401 嘆きの悪霊は引退したい

 ――そして、僕達は這々の体でおひいさまのビルに帰還した。


 クラヒVSコードの迎撃システムの戦いは想像以上に派手に、そして想像以上にあっさりと終わった。


 クラヒ・アンドリッヒの魔法はコードの警備システムに対して絶大なる威力を発揮した。

 雷と化したクラヒに、機装兵を始めとする監獄の兵器はその尽くが触れただけで吹き飛び、戦闘不能になった。

 無数の砲塔は火を吹く事もなく、その機能を停止した。


 この街の建造物はほとんどが金属で出来ている。クラヒは、その地面に思い切り雷の魔法を流し込んだのだ。

 そして、その雷は広範囲に広がり、その場にいた(結界指持ちの)僕とクラヒ以外の全て(クール達と職員さんも)を無力化した。


 もしかしてこれ、捕まって当然だったのでは? そんな考えも一瞬浮かぶくらい、クラヒは圧倒的だった。


 これは間違いなく《雷帝》ですね。


 恐らく、コードの兵器でクラヒを倒すには二つの方法しかないだろう。不意打ちか、物量だ。


 その場にあった兵器を破壊した後も、監獄の兵器は無尽蔵に出動してきたが、しばらくクラヒがそれの相手をしていると、ある瞬間に増援はぴたりと止まった。


 ノーラさんが規則を書き換えてくれたのだろう。なかなか激情家に見えたが、意外と悪い人ではないのかもしれない(クラヒがいるからかもしれないけど)



 兵器が起動した時にはどうなるかと思ったが……結果を見れば、稼働した監獄の警備装置はすべて破壊され、こちらの被害はほぼゼロ――地面に倒れ伏し痙攣するクール達だけだ。


 前から強かったが、クラヒの言う通り以前よりも能力が上がっている気がする。ルークに杖を取り上げられたはずなのに……クラヒ強すぎであった。


 地面に倒れ痙攣するクール達についても、明らかにそうなるのに慣れていた。

 雷の魔術は特にコントロールが難しい事で知られている。いや、ある程度制御しているから、職員さんもクール達もまだ生きているんだろうけど――。


 結界指の力で平然としている僕を見上げ、クールが痙攣しながらクールに言う。


「いつもの、事なので、お構いなく。眼鏡も、絶縁性、です。エリーゼが、回復、したら、治して、くれます、からね」


「君達も、苦労してるねえ……」


 僕にはそんなくだらない感想をあげる事しかできなかった。







§







 おひいさまは新たに連れて帰ったクラヒを、大興奮で迎え入れ、近衛登録してくれた。


 相手は一応、コードの重罪人として収監されていた男なのだが、おひいさまにとってはそんな事はどうでもいいらしい。むしろ扉の前に来てくれる人が増えて喜んでいるように見える。


 懐の深さは間違いなくノーラ王女よりもおひいさまの方が王の器だ。


 クラヒは見た目こそぼろぼろだったものの、驚くほどの速度で回復した。

 どうやらあの仕打ちはクラヒの体力を削り余りにも膨大なエネルギーを少しでも減少させるための苦肉の策だったらしい。高度物理文明はきっと、雷を自在に操る人間を想定していなかったのだろう。



 そして、今回の僕はどうやら本当に絶好調のようだった。



 色々トラブルもあったが、クラヒの解放は間違いなく依頼達成の後押しになる。彼の戦闘能力は間違いなくカイザー達にも劣らない超一級だ。王族の保護に直接役に立つかは怪しいが、護衛は問題ないはずだ。





 それはつまり――僕が、気軽にコードを観光できるようになる事を意味していた。




「クラヒ、悪いけど、僕にも目的がある。助けてあげたんだし、付き合ってもらうよ」


「ああ、もちろんだ! 機装兵は色々試すのに絶好だ。僕の雷もまだまだ進化の余地がありそうだし、君の仕事、微力ながら喜んで手伝わせて貰おうじゃないか!」


 快活に答える《雷帝》クラヒ・アンドリッヒ。この男……まだ進化するつもりなのか。しかも、お願いしといて何なんだが、内容も聞かずに喜んで手伝うとは――。


 クール達は口元は微笑みを浮かべていたが、目が笑っていなかった。エリーゼに関しては完全にそっぽを向いている。

 きっと似たようなテンションであちこちで人助けをした結果、コードまで突撃してしまったのだろう。



 さて、協力してもらうとは言ったものの、何をさせたものか……なんか迂闊な事頼んだら大変な事態になりそうだな。



 僕はとりあえず、椅子に腰をかけ手を組み、ハードボイルドな笑みを浮かべて適当な事を言った。




「ふっ……ようやく少し面白くなってきたね!」





 カイザー、サヤ、こっちの準備は万端だ。早く合流してくれ。







§ § §







「《雷帝》……まさか、コード内でここまで戦えるとはな」


 アンガス・コードは監獄で発生した戦争の一部始終を確認し、ため息をついた。


 規則の書き換えによる監獄戦力の誘導。作戦はアンガスの理想的に進んだ。


 規則の書き換えのタイミングもほぼ完璧だったし、ノーラが規則を元に戻したのは予想外だったが、まだ許容の範疇だった。

 あのノーラが《雷帝》を譲るのは意外だったが、まあいい。




 完全に想定を上回っていたのは――《雷帝》の力量だけだ。




 コード内では魔術の構築が乱される。特に攻撃魔法の類は、放たれた瞬間に都市に解体されるのでほとんど効果をなさない。


 それを、まさかあのような手法でカバーするとは――確かにコードのシステムは、魔術は解体できても発生した雷自体を解体できない。まさか、監獄の兵器をああもあっさりと退けるとは……。



 だが、コードが己の弱点を知りつつ、そのまま放置しているわけがない。

 そもそも、今の機装兵だって、ある程度の雷ならば問題なく対処できるのだ。想定を上回る雷の使い手が現れたのならば、対策を強化するだけの事。



「ふん……無力化ガスを使えたらよかったのだがな」


「監獄の規則は複雑です。殿下は最善を尽くしたかと」


 それはわかっている。如何に都市システムの扱いに慣れているアンガスでも、あの短期間で変えられる規則ではあれが精一杯だった。

 複雑な規則を不用意に、そして力ずくで変えれば、どこに綻びが生じるかわからない。


 だが、惜しい事には違いなかった。


《雷帝》は始末できるならばここで始末しておくべきだった。サーヤとカイが使えたら、《雷帝》を殺せていたはずだったのだ。


 だが、あの場で派遣するにはリスクが高すぎた。


 突発的に書き換えた規則にはどうしても齟齬が発生する。万が一、二人を派遣して王のルールを破ったと認識されれば、次の王位を狙うどころではなくなる。


 王のルールは破れない。ノーラだって、連れて行った騎士団でスペアの近衛を攻撃する事はなかった。禁忌を理解しているのだ。


《雷帝》がノーラの手に渡らなかったのは朗報だ。《雷帝》を手に入れたスペア――アリシャ・コードは王位継承戦とは関係ない。


 だが、満足からは程遠かった。《雷帝》を始末できないにしても、できれば今回の件にかこつけてもう少しノーラの戦力を削れればよかったのだが――。



「うまくいかんな。まったく、うまくいかん」



「殿下が王位につくまでの辛抱です」




 唸るアンガスに、ジーンが笑みを浮かべて言う。

 王の交代は近い。

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