化》ならば、この言葉で十分真意が伝わるだろう。
クトリーの依頼に、アリシャはどこかつまらなそうな表情で頷く。クトリーはにやりと笑みを浮かべると、自分の役割を果たすためにさっさとその場を後にした。
§
アリシャはしばらくクトリーが出ていった扉をじっと見ていたが、やがて顔を背けると、外を見て小さく呟いた。
「…………なんか……退屈。早く帰ってこないかな」
====おしらせ====
更新及び、色々な告知、大変遅れてしまい申し訳ございません。
とりあえず新刊の初稿ができたので更新していきます!
GCノベルズの10周年記念生放送で、アニメ版のキャストなどなどが発表されました。
色々新情報ありますので未確認の方は是非ご確認ください!
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