400 囚われの雷帝⑤

「…………解放申請が通りました。クラヒ・アンドリッヒを解放します」


 どうやら無事申請も通ったようだ。通らない可能性も割とあると思っていたのだが……一体どうしてノーラさんはこれまで苦労していたのだろうか?


 まだ状況がちょっとわかっていない僕を他所にクール達が歓声をあげる。ノーラ王女は壁際に立ち、その様子を黙って見ていた。


 どうやら最下層と上層では部屋の扱いも異なるらしい。獄房に閉じ込められていたクラヒは酷い有様だった。

 両手両足を鎖で繋がれ、部屋の真ん中に吊り下げられ、衣類はパンツ一枚でその他に纏う物もなく、魔導師にしては鍛え上げられた肉体は全身傷だらけで痛々しい。


 だが、その瞳だけは、外に出ていた頃と変わらない輝きを保っていた。


 しばらく不透明になった扉の前で待つ。時間はいらなかった。


 静かにスライドし、開く。



 会うのは武帝祭の時以来か。



 雷の魔導を極めし者。僕の本物、《千天万花》のクラヒ・アンドリッヒは、堂々たる態度で扉から出ると、つい数分前まで鎖に繋がれていたとは思えない溌剌とした声で言った。



「状況は良くわからないが……クール達共々、助けられてしまったようだな、クライ。感謝するよ」


「僕は大したことはしていないよ。メインで動いていたのはクール達だし」


 クール達が驚いたようにこちらを見てくるが……これは謙遜ではない。マジで何もしてないからね。おひいさまとチョコ食べてただけだから。


 労働量で言えばクール達の十分の一も働いていない。いや、本当に。


「そうか……世話を掛けたな、クール、ズリィ、クトリー、ルシャ、エリーゼ」


「クラヒさん、当然の事をしたまでです。もっとも、クラヒさんにはピンチになったら撤退を考える分別というものをつけて欲しいものですけどね」


 クールが眼鏡を頻りにくいくい持ち上げて、クラヒに言う。


 分別……うんうん、それ、大事だよね……だが、無駄だよ。僕も何度か仲間達に同じ事を言ったけど、英雄というのはそういう言葉を聞かない人種なのだ。


 ノーラさんの反応がない。黙ったままじっとそのやり取りを見ている。

 解放申請の順番をこちらに譲ってきた時には驚いたが、どうやら――彼女の中で何かが変わったらしいな。



 やれやれ、なんだかわからないが、とりあえずはなんとかなってよかったかな。




「とりあえず、目的は達したし、戻ろうか。後の事はまた考えよう」






§





 職員さんの案内で、クラヒ達と連れ立って最下層から地上に戻る。


「解放申請手続きは既に完了しました。そのままお帰りになって問題ありません。出口に案内します」


「ありがとう。また来るよ」


「…………これは私の個人的な意見ですが……二度と来ないでください」


 疲れたような表情で出される職員さんの辛辣な言葉。


 そこまで働いていないはずなのに僕も少し疲れてしまった。ビルに戻ったらクラヒ達も交えて今日二度目のおやつタイムにしよう。


 そんな事を考えながら、監獄の建物から外に出る。





 そして――監獄全体に耳を覆うようなサイレンの音が鳴り響いた。




 慌てて周囲を確認する。クラヒが外套を翻し、戦闘態勢を取っている。


 ま、まぁまぁ、落ち着いて。ここは監獄だよ? 仮に襲撃があったとしても監獄の警備が相手をしてくれるはずだ。


 青ざめ端末を確認する職員さんに尋ねる。


「職員さん、これ、どうかしたの?」


「…………脱獄よ。やられたな」


 職員さんの代わりに答えたのは、手駒の騎士団を連れ後ろからついてきていたノーラ王女だった。

 ノーラさんは、クラヒが解放されてから黙ったまま目を合わせようとしなかったのだが、どうやら今の状況を理解しているらしい。


「脱獄!? 誰が?」


「《雷帝》よ。アンガスが監獄の規則を書き換えたのよ。規則を満たさずに監獄の外に出たから、脱獄認定をされたの」


 そんな馬鹿な……アンガスが誰なのかもけっこう気になるが、この街はめちゃくちゃだ。


「スペアに《雷帝》を与えてどういうつもりなのかと思っていたけど――小狡い手を使ってくれるッ。私が王になったら、絶対にあの男は殺す」


 吐き捨てるように言うノーラさん。



 ところで……脱獄認定されると、何がどうなるのだろうか?


 目を丸くしている僕に、職員さんが悲痛な声をあげた。




「脱獄認定されると――監獄の警備が動き出しますッ! 脱獄した者とその協力者を、始末するためにッ!」




 ああ…………なるほどね。


 中庭に待機していた巨大な機装兵がゆっくりと動き出していた。分厚い門は閉じ、いつの間にか生えた無数の砲塔が残らずこちらを狙っている。


 殺意は感じなかった。それは、こちらを殺そうとはしていなかった。

 ただ、システムに従い、機械的に処理しようとしているだけだ。



 大きく深呼吸をしてノーラさんに確認する。


「……ノーラさん、もしかしてなんだけど、なんとかできたりする?」


「……八分と五十二秒耐えなさい。規則を元に書き換えてやるから。まぁ、私達は帰るけどね」


 上から光がノーラさんと配下の兵士達に降り注ぐ。


 いつの間にか真上に大きな円盤のようなものが浮かんでいた。光を浴びたノーラさんと配下の騎士団が浮き上がり、円盤の中に吸い込まれていく。


 明らかな敵前逃亡に、機装兵達は何も反応しなかった。



 僕も一緒に連れて行って欲しい……。




「僕達も乗せてくれないの?」


「お前達を乗せたら私の円盤が攻撃されるかもしれないでしょう」




 冷たすぎる……色々便宜を図ったつもりなのに。




「一応、ノーラさんが解放しようとしていた《雷帝》もいるんだけど……」


「!?」



 宙に浮いたノーラさんは僕の言葉に一瞬絶句したが、すぐに声高に反論した。




「私では、解放できなかった。手に入らなかったものに興味なんてないわ」




 そうなんだね……切り替えが早いようで大変結構だよ。


 しかし、ピンチなのは変わらない。

 結界指はいつも通りあるけど、逃げ切れるだろうか? 頼みのクラヒも解放されたばかりで消耗し切っているだろうし……クールがすがるように僕を見ているが、もしかして僕の力に期待してる? 無理だよ。


 どうしたものか、ハードボイルドを気取りながら途方にくれている僕に、ノーラ王女は鼻を鳴らしてちょっと照れ臭そうに言った。




「それに、私が解放したかった《雷帝》は監獄の防衛機能になんて負けないわ」


「……」




 その言葉に、クラヒが手をぱんぱんと払い、僕達を守るように前に出た。




「当然だな、ノーラ! それに、クライ! 今の僕をあの頃と一緒にしてもらっては、困る!」



 相変わらず自信満々だ。あの頃と一緒でもメチャクチャ強いと思うんですが、それは――。



 中庭に展開されていた機装兵の内、一際巨大な一体が飛びかかってくる。


 唸りをあげて振り下ろされる輝くサーベルに、クラヒは手を向けた。



 あ、あれ……? そう言えばここって、魔術使えないんじゃなかったっけ?



 僕の疑問を他所に、クラヒの全身から目も眩むような紫電が散る。

 そして、クラヒが叫んだ。




「鎖に繋がれながら、ずっと考えていた! これがその答えだ!」




 眩しい。(物理的に)眩しすぎるよ、クラヒ・アンドリッヒ……。




「撃った術の構築が解かれるのならば、僕自身が雷となればいいッ! 天の力を受け止めろ! 『我雷青龍壊機神(がらいせいりゅうかいきじん)』!!」





「……お兄ちゃん、またオリジナルスペル作ってますう……」


 初めて聞くルシャの呆れたような声。

 そして、サーベルがクラヒに触れた瞬間、巨大な機装兵が盛大に吹き飛んだ。



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